第五十八話 影の王国










◆仮想空間・特殊バトルフィールド・ステージ・市街地シティ





 残る生存者は四人。

 その内三人は俺達のチームが占めているわけだから、倒すべき敵は後一人を残すのみとなった。



 いよいよ最期の戦いだ。決しておごることなく全力を尽くそう。



「わざと敵を逃しておいて何をほざく」



 辛辣な意見が背中越しから飛んできた。



「いや、ユピ子さんよ。さっきも説明したが、これには深いワケがあってだな」

「知ってる。でもあのままハルカに任せておいた方が楽チンだった」

「おいおい、なんでもかんでも楽に逃げてたらロクな大人にならないぜ? 古いことわざにもあるだろ、若い内の苦労は」

「勝手にしろ?」

「うん、なんかそっちの方が今時いまどきで良さげだわ」


 苦労を買ってでもしろって、良く考えたらちょっとブラック企業チックな香りがするもんな。



「サンキューなユピテル、おかげでまた一つ賢くなったよ」

「ぞうさもない」

「お礼に今日の昼飯はおごらせてくれ。何が食べたい?」

「お子様ランチ、旗抜きで」

「通だねぇ」

「つー」



 

 チョロいお子様だぜ。……チョロすぎてちょっと心配になってくる。



 まぁいい、今はバトルロイヤルだ。

 ユピテルの感知情報によるともうそろそろ接敵するはずなのだが。





「! 正面からこうげき、くる」




 ユピテルの告げたアラートに従い、アスファルトの道路をサイドステップで駆け抜ける。



 一拍置いて耳に響く破砕音。


 音の方角に目を向けると、赤い屋根の一戸建てが見るも無惨に崩落していた。



 酷いことするぜ。ゲームだからって無闇やたらとモノを壊しちゃダメなんだぞっ。



「おまいう」

「おまいう返しー」


 実行犯と教唆きょうさ犯で特大のブーメランを投げ合いながら、続けざまに放たれた敵の攻撃を避けていく。



 威力よし、射程よし、コントロールよし、んでもって術式の形状は黒いもやのかかった楕円形のエネルギー体とくれば、敵の正体は自ずと分かってくる。



 五大クラン“神々の黄昏ラグナロク”の若手筆頭にして、主人公のライバルの一人でもあるイケメン影使い。



 そう、最後に残った敵の正体は――――



「生き残ったのはやはりお前か、黒沢くろさわ明影あきかげっ!」



 ……まぁ、ユピテルの霊力感知で最初から分かってはいたんだが、最終戦だし一応盛り上げておかないとね。




「生き残った……?」



 返ってきた言葉は疑問形。


 遠くからじりじりとにじり寄ってくる人影の主が、当惑と怒りをにじませた語調で言の葉を紡いでいく。



「“見逃された”の間違いだろ」

「……どうしてそう思う?」

「このザマだぞ」



 緩慢な動作で己の姿を指差す黒沢。



 眼をこらした先に視えた彼の有り様は、正真正銘の「人影」だった。



 腰から下は完全に闇色。

 右腕は付け根より下が、左腕は――――というか左半身のおよそ六割が――――影に覆われており、無事である部位の方が稀である。


 この様子だと内臓の方も大分やられているのだろう。


 影に覆われた黒沢のイケメンフェイスは苦悶の表情で歪んでおり、息も絶え絶えだ。



 やりやがったな、恒星系。



 黒沢さん、完全に死に体じゃねぇか。




「一瞬の内に俺以外の十八人を葬り去ったあの頭のおかしな女が、こんな死に損いの撤退を許すはずがなかろう」

「さぁな。怪我をして動けなくなったとか、そういうのっぴきならない事情があるのかもしれん」

「いや、あの女は傷一つ負っていない」

「……えっ、あっ、うん」

「俺達は、あの化物に術の一つ当てられずに敗れたんだよ」

「……………………」




 どうしよう、この居たたまれない雰囲気。

 黒沢さん、めっちゃ消沈しょうちんしちゃってるし。



「デカイの、お前がこのチームのリーダーだな」

「あぁ、そうだよ」

「なぜ俺を倒さなかった?」



 なぜ、か。


 あんまり答えたくはないんだが、問われた以上は仕方がない。

 俺は一度小さく息を吸いこんでから、二酸化炭素と一緒に正直な気持ちを吐きだした。




「あんたらと一緒さ。賞金を取って、スポンサーに気に入られて、ついでにプレゼンに使う為の記録映像をとってもらう。賞金だけ取って終わりじゃないんだ。ちゃんとチーム全員が活躍しているシーンを取ってもらって『みんな優秀ですよ』とアピールせにゃならん。だからやられ役が必要だったんだよ。手頃な当て馬がさ」




