Interlude-Sazanka 何事も諦めが肝要

 この地は、何と面妖なことか。


 ワシ――サザンカがフォラナーダ城を訪れて一週間弱。幾度となく、この感想を胸に抱いた。


 これでも百々目鬼一族の長として、数多の戦士の心を覗いた『試練を課す者』として、『どく』を司る死鬼しきとして、人並み以上の経験を積んできた。それこそ、使い魔生活で引きこもっていた百余年を省いても、数百年間もな。


 しかし、このフォラナーダ城では、そのような経験がまるでアテにならん。出身とは別大陸という要素を加味しても、あまりにおかしい場所じゃった。


 まず、全員が強い。末端の使用人でも一騎当百くらいの力量がある。ワシの故郷の上位魄術師びゃくじゅつしでも、正面より戦っては叶わんかもしれん。


 幹部に至ると、もはや意味不明じゃ。国家に一人いるかどうかの英雄レベルの力を有しておる。何で、それほどの者が一城に複数存在する?


 果ては、世界の頂点と評されたワシら死鬼しきと同等ないし超える者まで存在する。それも二桁。意味が分からん。


 この大陸の人類が異様に強いとも考えたが、それは否定されている。少々城下を見学する機会があったのじゃが、町民たちはワシの知る一般人じゃった。この城――否、あの逸脱者に集う連中だけがおかしいらしい。少し安心したのぅ。


 次に、設備がおかしい。


 領内各地に転移門が設置されていたり、自走する馬車が存在したり、スイッチ一つで瞬時に冷解凍できる道具があったり。そういった便利すぎる魔道具は序の口じゃ。問題は、それらを構成する金属が、伝説上のオリハルコンやアダマンタイト、ヒヒイロカネじゃったことよ。


 劣化品という話じゃが、そのような主張も意味がない。本物よりも劣っていようと、それに近しい素材を量産できていることがあり得ないんじゃよ!


 長生きしているワシでも、とある王家の秘宝として保管されていたオリハルコンの短剣しか見たことがないのじゃぞ? しかも、短剣というのは誇張で、実際は刃渡り五センチメートルのナイフ。


 だのにッ、このフォラナーダではポンポンと気軽に使われておる! 小物から大規模装置まで、何でもござれじゃ。


 さすがに領外への出荷は極力控えているらしいが……それでも異常だ。普通、あの手の金属は大事に大事に保管するんじゃから。


 三つ目は、経済の活発さじゃろう。


 未だ自由に外出できる身ではないが、フォラナーダの豊かさは嫌でも実感しておる。ありとあらゆるモノが自領のみでまかなえており、輸入は経済を回すためじゃったり、嗜好品の類が占めているんじゃとか。


 食料自給率ほぼ百パーセントとか、頭がおかしいんじゃない? どれほど善政を敷く国だろうと、貧困にあえぐ辺境の村は生まれてしまうというのに。どう施策を講じれば、ここまで豊かになるのか知りたいわい。


 農業のみに特化しとるわけでもなさそうじゃしのぅ。工業や商業も活発だと聞いておる。自分の目で確かめてはおらぬので信憑性は高くないが、虚実が混じっておるとも感じられない。本当に意味が分からん。


 他にも色々とあるが、特に驚きが大きかったのは、この三点じゃな。


 総評として、フォラナーダは頭がおかしい。まぁ、トップが逸脱者の時点で何となく察しはついておったが、こちらの想定を大きく上回っておった。世界は広いと痛感したよ。


 ワシは、ワシの目の優秀さに感謝した。実力を見抜く目を持っておって良かったと本気で思ったのは、初めてじゃよ……。逸脱者を含むこの領地と戦うなど、天地が引っくり返ってもあり得ぬ。そのような愚を犯す人類は、ただの死にたがりじゃな。








「ふぅ」


 誰にも聞こえないくらい小さく息を吐く。


 ワシは今、一つの部屋の前に立っておった。逸脱者――ゼクス殿の呼び出しがあったため、使用人の案内で参じたのである。


 死鬼しきを呼び出すなど、地元の連中が知ったら卒倒するじゃろうなぁ。四名しかおらぬ頂点ゆえに、基本的には向こうより足を運ぶからのぅ。


 とはいえ、ゼクス殿なら仕方あるまい。どう考えても、ワシの方が格下じゃ。そも、別に呼び出されることに不満を感じるほど狭量でもない。


 先の溜息は、緊張より生じたものじゃった。格上と対峙するのは、どれほど歳を重ねようと気が重くなる。はなはだ久しい経験なら尚更。


 使用人が入室の手続きを済ませ、扉を開く。そして、ワシのみを室内へ促した。


 ここからは一対一じゃ。


 意を決して入室する。


 ここは執務室らしい。壁際には参考資料じゃろう本や紙束が並んでおる。部屋の主たるゼクス殿のデスクにも、山のような書類が乗っておった。


 今の今まで仕事をさばいておった模様。デスクより立ち上がる彼からは、僅かな疲労が感じられた。


「忙しそうじゃな」


 緊張などおくびにも出さず、軽口気味に言葉を投げかける。


 話し合いにおいて、弱みを見せるのは愚の骨頂じゃ。たとえ格上相手でもな。また、ゼクス殿も気安い関係を求めている風に察せられた。ゆえに、ワシは普段通りの態度を心掛ける。


