Chapter14-5 モルモット(9)

 どうして、このタイミングで【白雨ゆうだち】を使ったのか。


 オレの仕業だと悟らせたくなかったためだ。せっかく高まっていたエコルの名声を、オレの起こした大規模魔法で掻っ攫うのは宜しくない。意味不明の天災と判断してもらいたかった。


 天災として処理されても面倒ごとはあるんだが、直接オレに関わる内容ではないので無視しておく。現地調査のために学校がしばらく閉鎖されるだろうけど、気にしたら負けだ。


 先程の雨は魔力の塊ゆえに、一分もせずに白色は消えた。再び困惑が巻き起こるが、必要経費だと割り切る。


 それよりも、オレには最後の仕事が残されていた。


 魔法が解禁されたお陰で、島全域を探知できていた。地下に隠れていた賊は全員ドラゴン化してしまったらしく、新たな反応は見当たらない。


 なれば、後始末は既存の一人のみ。素早く居場所を調べ、【位相連結ゲート】越しに引っ張り出した。


「うわっ、つぅ


 地べたに這いつくばるのは、一人の男だった。それも、オレが知己である人物。


 彼はオレの姿を認めると、安堵と困惑をい交ぜにした息を漏らした。


「ふ、フォラナーダ殿? これはいったい?」


「オレが呼び寄せたんだ。転移の魔法と言えば分かるか?」


「て、転移? そんなものは……いえ、あなたならあり得るのでしょうね」


「話が早くて助かるよ、ロクーラ」


 そう。この場に引きずり出した相手は、魔獣学を専攻する教師ロクーラだった。


 彼は周囲をキョロキョロと見渡しながら問うてくる。


「あの、どうして私を連れ去ったのでしょう? ドラゴンの脅威が去ったのは確認できましたが、先程の雨の危険性や生徒たちを指揮する仕事が、私には残されているのです」


 こちらを真っすぐに見つめる姿は、どこからどう見ても生徒を想う教師。一見すれば、良き教育者だ。


 だが、通じない。上辺だけの繕いなんて、感情を読めるオレの前では無力だった。


 溜息混じりに返す。


「よく出来た演技だけど、オレには無意味だ。やめろ」


「何を言って……」


「無意味だと言った」


 僅かな【威圧】を込める。


 すると、ロクーラの表情が抜け落ちた。ストンと、現状に当惑する男の顔が剥がれ落ちた。


「ようやく面と内側が合致したな」


「いつ、分かったのでしょう?」


 底冷えするような声音が、彼より吐き出される。そこには、すでに教師としてのロクーラは存在しなかった。


 オレは肩を竦める。


「今朝だよ。行方不明者の捜索に集まった時」


 最初からロクーラを怪しんでいたわけではない。彼はしっかりエコルを気にかけていたし、オレにも恐怖心を抱いていた。ごくごく自然の感情の機微があった。


 ところが、行方不明者の捜索の際は違った。彼の心に、一生徒を心配する気持ちはなかったんだ。これを不審がるなという方が無理である。


 もちろん、担当する生徒にしか興味を持てない可能性もあったが、疑いの目を向けない理由にはならない。


 つまり、今朝よりずっと、オレは彼を監視していたんだ。要所要所でどんな反応を示すのか観察していた。


 結果、一つの結論が導き出せた。


「ロクーラ。あなたが今回の騒動の主犯だな?」


 隠し部屋に驚かず、実験体の成れの果てに忌避感を抱かず、ドラゴンが発生する際には口惜しそうにしていた。物証がなくとも、この程度の推理は容易いだろう。


 対し、ロクーラは苦笑を溢す。


「私が主犯? 面白いことを仰いますね。証拠はあるのですか?」


 内心に抱えるのは余裕の感情。


 無理もない。彼は証拠がないと確信しているんだ。仲間たちを全員ドラゴンに変化させたのは、研究施設を潰す目的もあったんだと思われる。


 甘い見積もりだ。オレを前にして、その程度の証拠隠滅がまかり通るわけがない。


 オレは【位相隠しカバーテクスチャ】より、一つの資料を取り出す。それから、いくつか抜粋して読み上げた。


「『当実験室は、魔獣化の神秘を解明すべく開設された部署である。署長ロクーラの指示に従い、研究を進められたし』、『署長ロクーラの尽力により、実験体は十分に確保できている。よりいっそうの研究結果を期待する』、『研究費が不足気味だと発覚。署長ロクーラの指示により、実験体のサンプルを一部売却すると決断』」


 真っ黒だった。これらの資料を読めば、彼の言い逃れが不可能だと分かる。


 今朝までオレを欺けていた理由も、これのお陰で察しがついた。彼は、生徒をモルモットとして愛でていたんだ。育てるのはモルモットとしての価値が上がるため。気にかけるのはモルモットを損なわないため。他人との感覚が致命的にズレているサイコパスなのである。


 こちらの言葉を聞き終えたロクーラは瞠目どうもくし、肩を震わせていた。


「な、何故、それを」


「あなたを連れ去ったのと同じ手段さ」


 いくら地下が崩落しようと、【位相連結ゲート】なら取り寄せられる。さすがに全資料の確保は無理だったが、ロクーラを糾弾するには十分な量が集まった。


 項垂れるロクーラ。


 オレの実力を目の当たりにしている彼は、決して無駄に抗わない。ここで襲い掛かっても、返り討ちに遭うと理解している。


 それだけに、この足掻きは残念極まりなかった。


「クラララララララララララ」


 突如として降り立った小鳥――ロクーラの使い魔が、こちらに向けて高音の音波を放ってきたんだ。


 ただし、正面より受けても、オレには何の痛痒つうようもないが。


 それを見て、ロクーラは声を震わせる。


「な、なんで……」


「オレに、精神攻撃は通用しないんだよ」


 小鳥はコンフュージョンバードといって、混乱の魔法を扱う魔獣だ。精神魔法を修めている者に、そういった類は通じない。


 通じたとしても対処は可能だっただろう。一度見かけた使い魔は調べ直している。当然、コンフュージョンバードの知識も蓄えていた。


「というわけで、【おやすみ】」


「「……」」


「ふぅ」


 すかさず【言霊】でロクーラたちを眠らせたオレは、小さく息を吐いた。


 説得の必要はありそうだけど、犯人確保も生徒会の手柄にしよう。それでミッションコンプリート。


「もう少しの辛抱だ」


 再会は、ゆっくりたっぷり味わいたい派なんだ。


 カロンたちに会いたい気持ちを必死に堪え、エコルたちの元へ【位相連結ゲート】を開いた。


 生徒たちの喧騒が、早くも耳に届く。一件落着は目と鼻の先だった。

 

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