58.期待以上の部屋でしたわ

 私の部屋として用意されたのは、ダヴィードの隣ではなく、さらに隣でした。白い扉に細かな彫刻が施されています。彩色は全体に薄く、柔らかな印象が素敵です。中に入ると、クリーム色を基調とした壁紙、艶のある床はベッドとソファの近くだけ絨毯が敷かれていました。


 家具や飾りは白をベースに、青い花模様が入っています。すべて同じデザインなのかしら。猫足の長椅子が窓へ向けて置かれて、座ると庭がよく見えました。テラスの縁に並べられた陶器の鉢に咲く花が、まるで庭の一部のよう。布部分は紺、金具は金色で纏められていました。


「素敵……」


 言葉が出ないとはこの事です。何を言ったらいいのか。頭が真っ白になりました。こんな素敵な部屋を頂いていいのかしら。


「青と金に白、見事だね。ルナのイメージにぴったりだ」


「本当だ、お姉さまって感じがする」


 カスト様と弟の褒め言葉に、もう一度部屋を見回します。ここが今日から私の部屋で、二人から見た私のイメージなのね。擽ったい気持ちが胸を満たして、微笑むだけ。言葉が出てきません。


 私の愛称は「ルーナ」でしたが、両親もカスト様も「ルナ」と縮めて呼びます。以前と違うことを示す必要があると仰いますが、私にはよく分かりませんでした。ただ、耳慣れた「ルーナ」ではないことも、今では違和感なく反応できます。考えてみたら、両親以外にその呼び方をしておられたのは、元王妃様だけ。不自由はありません。


「カスト兄様の部屋は?」


「王太子殿下のお部屋の隣と伺っております」


 ランベルトが、ダヴィードに丁寧に説明します。その敬称にふふっと笑みが溢れました。やっと我が侭を抑えられるようになったばかりの弟が、王太子殿下だなんて。似合わないですね。私も王女殿下の敬称は馴染んでいません。呼ばれてもまだ反応できず、ランベルトに何度も呼ばせてしまいました。


「見に行くかい?」


 身長に差があるカスト様が、ダヴィードの視線に合わせて屈みます。悔しそうにきゅっと唇を引き結んだ後、彼はきっぱり宣言しました。


「絶対にカスト兄様の背を追い抜いてやる」


「期待してるよ、王太子殿下」


 まぁ! わざと王太子殿下と呼んで挑発するなんて。本当の兄弟のようだわ。並んで歩く私の右側で腕を組むのはカスト様、左手を握るのはダヴィード。


「素敵な二人に囲まれて、幸せだわ」


「僕の方がカッコよくなるよ!」


 張り合う弟の髪を撫でて、カスト様のお部屋の扉を開きました。私とダヴィードの間に部屋があるのは、いずれ私の部屋とひとつに出来るよう配慮した結果のようです。気恥ずかしいですね。


 開いた扉の先、濃茶の家具が並ぶ部屋はシンプルでした。実用的で曲線が少ない机や椅子、ベッドもあるのに執務室のよう。


「希望通りだね。シモーニの分家の方々は有能だから、心配はしなかったけど」


 そう笑うカスト様のお部屋は、私の部屋と対照的でした。黒髪のカスト様がお部屋に入ると、驚くほど家具がしっくり馴染みます。淡い色より、濃色の方が似合っていました。


「今日から隣の部屋か。眠れなくなりそうだ」


 安心してください。ダヴィードが遊びに行かないよう、きちんと言い聞かせますわ。そう話したら、全然違うと溜め息をついておられました。殿方の悩みは難しいのですね。

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