 彼は応接用のソファに移動しながら、苦笑を溢す。


「まぁな。席を外してたせいで、一週間分の仕事が蓄積してしまったんだよ。嗚呼、そっちのソファに座ってくれ」


「別大陸に召喚されたんじゃったか。よくも一週間で帰ってこれたのぅ」


 ワシは対面の席に座りつつ、呆れ混じりに答える。


 ゼクス殿が別大陸に飛ばされたのは、記憶に新しい出来事じゃ。何せ、目の前で召喚されてしまったのじゃからのぅ。


 自身も経験しているトラブルゆえに、誰よりも同情できた。ワシの場合、彼とは違って帰れておらぬのじゃが。


 ゼクス殿は肩を竦める。


「【位相連結ゲート】があったからな。環境に配慮しなければ、いつでも帰れたんだよ」


「個人で転移が自由自在とは、ほんに恐ろしい御仁じゃなぁ」


魄術びゃくじゅつでも、転移は難しいのか?」


「霊体化すれば容易い――が、物質の移動は困難を極めるのぅ」


「興味深い話だな。魂のみなら、物理的な距離に縛られないのか」


「うむ。世界の広さとは物質世界の理。質量を持たない魂には関係ない」


「なるほどね。肉体は三次元だが、魂はそれに属さないのか」


 心底楽しそうに頷くゼクス殿。


 末恐ろしい反応じゃった。ワシの語った内容は熟練の魄術師でも理解が困難なのに、一度聞いただけで完全に理解しておる。


 戦慄を覚えながらも、益体のない話を交わすワシら二人。


 その間に、室内にいた使用人が茶の準備を終えておった。


 早速、カップを傾けて喉を潤すと、ゼクス殿の雰囲気が切り替わった。どうやら、本題に入るらしい。


「フォラナーダ内という条件は付くが、自由行動の許可が下りた」


「ほぅ」


 彼のセリフに、ワシは喜びの声を漏らす。


 若干身構えておったんじゃが、考えすぎだったよう。朗報で安心した。


 以前に暴れた吸血鬼族の阿呆のせいで、聖王国上層部における鬼魄きびゃく族への印象は最悪じゃった。そのため、ワシに行動の自由は保障されておらんかった。ちょっと散歩するだけでも、討伐隊が組まれたかもしれんのぅ。


 そこに不満はない。当然の思考じゃし、フォラナーダ城は奇想天外ばかりだったので飽きはなかった。


 とはいえ、やはり自由を認められるのは嬉しい。待遇改善の第一歩を踏み出せた。


 ワシがホクホクと喜んでおると、ゼクス殿は続ける。


「一週間以上も時間を費やしてしまい、申しわけない。本当なら、三日程度で許可を出せたんだが」


「謝る必要などありゃせんよ。お主は別大陸へと召喚されておったんじゃ。いくら逸脱者とはいえ、物理的に抑え込まれては動きようもなかろう」


「そう言ってくれると助かる。近いうちに、国内なら自由に移動できるようになるはずだ」


「急がなくとも大丈夫じゃぞ。ワシも、ゆっくり観光したい」


「いや、この辺りはすでに手を回してあるんだ。遅くとも、五日以内には許可が下りる」


「仕事が早いのぅ」


 恐ろしすぎるな、こやつは。欠点らしい欠点が見当たらない。本当に人間なのか、怪しすぎるぞ。


 まぁ、人間なのは確定しているんじゃが。魂の形やそれを宿す肉体のどちらも、人間の域を逸脱していない。


 なら、どうして逸脱者なのかって?


 人外に飛び出ていないのに、人外を超える力を有する。そのような頭のおかしな存在を、逸脱者と表さず何と言う。たとえるなら、容量限界100の容器に1万を突っ込んでおるようなものじゃ。


 ちなみに、そう至った原理などを尋ねつもりはない。この世界、知るべきではないことは必ず存在する。何事も、諦めと妥協が肝要じゃ。絶対に譲れないもの以外は、な。


 それから、ゼクス殿とは軽い雑談に興じる。とりあえず、フォラナーダ領の名所を聞き出すことにした。


 その際に知ったのじゃが、この土地は観光業にも力を注いでいるらしい。トップ同様に万能すぎないか、フォラナーダ。巡り歩くのが少し怖くなってしまったぞ。

 

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