 こんな台詞を黒沢相手に吐く日が来るとは思わなかった。



 チュートリアルの中ボスが主人公のライバルを引き立て役扱いだなんて、まったく我ながらとんだイキリクソ野郎である。



 でも、これだけ好き勝手やらかしておいて「ごめんなさい。仕方なかったんです~」と善人ぶりっ子するのは失礼だからなぁ。


 引っかきまわした側の責任として、ここは正直に伝えるのが正しいと思うわけですよ。




「別にアンタを狙っていたわけじゃない。たまたまウチの剣術使いがアンタを残したってだけの話だ」

「誰でも良かったと?」

「そうだよ」




 “敵を一人だけ残して、こちら側に寄こせ”――――それが、遥に伝えた作戦の正体である。



 仲間を全て倒され、自分の力が通じない事が分かれば、敵は必ず撤退を選ぶ。

 そしてそいつの逃亡先にユピテルの感知能力を使って足を運べば、めでたく強制タイマンマッチの完成……のはずだったんだが、予想よりも大分黒沢の消耗が激しい。




「欲を言えば、万全のアンタと戦いたかったよ。これじゃあ、まるで弱い者イジメじゃないか」

「どうかな――――っ!」




 刹那、錘状すいじょうの刃物が虚空を舞った。


 俺の眉間みけん目がけて飛来する漆黒の刃。そいつを最小限の動作で避けつつ会話の続きを試みる。




「影を纏った刃か。肉体の代替に、高火力のエネルギー弾、さらには武器への属性付与エンチャント――――さすがは黒沢明影の『影の王国ダン・スカー』、噂に違わぬ万能性だ」





 『影の王国ダン・スカー』、等級はお馴染の亜神級でその能力は影纏操作えいてんそうさ


 影を物質ないしエネルギー体へと変換して自由自在に操る異能である。


 特筆すべき点は、その汎用性の高さだ。



 武器化、射撃、バフ、拘束、さらには疑似的な肉体再生能力に影を使ったトークンの生成まで備えているのだから本当に隙がない。



 その分特化型に比べて個々の能力が劣ると設定資料集には書いてあったが、エネルギー弾一発で建物を倒壊させるレベルの器用万能バランスタイプのどこが劣っているというのだろうか。



 というかイケメンで能力も隙がないとかどんだけ持ってんだよこの男は。





「せっかく拾った命だ。どれだけ無様であろうと、最期の瞬間まであがかせてもらう」




 おまけに男気まで高スペックだときたもんだ。……クソ、なんか段々腹が立ってきた。




「おい、ユピテル。一旦、この場から離れてろ。こいつは俺が……ユピテル?」




 背中が軽い。それも丁度小学生一人分くらい軽くなっている。


 まさかと思い、背中のおんぶ紐に触れてみるとそこには何もなかった。もぬけの殻というやつだ。




「…………」




 お子様はとっくの昔に逃げていた。


 辺りを見渡しても誰もいない。普段のぐうたらが嘘のような俊敏しゅんびんさである。


 なんだろう。なぜだか無性に泣きたくなってきた。



 いや、判断としては正しいよ。事実俺も逃げろって伝えたかったわけだし。


 だけど男としては逃げ出す前のひと悶着が欲しいわけよ。「ワタシも一緒に戦う」的な感じの熱いやつがさ。


 だって「ここは俺に任せて先に行け」って言う前に逃げられちゃったら悲しいじゃん。俺達の絆ってなんなんだろうとか余計な事考えちゃうじゃん。



 あー、クソ。この湧きあがるモヤモヤを一体どうやって処理してくれようか。




「おのれ、黒沢明影。はかったな!」




 俺はとりあえず目の前の黒沢に全責任をなすりつける事で、精神を安定させる事にした。



「待て、己の人徳のなさを俺になすりつけるのはお門違い――――」

「問答無用、死ねぇええええええええええええっ!」



 即座にエッケザックスを大剣形態に変形させ、さらに《時間加速》と二重の《脚力強化ストライド》の合わせ技で無双の敏捷性を獲得する。

 そこから間髪いれずにアスファルトの地面を蹴り上げて、超特急で褐色イケメンの喉元へと食らいつく。



 さぁ、お前の首をもらおうか。





「ひゃっはぁあああっ!」


 大剣から伝わってくる骨肉を切り裂く感触。



 得意の速攻戦術は今日も今日とて華麗に決まり、クール系イケメンの首を瞬く間の内に両断した。



 勝ったなガハハ! これで、優勝は俺達のもんだぜ!



