Chapter14-1 新大陸(4)

 この魔術大陸で、オレがどのくらい魔法を制限されているか語っておこう。


 まず、無属性魔法の大半は全滅である。あれらの燃費の悪さは折り紙付き。下級レベルの術でさえ、行使の余波は油断ならなかった。


 その中でも何とか使用が許容できるのが、【身体強化】と【魔纏まてん】だった。体内や物質内に留まる魔法のためか、三倍強化までなら微々たる悪影響で済むと試算できている。


 一方、精神魔法は何の制約も課されていなかった。元の燃費の良さが功を奏したようで、何を使おうと問題ない。まぁ、塵も積もれば山となると言うし、乱用は控えるべきだが。


 というわけで、現在のオレは著しい弱体化を受けていた。攻撃手段は徒手空拳オンリーだし、その近接戦もパフォーマンスが落ちている。加えて、探知も使えないので、素の気配察知で暗殺を警戒するしかない。


 マジでノマがいてくれて助かった。彼女のお陰で、遠距離攻撃や防御手段を確保できていた。でなければ、もっとエコルの護衛に苦心したと思う。




 さて。何故、今さらながら魔法の制約について話したかというと――


「うわぁ」


 校長室に入った途端、たくさんの敵意にさらされたためである。奥に座する校長らしき老人のみならず、壁や天井の向こう側に潜む賊からも、だ。


 探知は使えないが、ここまで強烈な感情を向けられれば容易に察知できる。改めて、精神魔法の有用性を実感したよ。便利で燃費も良い。一歩間違えたら覇王ルート一直線だけど、素晴らしい魔法だ。


 ザッと室内を見渡す。


 案内されたのは、一つの塔の頂上にある部屋だった。おおよそ十階建てくらいの高さはあるため、窓外より望める景観は素晴らしい。


 ただ、内装は酷かった。成金趣味というのか、派手な家具や装飾品が多いんだ。せっかくの自然豊かな景色を台無しにしている。


 室内に顔を揃えているのは、オレたち三人以外に二人だ。


 一人は校長に話を通すと言ったロクーラ。顔色を真っ青にし、隅っこの方で項垂れている。使い魔の小鳥に慰められていた。


 もう一人は、先程も少し触れた老人。目を細め、胸元辺りまで伸びた白い口ヒゲを撫でる姿は、好々爺っぽい印象を与える。だが、その内心は敵意しかない。とんだタヌキだった。


 交渉が上手くいかなかったのは瞭然。息を殺している連中を考慮すると、最悪の形で話はまとまってしまったらしい。


 一切合切を薙ぎ払っても良いんだが……とりあえずは様子を窺うか。今のオレの戦力とこの大陸の最大戦力が比較できない現状、できるだけ穏便に事を進めたい。もちろん、必要なら戦うけれども。


 加速した思考で結論を出したオレは、大人しく成り行きを見守った。


 入室とともに、隣のエコルが一礼した。


「失礼します。一年、エコル・アナンタです」


 彼女の声音からは緊張感が窺える。


 敵意に気づいているのではなく、校長室に足を踏み入れたこと自体に心が騒ついているようだ。学生ならではの機微だな。


「オレはゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダだ」


 エコルにならい、オレもその場で名乗った。


 しかし、頭は下げない。侯爵という立場はロクーラを通して明かしている。敵意も向けられている以上、堂々と振舞うのが肝要だった。


 ……若干、敵意が増した。表情を取り繕うのは達者だが、堪え性がなさすぎる。


 こんな男が、よくも校長まで出世できたもんだ。よほど上に取り入るのが上手かったんだろう。権力を愛し、権力に溺れるタイプだな。エコルより聞いた噂も、この分だと真実に違いない。


 出会って数秒にも関わらず、オレの校長に対する評価は底辺にまで落ちていた。下手に有能の方がやりにくいので、別に構わないけどさ。


 こちらの挨拶を受け、校長は口を開く。


「なるほど。そちらが貴族を名乗る、召喚された人間ですか」


 口調こそ柔らかいが、その対応は実に失礼極まりないものだった。


 オレたちの自己紹介を無視して名乗り返さないし、こっちの素性を信じていないセリフだし、棒立ちのまま放置しているし。どこからツッコミを入れれば良いのやら。


 エコルは作法に疎いのか、特段気にしていない様子。いや、それだけではないか。悪意に慣れすぎて、その辺の感受性が鈍っているのかもしれない。


「あの、校長」


 ジロジロと不躾に観察してくる校長に対し、エコルが声を上げる。


「ゼクスの件について呼び出されたと思うんですけど、学校側はどう対応するんですか?」


「結論を出す前に、彼にいくつか質問があるのだが、良いかね?」


「えっ、あの、えっと、いい?」


 オレへの質問に関して、校長は何故かエコルに許可を求めた。


 彼女は予想外の問答に困惑しつつも、オレに問題ないか問うてくる。


 何となく、校長がオレをどう扱うつもりなのか読めてきた。揉め事は確定路線だが、今は茶番の付き合ってやろう。


「構わない」


 オレが簡素に頷くと、エコルはホッと胸を撫で下ろした。


 いくら鈍感な彼女でも、いい加減、この場の空気の悪さに気づいたらしい。少し落ち着きがなくなってきている。


 こちらのやり取りを認めた校長は、早速質問を投じて――


「ゼクス。キミは自らを貴族だと――」


「名前を呼ぶ許可を出した覚えはないが?」


 ――きたのを、容赦なく切り捨てた。


 普段なら名前呼びなんて気に留めないが、敵意を向けてくる相手なら別だ。


「ぐっ。フラ……」


「フォラナーダ」


「……フォラナーダ。キミは自らを貴族だと名乗ったらしいが、そのような家名はまったく聞き覚えがない。遠方に召喚されたことを幸いに、身分を詐称しているのではないかね?」


