第十三話 ダンジョンの死神と六花の剣5











 ◆ダンジョン都市桜花・第二十七番ダンジョン『月蝕』第一層




 精霊の固有スキルというのは、言ってしまえばその精霊の特色のようなものだ。


 雷を操るもの、身を守る強力な鎧を召喚するもの、変わり種で言えば『地獄』の具現化なんてものまで存在する。



 その種類は、まさに千差万別。



 特性個性の見本市といっても過言ではない豊富なスキルの数々は、無印から一貫して紡がれてきたダンマギの『ウリ』であり、『持ち味』だ。




 例えば、雷を操る精霊だけで見てもそこには『雷撃放出能力』、『雷エネルギー変換能力』『電磁操作能力』、『物質雷化能力』、『蓄電&送電能力』、『雷霆纏着能力』みたいな感じで細かく差別化が図られており、上位互換こそあるものの、完全同一もろ被り能力というものは存在しない。



 精霊の格によって能力の強さが分かれるのはもちろんの事、同カテゴリー同クラスの精霊同士でも明確な差異を設けている――――というのが、ダンマギにおける固有スキルの設定だ。





 では、蒼乃遥が保有する『布都御魂フツノミタマ』は、どうか。



 クラスは亜神級三番目。系統は神霊系憑依一体型。

 ゲームで言えば主要登場人物達のメイン精霊に属するレベルの大物である。



 しかし、神霊という格の高さに反して、フツノミタマの固有能力は非常にシンプルかつ限定的だ。



 その能力とは『術者の所持している刀剣の複製及び操作』。



 分かりやすくいうと遠隔操作可能な装備品(刀剣限定)のコピーを召喚して操る能力である。



 ゲームとかWeb小説じゃ王道ていばん中の王道ていばんだ。



 使い道としては剣を空中にバンバン召喚して銃弾のように撃ち込んだり、映えるフォーメーション組んだ剣の大群が華麗に舞ったりと多種多様。



 強くて、便利で、おまけに映える。

 少し捻ったファンタジー作品なら高確率で見かけるような定番スキル…………乱暴にまとめてしまえばフツノミタマはそういったカテゴリーに分類される能力だ。


 しかし、話はここで終わらない。同系統の能力とは言ってもフツノミタマとそれらの間には明確な差異がある。



 差異、という言葉じゃ少し語弊があるかもしれないな。



 ニュアンスとしては欠点と言った方が正しいかもしれない。


 欠点。王道の『刀剣生成&操作スキル』よりも明確に劣っていて不便な点。



 フツノミタマの能力には、そんな“劣り”が幾つも存在する。



 ――――例えばそれは最大複製数の限度。



 《剣獄羅刹》の、そして今召喚されている刀の数から察するに、どうやら複製できる限界は六本までらしい。



 六本。決して少ない数字ではないが、敵の大群を圧倒できる程でもない微妙な数字だ。



 ――――例えばそれは『術者の所持している刀剣』という極めて限定された発動条件。



「保有」でも「所有」でもなく「所持」というところがミソである。



 つまり、コピーして操ることが出来るのは自身が今持っている刀剣に限るということだ。



 記憶から引き出すわけでも、異次元空間から取り出すわけでもなくあくまで「持っている刀剣」を複製する訳なのだから、その効能は現在の装備状態に大きく反映されてしまう。



