外伝2−1.こんなに愛しい存在だなんて

 必死に頑張って、痛みを堪えて、それでも泣いてしまったけれど……聞こえた産声に安堵の息を吐いた。頬を伝う涙を優しく拭うのは、カスト様の無骨な手。戦う騎士としての強さの証だった。人より厳しい訓練を課す彼は、今ではアロルド伯父様にも一目置かれる存在になっている。


「おめでとうございます。お美しいお嬢様ですわ」


 跡取りが欲しかったんじゃないかしら。そう思った私は少しだけ落ち込む。でもカスト様は違ったみたい。嬉しそうに声を上げた。


「なんと! これは陛下や王妃殿下はもちろん、アロルド様も可愛がってくださるに違いない。どれ……最愛の奥様にそっくりだ」


 取り上げた産婆から受け取る我が子を、私の腕に移すカスト様の表情は、嘘偽りなく明るかった。初めて見る娘の顔は、私に似てるかしら? まだ真っ赤で皺があってよく分からないわ。でも……小さな手を握って緩める所作を見たら、また涙が溢れた。愛しい、可愛い。よく頑張ってくれたわ。


 生まれてきてくれてありがとう。微笑むけれど、胸がつかえてうまく言葉にならなかった。その代わりに頬を擦り寄せる。小さくて軽くて、でも重い命が嬉しかった。


「本当に可愛いわ」


 やっと絞り出した声は震えていた。娘を抱いた私ごと、カスト様が包むように抱く

大きくて逞しい腕に、これからは私だけじゃなく、この子も守られるのだと実感した。


「そろそろ駆けつけてくるぞ」


 カスト様がにやりと笑った直後、ばたばたと廊下を走る音がする。叱る執事の声がしないから、お父様達ね。ノックして、すぐに扉が開いた。


「おお! 生まれたか」


「どっち? あら、お姫様だわ。素敵!」


 お父様とお母様の後ろから、呆れたと声に滲ませた弟ダヴィードが入ってくる。


「父上、母上、落ち着いてください。姉様が驚いてしまいます」


 オリエッタ嬢を伴った弟は、どこか大人びていた。先日、告白に成功したばかりと聞いているわ。


「ご出産おめでとうございます」


 丁寧に挨拶してくれる未来の義妹へ、にっこりと笑顔を向けた。化粧はしていないし、髪も乱れている。頬には涙の跡もあった。それでも家族になるんだもの、構わないわ。みっともない姿も含めて、私なのだから。


 ここで娘が泣き始め、授乳のために全員外へ出てもらった。女性だから残ると言いはった母も、名前を決める家族会議をすると聞いてあっさり意見を翻す。こういうところ、本当にお母様らしいわ。


 初めての授乳は大切なのだと、事前に習っている。産婆の手助けを借りながら抱き直し、娘が吸い付く力に驚いた。まだ生まれたばかりよ。この力こそ、生き抜くための生命力なのでしょう。必死で飲む姿が愛しくて、張った乳を含む我が子の頬に手を添わせた。


「元気に育って。私があなたに望むのはそれだけよ」


 色は夫カストと同じ黒髪、私と同じ紫の瞳。どちらも受け継いでくれて嬉しいわ。乳を飲み終えた赤子にゲップをさせて、一緒に横たわった。ひどく眠い。少しだけ……そうしたら、私も名前を……一緒に。

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