「別大陸の者だと伝えておいたはずだが?」


 チラリとロクーラの方を窺うと、彼はブンブンと物凄い勢いで首を振った。


 聞いた上で、そう判断したよう。


 校長は小さく鼻で笑う。


「海の向こうに別の大地があり、国が栄えているなど、どう信じろというのだ? まだ、この機に乗じて嘘を述べていると考える方が現実的だ。それとも、何か証拠でもあるか?」


 態度こそ腹立たしいものだが、主張自体は間違っていないんだよなぁ。


 召喚された身元不明の男を、自称だけで貴族扱いするのは難しい。彼の言いようから、貴族を騙るのは罪に問われると察せるし。


 オレは肩を竦める。


「証拠はないな」


 プライベート時に呼び出されたので、物証に相応しいものは手元にない。


 というか、あったとしても彼は認めないだろう。この大陸とは関わりない代物ゆえに、いくらでも否定はできる。


 こちらがアッサリ認めたことに僅かな驚きを見せながらも、校長は失笑を溢した。


「であれば、キミは貴族を騙った犯罪者だ。五国の混じる学校でも、その法は適用されるため、身柄を拘束させてもらうぞ」


「そんなッ!?」


「エコル。彼の主であるキミも同罪だ。連帯責任で逮捕となる」


「はぁ!?」


 オレが逮捕されると聞いて抗議の声を上げようとするエコルだったが、続く校長の言葉によって、さらに瞠目どうもくした。


「ゼクスが捕まることも異議ありだけど、何でアタシも逮捕なわけ?」


「すでに語った通りだ」


「アタシとゼクス、主従契約を結んでないんですけど!」


「関係ない。呼び出した時点で、キミが彼の主だ」


 彼女の主張を、ことごとく否定する校長。


 やはり、そういう考えだったか。


 入室した時から、彼の態度は、オレたちを主従だと認識したものだった。どういう意図かは不明だけど、まとめてエコルも始末する算段だったんだろう。


 尚も言い募るエコルだが、校長はまったく取り合わない。その間に、ジリジリと隠れ忍賊たちの戦意が膨れ上がっていく。


「この――」


「まぁ、待て」


 顔を真っ赤にして怒鳴るエコルを手で制し、オレは冷ややかに笑む校長を見据える。


「拒絶した場合はどうなる?」


「身柄確保に抗うと?」


「嗚呼」


 校長は笑った。


「はははは。その場合は実力行使だ。痛い目に遭ってもらう。――やれ」


 短い命令とともに、壁や天井に潜んでいた賊が襲い掛かってくる。全身黒ずくめで、手には暗器を携えた集団だった。


 人数は五人。後詰に二人控えている慎重さは評価できる。


 だが、無意味だ。


「ノマ」


 オレの短い指示と同時に、室内に石の杭が十本ほど出現する。直径三メートルあろうそれらは部屋の虚空を埋め尽くし、賊のすべてを串刺しにする。ある者は腹を穿たれ真っ二つに、ある者は頭を潰され倒れ伏し、ある者は塔の外へと吹き飛ばされた。その他も例外なく石杭の餌食となっている。


 一瞬にして穴だらけとなった校長室は、土埃と濃密な血の臭いが漂った。


 悪臭は放置で良いだろう。風通しが良くなったお陰で、長くは続かない。


「補強もよろしく」


「相棒使いが荒いよ、まったく」


 やれやれと両手を掲げながらも、彼女はこちらの願いに応じてくれた。塔が崩壊しない最低限の補強を施してくれる。


 残ったのは悠然とたたずむオレ、そのオレに目を丸くしてしがみつく・・・・・エコル、腰を抜して失禁する校長、諦めの境地で天を仰ぐロクーラだった。


「で、誰が痛い目を見るって?」


「ひぃ」


 へたり込む校長へニッコリ笑い掛けると、彼は短い悲鳴を上げて気絶してしまった。


 ありゃ、怖がらせすぎたか。


 こういった“権力にはおもねり、格下には強気に出る”手合いは、分かりやすく実力を示すのが一番効果的だと踏んだんだが、少し力を入れすぎてしまったらしい。


 まぁ、良いか。【起床】で強制的に目覚めさせて、今後の話し合いを続けよう。






 その後、校長が何故に襲ってきたのか判明した。


 トラブルの種になりそうなオレたちを、事前に排除したかったんだと。元々、エコル自体が腫物みたいな扱いだったのも加味されていたよう。


 教職者が聞いて呆れる。自分の生徒くらい、きちんと面倒見ろよ。面倒ごとを事前に潰しておきたいのは分かるけどさぁ。


 それでオレたちの処遇だが、一般生徒と同様の扱いとなった。校内の自由を保障されたのである。


 身柄の確保自体は無茶な言い分なのは理解していたようで、実力行使が不可能なら手は出せないとのこと。


 もちろん、【誓約】で危害を加えないよう縛り付けた。こっちは誰も魔力を持たないので、精神魔法の露見を心配しなくて良いのはありがたい。


 あと、きっちり慰謝料は貰った。当面の活動資金と男子寮の一室を、ね。王族用の部屋が一室あまっていたので、遠慮なく使わせてもらう。


 エコルとは部屋が離れてしまうが、そこはノマの出番だ。彼女なら安心して任せられた。


 色々と手間はかかったけど、とりあえずの生活基盤を確保できたので良し、だな。

 

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