「まだ……だっ!」




 しかしそうは問屋が卸さないとばかりに傷口から闇色の閃光を放ち、反撃を試みる黒沢。



 心の中で「首飛ばされてんのに普通に戦ってんじゃねぇよ!」と毒づきながら身体を旋回させて褐色イケメンの砲撃を避けていく。






「影による肉体置換――――だけじゃないな。ソレがアンタの天啓レガリアか」



 俺の指摘に、生えたばかりの首で首肯する影使い。

 奴の挙動に細心の注意を払いながら、俺は奇跡のカラクリを看破していく。




「魂の保存と致命ダメージを起点とした肉体の復元、回数は溜めた霊力依存で最大数は四。確か名前は<四死心宙アルスター>だっけ。ったく、残機持ってる人間がバトルロイヤルに出てくるんじゃねーよ」

「随分と……詳しいじゃないか」

「そりゃあ、優勝候補のスペックぐらいは頭に入れてるさ」




 嘘である。ゲーム知識使ってバリバリカンニングしてます。




「とはいえ、復元できるのは致命傷だけみたいだな。膝から下が影なのは、直接の死ではなかったから。多分足をチョン切られた時に、別の個所もダメになったんだろ。んで、そこへのダメージが致命傷になったから、<四死心宙アルスター>の復元権が膝下には適用されなかった」




 そりゃあ、相手があのワクワクサイコだもん。一度の攻撃で数回殺されたとしても全然おかしな話じゃない。



 首と心臓と脳髄――――その辺りをバラバラにされて<四死心宙アルスター>が三回起動。四回目が起動する前に無理やり影で自分の身体を繋ぎ合わせて逃走といったところか。




 おそらく、黒沢の残機はもうない。

 俺がもう一発決めてやれば、真っ当に沈むだろう。



 敵は満身創痍。スピード勝負では圧倒的にこちらが優勢。この勝負、



「――――勝ったと、思っているな」



 だが、黒沢は諦めない。



 己の影をさらに深めて、渾身の一撃を放つべく霊力を集束させていく。




「俺は負けない。負けられない。散っていったアイツらの為にも、必ずお前達に一矢報いる」



 熱い心を剥きだしにしながら、光属性な台詞を吐きだす褐色イケメン。



 おいおい何だよ、ソレ。普段クールなキャラが倒れた仲間達の意志を背負って最後の力を振り絞る一番熱い展開じゃん。




「次の一撃に、俺の全ての力を込める。清水凶一郎、お前にコイツを受け止める勇気はあるか?」




 曇天の空の下、黒沢の全霊を込めた術式が顕現した。



 鋭利な穂先。迸る霊力。もりの様な形状をしたその得物を影の王国の主が力強く握りしめる。




 ――――神話再現エミュレーション殲滅魔槍ゲイボルグ虚影レプリカント】。

 黒沢明影の代名詞とも呼ばれる必殺の決戦術式だ。

 こいつを解き放ってきたという事は、奴も相応の覚悟を決めたという事なのだろう。



 【殲滅魔槍ゲイボルグ虚影レプリカント】はここら一帯を更地に変える程の威力を持ったインチキスキルだが、その分消費するコストも半端じゃない。



 ゲームでは霊力の大量消費は元より、黒沢の固有バフである《影装シャドウ》を全て消費するというデメリットがあった。



 今の黒沢が纏っている《影装シャドウ》をコストに使えば、間違いなく奴の身体は限界を迎える。


 失っていた肉体の代わりを務めていた影が消えれば、そこに残るのはただのバラバラ死体だけだ。



 だからこれは勝ちを取る為の一撃ではなく、価値を刻む為の一撃なのだ。


 死に体の男がクランの名を汚さない為に放つ自爆同然の神風アタック。


 ……ったく、泣けるねどうも。




「中々どうして雄々バカバカしい事してくれるじゃないの」

 


 呆れ半分。リスペクト半分。

 だが、個人的には嫌いじゃない。

 