 今の様に装備している得物が支給用の刀なんて状況は、考えうる限り最悪に近いものだろう。



 ――――例えばそれは、自動オートではなく、自律制御マニュアル主体の操作性。



 ダンマギの資料集によれば、フツノミタマの遠隔操作は、術者が全ての動きを制御するタイプの能力らしい。



 空間を把握し、位置を定め、第六感で遠隔操作をする。


 それは決して簡単なことではない。


 オートエイムも追尾アシストもなしに宙空に漂う剣を操るなんて至難の業だし、よしんば出来たとしてもその攻撃は術者本人の斬撃よりもはるかに劣ったものになるだろう。



 ましてや自身が戦闘を行いながら六本の刀剣を操作するとなれば、その難易度は指数関数的に跳ね上がる。



 本数は多くなく、装備品の質に大きく左右され、それ以上に使い手の技術とセンスを求められる――――フツノミタマの固有スキルには、そういった幾つもの枷が存在するのさ。



 誤解して欲しくないが、俺は別にこの能力をディスっているわけではない。



 腐っても神霊だ。決して悪い能力ではないと思う。


 だが、求められる条件があまりにも厳しすぎる。


 剣術に長けているだけでなく、精霊術の指向性を完璧に理解し、その上で人外の空間把握能力と操作技術を持っていなければロクに運用すら出来ない。


 恐らく心技体の全てが揃った剣豪が幾年もの歳月を経て、ようやく一本完璧に操れるかどうかという超難易度レベルの代物なのだ、こいつは。



 手に持って剣を振るうのとは、ワケが違う。 


 別の感覚、別の力、別のベクトルからの攻撃をリアルタイムで戦闘を行いながら処理しなければならない。


 しかも術者が戦闘を行いながらだぜ? 普通に考えて無理難題も良い所だろ。


 だからフツノミタマの能力は物凄く使いづらい。


 強い弱い以前に十全に能力を発揮できる使い手が存在しないんだ。


 いや、少し違うか。俺は存在しないと思ってのだ。





 ……目の前に広がるその光景を見るまでは。






「ズババババババッバァァアアアアアアアアアアアアアンッ!」






 珍妙な掛け声と共に骸骨達の髑髏どくろが飛ぶ。



 凶器は全て刀によるもの。けれど、その斬られ方は現場ごとに全くの別々バラバラだった。



一刀両断モノトーン



 一本の刀が宙を舞う。


 はらり、はらり。


 宙天を踊る剥き身の刀身が蒼い光を放つ。



 柄を握る者のいないその刀は、けれど自身の存在意義を果たすべく戦場を駆けた。


 速く、鋭く、優雅でありながらも冷徹に。



 斬るべき獲物を求めた得物は、骨達が召喚される黒穴に向かって飛翔する。


 果たしてそこに敵はいた。


 うめき声を上げながら手に持った槍を突き上げる骸骨の兵士。放っておけば無限に湧いてくるソレは、刀達にとって格好の餌食に過ぎない。



 一瞬の停止からの爆発的な『動』。



 重力のくびきから解放された刀は、近くに現れたその兵士を猛禽類の様な鋭さで敵を襲い、瞬く間の内に『神速の抜き打ち』と『返し太刀』のコンボを決めて敵の首を刎ね飛ばした。




