Digression-Caron If dream(前)【人気投票記念】

以前に開催した人気投票結果を記念した閑話です。

結果はこちら【https://kakuyomu.jp/users/YukiMizusato/news/16817330654244113476


本日は前後編の二話投稿していますので、ご注意ください。


――――――――――――――



「あれ?」


 わたくし――カロラインは、不意に猛烈な違和感に襲われました。激しい痛みが頭に響き、思わずその場に膝を突いてしまいます。


 幸い、すぐに頭痛は引きました。若干の気だるさが残っているものの、変な後遺症が残っている気配は感じられません。


 とはいえ、後々に異常が発生する可能性もあるでしょう。念のため、全身に【快癒エクストラヒール】や【状態異常回復キュア】を施しておきます。


「……?」


 またしても違和感。


 術自体は無事に発動しましたが、何が妙でした。倦怠感が強まったような……嗚呼、残存魔力がものすごく少ないのですね。それなら、この気だるさの説明もつきます。


 しかし、ここまで魔力が減っている理由に、心当たりがありませんでした。お兄さまには遠く及びませんが、わたくしも魔力量には自信がありますもの。


 魔力不足は、とうてい放っておける問題ではありません。胸の前で腕を組み、原因究明に頭を絞ろうとしました。


 ですが、それよりも前に、新たなる謎が発覚してしまいます。


「えぇ!?」


 はしたない大声を上げてしまうほど、わたくしは驚愕しました。


 何に驚いたのかって? わたくしの胸が小さくなっているんですッ! ぺったんことまでは申しませんが、標準よりも控えめのサイズまで縮んでいました。


 せっかく、お兄さまのために実らせた努力の結晶が……。この怪奇事件を起こした者は許せません。出会ったら、必ず八つ裂きにしてくれますッ。


 というか、いつもと異なるのは胸だけではありませんでした。肉付きの薄い部分は全身に及んでいる上、何やら髪型もおかしいです。巻き髪というのでしょうか。見事なボリュームの巻きが、わたくしの顔の両脇に鎮座していました。


 もっと早く気が付いても良いのに。わたくしは思ったよりも混乱していたようですね。


 まぁ、良いでしょう。先程より覚えていた違和感の正体はハッキリしました。体が別人のように変化していれば、それも当然の反応です。


 次に考えるべきは、この体が本当にわたくしのものか否か。


 突拍子もない考えですが、別の誰かと心を入れ替えられた可能性もあります。お兄さまの扱う精神魔法、または他大陸の技術である魄術びゃくじゅつなら、そういった奇術も存在するかもしれません。


 ただ、光魔法は普通に使えたのですよね。魔法の適性は血筋に基づくもの。いつも通り魔法が使えた以上、別人説は弱くなります。


 加えて、


「ここはフォラナーダ城、ですよね?」


 わたくしの現在地は、フォラナーダ城の廊下でした。


 少し言葉に詰まってしまったのは、見覚えのある光景と若干差異があったせいです。わたくしの知る城なら廊下の隅は汚れていませんし、もっと空気が明るいはず。それに、一部の魔道具が設置されていませんでした。


 とはいえ、まったく見覚えがないわけでもないのです。目前に広がるそれは、幼少期に過ごしたフォラナーダ城に近い雰囲気でした。あの陰湿だった状況が続けば、今の景色と合致するのではないでしょうか。


 嫌な予感を、ヒシヒシと覚えました。


 このままジッとしているのは良くないと考え、わたくしは移動を開始します。ここがフォラナーダ城であれば、現在地の近くにわたくしの私室が存在するはず。とりあえずは、そこを目指しましょう。


 普段と体幹が異なるため、少し体を動かすのに四苦八苦しましたが、何とか歩けました。


 道中、違和感はいっそう強くなりました。城内すべてが薄暗い印象を受ける上、使用人の誰とも顔を会わせないのです。


 ……いえ、違いますね。魔力を節約するために探知魔法は切っていますが、さすがに気配の察知はできます。近くまで寄ってきた何者かはいましたが、わたくしと接触する前にきびすを返しているのです。あからさまに、わたくしは避けられていました。


