Chapter14-4 主人公疑惑(2)

 生徒会への参加が決まった翌日。いつも通り学校に登校したオレたちだが、周囲の反応は今までと異なった。


 遠目に見られながら、ヒソヒソと囁かれている状況自体は変わっていない。でも、そこに込められた感情が違った。侮蔑ではなく、どこか気まずそうな空気が蔓延まんえんしていた。


 もありなん。今まで落ちこぼれだと見下していた少女が、昨日のトーナメントで優勝してしまったんだ。気まずいどころの騒ぎではない。


 虫の良い話だと感じる者もいるかもしれないが、いくらか反省しているだけ、まだマシな方だろう。突き抜けている奴は、優勝した事実なんてなかったかのようにバカにし続けるからな。


「ふと、思い出したんだけど、アタシって人面魚に出会ったことがあってね――」


「ちょっと待ってくれ。人面魚って?」


 とはいえ、蔑みの有無なんて、エコルには興味がないらしい。普段と変わらず、オレに話しかけてくる。


 彼女が気に留めないのなら、オレも野暮なツッコミは行わない。周囲の群衆を無視して、雑談に応じた。


 しばらくは、洋々と談笑に興じるオレたち二人。


 しかし、それは唐突に終わりを告げる。一人の少年の接近を捉え、オレが言葉を止めたために。


 不思議そうに首を傾げるエコルだったが、彼女が疑問を口に出すよりも、少年の到着の方が早かった。


「少しいいか?」


「あんたは……」


 少年の顔を認めたエコルは、露骨に眉をひそめた。


 当然の反応だ。彼は、先日に食堂でケンカを吹っかけてきた人物なんだから。トーナメント初戦でボコボコにしたとはいえ、心にわだかまった不信感は拭い切れていない。


「……何の用?」


 にも関わらず門前払いしない辺り、やはりエコルはお人好しの類だと思う。それが彼女の長所でもあるけどさ。


 少年は一瞬だけホッと安堵の表情を浮かべるものの、すぐに真剣な面持ちに戻る。そして、勢いよく頭を下げた。くの字どころではない、深々としたお辞儀だった。


「すまなかった!」


 彼は声を張り上げる。


「『落ちこぼれ』とか『嘘吐き』とか、バカにして悪かった。今さら、許してほしいなんて虫のいいことは言わない。でも、この謝罪だけは受け取ってほしい。本当にすまなかった」


 シンと静まり返る教室。


 いつの間にか、室内の人間全員が固唾を飲んで、こちらの様子を窺っていた。エコルの返答に耳を澄ませている。


 当のエコルは、静かに少年を見つめていた。真意を探るように、ジッと彼を見定めていた。


 彼女の心境は複雑だ。内に渦巻く感情は多岐に渡り、かなり懊悩おうのうしていることが分かる。今までの境遇を考慮すれば、納得できる心の推移だった。


 ゆえに、オレは一切口を挟まない。どういう返しをしようと、エコルの大事な選択だ。


 沈黙の帳が降りて幾許か。誰一人として微塵も動かず、緊迫した空気が流れていた。当人たる二名はもちろん、室内に居合わせているギャラリーも同様である。


 のほほんと呑気に構えているのは、オレやノマくらいだろう。ほとんど部外者だからね。


 不意に、エコルは溜息を吐いた。


「謝罪は受け取るよ。でも、ゼクスにも謝って。ケジメは付けなきゃダメ」


「すまなかった」


「嗚呼、しかと聞き入れた」


 少年の行動は早かった。すぐさまオレに向き直り、再び頭を下げる。


 急に水先を向けられたので驚いたけど、注目されるのは勘弁してほしいので、チャチャッと対応を済ませた。


 オレたち二人とのやり取りを終えた少年は、三度目の一礼をする。


「まともに取り合ってくれてありがとう」


「今度、別の誰かを“落ちこぼれ”なんてバカにしてたら、許さないから」


「絶対にしないと誓う」


 そう強く宣言した彼は、教室を去っていった。


 またもや静寂が訪れる教室だったが、今度のそれは長く続かない。


 何故なら、


「アナンタさん、ごめんなさい!」


「わ、わたしも謝らせて。ごめんなさい!」


「すまなかった、アナンタ」


「今さらだけど、僕もごめんッ」


 一連の出来事を眺めていたクラスメイトたちが、こぞってエコルに謝罪を繰り広げたためだった。


 三、四十名の人間が一気に押し寄せる様は、なかなかに大迫力である。


「ちょっ!?」


 素のエコルに大波を回避する術はなく、あっという間に呑み込まれてしまった。


 南無。ノマが傍についているから、最悪の事態は起こらない。安心して、もみくちゃにされてくれ。


 えっ、オレはどうしたのかって?