 空を鞘として、己自身を解き放つ居合い。


 それは邪道でありながらも、正しく居合術であった。



 あまりにも常軌を逸した超絶技巧。


 最早、剣術どころか物理の常識まで置き去りにしたかのような神業を前に俺(ついでに感覚共有中のアルも)は、ただただ言葉を失うしかなかった。



 とりあえず空気抵抗って知ってる? と突っ込みたかったが、そんな暇もなく彼女の奇跡ショーは続いていく。




二角攻撃コンビネーション




 木霊する轟音。割断される骸の身体。


 先の居合い刀とは少し離れた別の黒穴に激震が走る。



 中心に在ったのはまたしても『一本の刀』だ。



 宙空居合が発生した場所とは十数メートル程離れた戦場で、先手必勝を更に先鋭化させたような剛剣が産声を上げる。


 その様は、まさに二の太刀要らず。



 『刀』から初太刀でもって一撃さいそくで殺すという『雲耀』の精神にも似た凄味を感じ取ったのは、おそらく俺の気のせいではないだろう。



 宙空居合いと一撃必殺の剛剣。



 性質の異なる二つの剣戟が織り成す奇跡の二角攻撃コンビネーション――――否、否である。


 真の力を解き放ったフツノミタマの刀撃は、二点だけでは収まらない。



三角連撃デルタアクセル



 また別方向の戦場では刀が骸骨の突撃をひらりと避わし、そのまま西洋剣術の鋭い突きの様な動きで敵の身体を穿孔。




四面展開クアドラングルからの五面制圧ペンタゴン



 そのまま瞬きもしない内に二本の刀が宙空からやって来て完璧な双剣連携を決めながら骸骨達を圧倒し




六花繚乱ヘキサブルーム




 また別の戦場では『六本目』が黒穴から出てきたばかりの敵さんに、本当に空を舞うツバメ返しをお見舞いしていた。



 同一時間軸上にありながら、全く別の流派の絶技を叩き込む六本の刀達。



 蒼い霊力を纏った支給品の複製達は、大海を泳ぐ捕食者達の様な獰猛さでカルシウム軍団を切り裂いていく。



 そしてそれら剣の軍隊を指揮する蒼乃遥も自身もまた、楽しそうに戦場を駆け回りながら骨の大軍達をシバいていた。





 開いた口が塞がらない。



 宙に舞う六本の刀が自在に動くだけでもヤバいというのに、それら全てが違う流派の剣術を使いながら、微細を穿つような精度で連携しているのだ。



 操作技術が卓越しているとか、優秀な指示手順プログラムが組み込まれているとかそんなチャチなレベルではない。



 宙を飛ぶ六本の刀は、最早蒼乃遥の分身と言っても差し支えない程に自由であった。


 分身六本、本体一人。恐るべき事に、今現在あちらの戦場では、七人の蒼乃遥が共闘していているのである。



 無限湧き骨軍団vs七人の蒼乃遥。いよいよどちらが化物なのか分からなくなってきたな、ウン。



『問題無さそうですね』

『問題なさそうだな』



 そんな短い言葉で完結しまう程度には、あちらの趨勢は決していた。


 最早、ロリコン骸骨に不覚を取った正史の方が信じられない。どうやってあの化物を捕らえたんだろうか。



「教えてくれよ、ストーカー野郎」



 当然、目の前の死神から返事はない。


 先程負った傷口を蒼炎で癒しながら、こちらを見つめるばかりで何もしない。


 思えばこいつは、初めからそうだったな。




 自分の射程範囲、もしくは奇襲可能な隙を見せるまでひたすら待ち続け、相手が疲弊した所を捕食がぶりってか? 糞な事に変わりはないが、ここまで徹底してるのはちょっとすげぇよ。




 『敵のリソースを妨害と耐久戦術によって枯渇させ、最終的には捕食能力で喰らい尽くす――――成る程、抵抗の甲斐なく死なすだから『死神』ですか。中々どうして趣味が悪い』



 そんな事をアルが言う。



『意外だな。てっきり効率的だって褒めると思ってた』

『アレのどこに効率的な要素があるというのです? 私ならば過度な再生能力ではなく、気配の遮断にリソースを割きますよ。同じく隙をつく戦術ならば、敢えてダメージを受けに行く必要など皆無でしょうに』



 アルの意見はいつも通りの正論であると同時に『奴』に対しての真理でもあった。



『どんな冒険者の攻撃も無意味に変え、あらゆる手段を用いて無力化し、言語を介さない事で問答を無用とする――――大方、やられ役達の無念と劣等感が淀み溜ってイリーガル化したというのが発生要因りゆうでしょう。……なんて度し難い』