 まぁ十八人の仲間と協力してもウチの恒星系に傷一つ負わせられなかった時点で、黒沢達の優勝の目は消えてたもんな。

 ここらが良い落とし所なのだろう。




「ていうか、やっぱり俺の事知ってたんだな。最初の確認はなんだったのさ?」

「誘導だ。ノーマークだと思わせておけば、お前は必ず速攻をしかけてくると分かっていたからね」

「どういう根拠?」

「七月四日の果たし合い」



 真木柱とのやつか。

 でもあの場に黒沢は居合わせていなかったはず。



「ウチの偵察班の仕事だよ。あの時の映像は“神々の黄昏ラグナロク”が収めさせてもらった」

「へぇ、こっそり撮ってたのかよ」

「悪いな」

「いや、別に悪くはないさ。ただ、録画したなら、いっそのことネットにアップロードしてくれれば良かったのに」

「貴重な映像を他のクランに渡す義理はないのでね」

「そりゃそうだ」



 一瞬の沈黙が、瓦礫の山に降り注ぐ。




 ユピテルをできるだけ遠くへ逃がすための時間稼ぎと、決戦術式を強化するためのチャージタイム――――互いの利益のために設けたつまらないおしゃべりの時間は、もうお開きだ。

 


 ここからは、楽しい楽しい男比べの時間だ。



「こいよ黒沢。お前の男気、真正面から受け止めてやる」

「その雄々しき決断に最大限の敬意と感謝を……では――――いざ参る!」




 そうしてこの大会、最後の攻防が始まった。



 攻め手側の黒沢は、全霊力と自身の纏った影を収束させて、渾身の魔槍を投擲。




ぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」




 全てを擲った褐色イケメンのラストアタックは、この大会の最後を飾るに相応しい華々しさと苛烈さに満ちた一撃で、思わず見とれそうになってしまうほど様になっていた。



 背水の陣から放たれた根絶やしの魔槍の効能は「必中」と「必殺」、そして「拡散」である。


 特定の影の持ち主を指定し、そいつが滅び去るまで穿ち続け、死んだら死んだで大爆発。


 狙った獲物を必ず殺した上で、さらに広範囲攻撃に変形するだなんてかなりの欲張りスキルだよな。



 まさに殲滅魔槍ゲイボルグの名を冠するにふさわしい術式だと思うよ。




 ――――だが、弱点がないわけじゃない。



「っしゃ、こいやぁっ!」




 咆哮と共にこちらも切り札を解放する。

 音が散り、色が消え、そして時が止まった。


 【四次元防御】、俺自身の時を止める事であらゆる攻撃を無効化する絶対防御スキル。

 

 普段から八面六臂の活躍を誇る【四次元防御】さんだが、今回ほど相性の良い局面というのも中々ない。



 なにせコイツは、今の黒沢にとっての天敵だ。




 莫大な霊力と自身の展開していた全ての影をコストにして産み出された魔槍の一撃は、確かに脅威である。



 だがその刃に刻まれた三つの法則プログラム、すなわち「必中」、「必殺」、「拡散」の理は使い手を傷つける諸刃の剣でもあるのだ。



 必ずあたり、敵を死ぬまで殺し続け、相手が死んだら余剰エネルギーを解き放って大爆発――――【殲滅魔槍ゲイボルグ虚影レプリカント】は、この行程に従って能力を変質させていく術式であり、その順序がくつがる事は決してない。


 


 つまりこいつは狙った相手が死なない限り、殺し続けることしかできないのさ。



 「必中」と「必殺」、この二つの行程が終わらない限り、最後の拡散攻撃は起動できない。


 避けて別の敵を狙おうにも「必中」の理が俺以外を狙う事を許さず、ほこを収めようにも「必殺」の理が拒絶する。



 必ずあたるとはそういう事であり、必ず殺すとは斯様かような意味なのだ。



 止まる事など許されない。殲滅の魔槍は一度定められた誓約ゲッシュを必ず履行する。




 だから、この結末は必定ひつじょうだった。



 【四次元防御】によって無敵化した身体にもおかまいなしに刃をつきつけ旋回し、前へ前へと進み続ける影の魔槍。



 だが、その殺意が俺の肉体に届く事はかなわず、それゆえに影の魔槍の「必殺」は止まらなかった。



 そしてその代償は、全て主へと向かう。


 ハラリハラリと灰色の空に消えていく、黒沢の影。


 肉体の代わりを務めていた《影装シャドウ》が殲滅魔槍のコストとして捧げられた影響で、彼の疑似躯体くたいが次々と霧散していき、残されたのは人とも呼べない肉の残骸。




「見……事……」

 



 最後にそれだけ言い残して、黒沢明影は光の粒子となって現実に帰っていった。



 【四次元防御】の影響で音が聞こえないからなんちゃって読唇術での解釈となるが、多分そう言っていたはずだ。





「アンタもな」




 ほとんど死に体の状態から、アンタはよく頑張ったよ。

 機会があれば、またやろうぜ。

 その時はもちろん、タイマンでさ。






【生存者:残り三人(ゲーム終了)】











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