 無論、気配を消して距離を取ったに決まっている。こうなるのは、何となく察していたもの。


 ふと、気づく。


 そういえば、今日はラウレアの姿を見ていない。謝罪の集団の中にも、彼女はいなかった。


「……」


 まぁ、他家の事情だ。下手に突かない方が良いだろう。


「ぜ、ゼクスぅ。助けてッ」


 あちらも下手に刺激しない方が良いな、うん。


 クラスメイト総出の謝罪合戦は、次の授業が始まるまで続いた。








「見捨てるなんて酷くない?」


 昼休み。学食で昼食を取っていたんだが、オレはエコルより苦言を呈されていた。しかも、この一度のみではなく、チクチクと何度も刺されているのである。よほど、オレだけ逃げたのが許せなかったらしい。


「悪かったって」


「むぅ」


 一応謝罪はしているんだけど、未だ彼女の機嫌を直すには至っていなかった。


「食後のデザートをおごろう」


「物で釣る気?」


「代価は求めないよ。ただの気持ちさ」


「ふん」


 若干、改善したかな? 


 多少の例外を除き、たいていの婦女子は甘いもの好き。『デザートをおごる』は、前世からの必殺技だった。


 注意しておくと、『おごるから機嫌直して?』みたいな空気を出してはいけない。それをやると、逆効果におちいる可能性が生まれる。上手く言葉で誘導するのがコツだ。


 ……めちゃくちゃ女たらしっぽい思考回路だな、今の。やばい、気を付けないと。


 手遅れだというツッコミが多発した気がするが、気のせいに違いない。気のせい、気のせい。


 オレはエコルにフルーツタルトを提供しつつ、話題を改めることにした。


「それにしても、クラスメイト全員を許したんだな」


 そう。彼女は、今まで蔑んできていた彼らの謝罪を受け取った上、許すと公言していた。


 さすがに、物理的な被害をもたらした輩は拒絶するつもりのようだが、同級生にはいなかったんだ。


 正直、謝罪は受け取っても、クラスメイトたちとは距離を置くと考えていた。エコルが今まで受けた仕打ちを振り返れば、そうなって当然だと思う。


 どういった心境なんだろうか?


 先のセリフは、そんな疑問を込めてのものだった。


 エコルは苦笑を溢す。


「確かに、虫のいい連中だなぁとは思ったよ。でも、突っぱねるのも違うかなって」


 彼女は語る。


 自分が落ちこぼれだったのは事実なので、強く反論はできない。落胤らくいん関係の噂も、実態はカナカ王国の策謀。だから、彼らを悪と断ずるのは筋違いではないかと。


「それに、反省したなら、きちんと受け止めて上げなくちゃ。一度犯した過ちを許さないってのは、かなり残酷でしょ。クラスメイトのみんなは、アタシにおもねるために謝ったわけじゃなさそうだったし」


「なるほど」


 彼女の言いたいことは理解した。


 結局のところ、受け取り手がどう感じるかの違いなんだろう。


 落ちこぼれが活躍したのを周囲が称賛する様子を見て、『手のひら返し』と捉える者もいれば、『実力が認められた』と捉える者もいる。エコルは後者だったというだけ。


 ただ、エコル側の考え方の方が生産的なのは間違いない。すべてを手のひら返しと断じて認めないのならば、それはつまり、『落ちこぼれに成り上がる芽はない』と言うも同義だからな。誰もが評価を改めない世界とは、最初の立場で固定される窮屈な世界である。


 しっかり考えた上での決定ならば、オレもこれ以上の発言は慎もう。あくまでエコルの人生だ。意思までも捻じ曲げたくはない。


 しかし、


「今後、大変だろうなぁ」


「同感」


 オレの独り言に、ノマが反応を示す。


 ハッキリ言って、エコルは美少女である。スタイルも細身ながらモデル張りに良い。今までは黒い噂のせいでノータッチだったが、今回の一件を皮切りに、それらも払拭されていくだろう。クラスメイトたちを許した話も、それに拍車をかけると思う。


 美人で、実力があって、性格も良い。家柄も庶子ながら折り紙付き。


 これから起こる争奪戦が目に浮かぶよ。当の本人は、まったく気が付いていないみたいだけども。


「どうしたの?」


「何でもない」


 呑気にタルトを頬張る彼女を見て、オレとノマは溜息を吐くのだった。

 

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