 やられ役というのは、ダンジョン『月蝕』にログインしてきた精霊達や存在を『ここ』に閉じ込められたボス敵の事を指しているのだろう。



 ダンジョン『月蝕』は、初心者向けのダンジョンだ。


 階層は五階層。出てくる敵はゴブリンやコボルトといった下級精霊ばかりで、ボス敵も大して強くなかったと聞く。



 彼らは総じて弱かった。


 契約にも至れず、ひたすら精霊石目的で狩り続けられた。


 多くの者は一撃の元に葬り去られ、戦いすらさせて貰えずダンジョンから追い出された。


 弱いから耐えられない。弱いから無視される。弱いから戦いにならない。弱いから軽んじられる。



 弱いから、弱いから、弱いから――――。




 きっとそんな無念や悔悟が数え切れないほどあったのだ。


 そして腐るほど溜った負の記憶は、実際に腐り果て、ついには束縛の鎖を扱う不死身の怪物として生まれ変わったのだろう。




「度し難い、か。全くもってその通りだ」



 善悪で割り切れる問題じゃない。

 ただ、救われない。それだけの話だ。




「なぁ、言いたい事があるなら言ってみろよ。こっちの言葉じゃなくて、あっちの言葉でも構わんぜ。もし交渉の余地があるんなら――――」

「uuUUUUUUUUUUUUUUURUUUUAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAaaaaaa!!」





 返って来たのは無理解の咆哮。

 歩み寄りの可能性は、やはりない。




 そうだろうな。

 こいつが冒険者にやられた者達の怨念だとしたら、きっと俺達は許されざる存在なのだろう。




 復讐の対象者? 殺して辱める為の餌? 精いっぱい良く見積もってもパワーアップアイテム辺りが限界か。


 いずれにせよ、俺が冒険者であり、人間である時点で奴との関係性は最低最悪。




 どちらかが死ぬまで敵対するのは自明の理ってやつだ。





「ハッ」




 だが、それで良い。




 俺は正義の味方でもなければ、博愛主義者でもない。

 単なるチンピラ未満の糞雑魚で、チュートリアルの中ボスだ。





「……安心したぜ糞野郎。ここで歩み寄られたら、逆にウぜェ」



 慈悲? 和解? あるわけねーだろそんなもん。



 お前はゴミで、俺はゴミ清掃業者。



 人間様を喰らう様なロリコンストーカーに、どうして躊躇ためらう必要がある?



 歩み寄りなんてポーズよポーズ。



 自分を騙す為の欺瞞たてまえにお前まで引っかからなくて良かったぜホント。



『流石、マスター。ご自身の扱いに慣れてらっしゃる』

『敵の悲しい過去に涙を流すなんて芸当は主人公様の領分よ。俺みたいな小悪党は、手を尽くしたってアピールだけして殴りかかる位が丁度良い』




 俺はこの世界を愛しているが、同時に反逆を企ててもいる。


 助けたい人がいて、救いたい運命がある。



 その過程で、本来破滅を迎えるべき運存在に手を差し伸べるなんて展開もあるだろう。



 のっぴきならない事情で悪に堕ちるしかなかった者、正義と信じた行いで誰かを傷つけてしまう者、あるいは姉さんのように悲劇の演出の為に殺された者――――そんな救われなかった奴らを助けたいという程度の思いは俺にだってある。



 だがな。既に振り切れちまった奴の面倒まで見てやれる程、俺のキャパシティは広くない。




 俺の反逆の邪魔をするってんなら尚更だ。




「チャンスは与えた。てめぇは突っぱねた。だから、てめぇの悪行ぼうけんは、ここまでだ。……何も為さないまま、惨めに死ね」



 毒気と語気を強めて告げる、死神への処刑宣告。



 チープな殺し文句だが、人の命を何とも思わない真性の屑に手向ける言葉としては丁度良い。




 そして俺が安い挑発を言い終えると、まるで示し合わせたかのようなタイミングで、アルが福音を持ってきた。





『マスター、時が満ちました』




 瞬間、時の女神の権能が、蒼の世界を一変させる。



 発光オーバー、 膨張オーバー、 解放オーバー、 突破オーバー



 虚脱した身体に止まっていたアルの霊力が入り込み、大剣からは膨大な霊的熱量が溢れ出す。



 力が、戻ってきたのだ。



 術式構築のために回していたアルの霊力が俺の肉体に還ってきたのである。


 

 そして、が意味することは勿論、一つ。




対三次元フォース定義トゥ完全抹消術式フォース始源の終末エンドオブゼロ】、構築完了致しました。速やかに発動シークエンスへと移行して下さい』




 俺達の必殺技が、ここに完成したのである。










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