 何がどうなっているのやら。


 混乱する思考を必死に抑え、わたくしは歩を進めます。


 そうして、やっと目的地に到着しました。


 小さく息を吐き、扉を開けようとドアノブに手をかけます。


 すると、一つの声がかけられました。


「……お前、オレの部屋に何の用だ?」


 一瞬、誰の声か判別ができませんでした。聞き覚えのある声なのに、聞いたことのない声音だったせいで。


 チラリと視線を向けると、そこには一人の青年が立っていました。


「へ?」


 わたくしは間の抜けた声を漏らしてしまいます。視線の先にいた人物が、自分の思い描いていた人ではなかったから。


 声によって、そこに立つのはお兄さまだと考えてました。ですが、実際にいたのは、赤髪に濃い紫の瞳を有した男性でした。意味が分かりません。


 聞き間違えた可能性は皆無でしょう。わたくしがお兄さまの声を間違えるなど、天地が引っくり返ってもあり得ない。


 頭の中が混乱しつつも、わたくしは青年をジッと観察します。こちらに見つめられ、彼は不快そうに眉をひそめましたが、気にしませんでした。


 そして、次第に、とんでもない事実に気が付いてしまいます。


「は? え? 嘘?」


 混乱の境地でした。とある真実に辿り着いたは良いものの、それは簡単に認められることではありませんでした。


 目前の青年は、紛うことなきお兄さまだったのです。髪や目の色、体格など、様々な部分が異なりますが、彼は確かにお兄さまでした。何か重要な部分を忘れてしまっているような、そんな欠落した感じがしますが、この結論は覆りません。


 同時に、わたくしの今の体の素性も、明らかになります。


「何かおかしいな……。何を驚いてるんだ、カロライン・・・・・


 お兄さまの口にした名前により、わたくしがカロラインのままであることは確定しました。


 しかし、未だに謎は謎のままです。何せ、お兄さまもわたくしも、見慣れた姿とは異なっているのですから。


「申しわけございません。失礼いたします」


 もはや冷静さを取り戻すのは無理だと結論づけたわたくしは、逃げるようにその場を後にしました。はしたないですが、やや駆け足気味に去ります。


 どれくらい歩いたでしょうか。気が付けば、わたくしは城の中庭に立っていました。


 ところが、そこの景色は大きく変貌を遂げています。


「庭園が、ない」


 魔香花の庭園が跡形もなくなくなっていました。そも、何かが建っていた形跡もありません。


 ここまで来ると、何となく現状の推測が立ってきました。


 おそらく、ここはパラレルワールドというものなのでしょう。平行世界、もしもの世界。名前は様々ですが、わたくしの過ごした世界とは、微妙に条件が異なる場所。


 どのような差異が生まれれば、このような世界になるのか。状況からして、フォラナーダが発展していないのは確かのようですが。


 ……十中八九、お兄さまに関わる分岐でしょう。


 この世界の彼と対面した際、明確に何かが欠けていると感じました。お兄さまがお兄さまであることは間違いないのですが、やはり、欠落しているのです。


 たった一人で伯爵領の命運を左右してしまうとは、さすがはお兄さま。この調子だと、城の外も様変わりしていそうですね。


 しかし、どうしましょうか。改めてお兄さまの偉大さを実感したのは良いのですが、直面している問題は一切解決しておりません。何をすれば、わたくしは元の世界に帰れるのでしょう。


 数分ほど熟慮するわたくしでしたが、結局はいつも通りの結論に落ち着きました。


「お兄さまを頼りましょう」


 この世界のお兄さまは、わたくしの知るお方ほどの力はないでしょう。ですが、同じ存在であることは間違いありません。何かしら、良いアドバイスを下さるかもしれません。


 そう考え、彼の元へ戻ろうとしたところ、妙な感覚が走りました。

 

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