Chapter13-ep 呼応(1)

「とんだ旅行になっちゃったな」


 築島つきしまのフォラナーダ邸の一室。オレ専用に備えられた執務室で、オレは報告書を仕上げている最中だった。


 レクスの引き起こしたスタンピードより一日が経過していた。


 結果的に、街の被害は最小限で抑えられた。


 ケガ人は出たものの、死者はゼロ。そのケガ人でさえ、カロンたちによって完治済み。


 物損は甚大だったが、そちらも解決している。鍛え抜かれたフォラナーダの魔法師たちなら、一日もあれば復旧可能だった。


 ゆえに、築島つきしまはすでに通常運行である。これには、当の町民たちが酷く驚いていた。商人たちの方は、オレたちに恐怖の感情を抱いていたが。


 すべては、街で戦ってくれたみんなのお陰だな。カロンに至っては、あの茶魔法司を撃退していたと言うし。


 おそらく、外での復活には時間がかかるんだろう。だから、オレがレクスと接触するまで、彼女は姿を現さなかったんだ。


 素晴らしい仕事振りではあるんだが、絶対にバカンスの内容ではないんだよなぁ。カロンたちはもちろん、部下たちにも別途で休暇を与える必要がある。ブラックなのはオレだけで十分だ。


 そんなわけで、せっせと書類をさばいていたところ、探知術に意外な反応が引っかかった。動かしていた筆を止め、首を傾いでしまう。


 どうやら、彼女はこちらに向かってきているらしい。であれば、迎え入れる準備をしておこう。テーブルセットに加えて子ども用・・・・の椅子も用意し、それからお茶と茶菓子を並べる。


 程なくしてノックの音が響いた。部屋の前で控えていたメイドが入室の許可を求めたので、快く応じる。


 すると、勢い良く扉が開かれ、小さな影がこちらへ突進してくる。


 はたして、その正体とは、


「ゼクス!」


「久しぶり、ヴェーラ」


 オレの腕の中に飛び込んできたのは白髪の少女。色なしの非人道的な実験に巻き込まれた末、フォラナーダに保護されたヴェーラだった。


 彼女は今、フォラナーダ城には住んでいない。今年度より、オレがオーナーを務める孤児院に入っていた。


 理由は至極単純で、今後の生活のためである。


 保護する過程で一時的に面倒を見ていたが、ヴェーラの身分は平民。囲い込むなどの事情がない限り、いつまでも城には置いておけなかった。彼女自身が、平民として生きていく知恵を身につけなくてはいけなかったのも要因だな。


 とはいえ、完全に関りが絶たれたわけではない。彼女の『魔力が実体化する』という特質は健在なので、現在も魔力操作の訓練は欠かしていなかった。


 まぁ、訓練がなくとも、オレやみんなは普通に交流しているけど。


 それにしても、この一年近くで、ずいぶんとヴェーラも変わった。保護したばかりの頃は感情を表に出せなかったのに、今では朗らかに笑顔を浮かべている。まだ、親しい者にしか素直に感情を表現できないが、彼女は大きく前進していた。


築島つきしまにまで来てたなんて驚いたぞ。今日はどうしたんだ?」


 抱っこしながらオレが問うと、ヴェーラは頬を大きく膨らませた。


「みんなだけ海はズルイ」


「嗚呼、そういうこと」


 オレは得心した。


 今回の合宿のことを耳にし、うらやましくなったようだ。彼女はフォラナーダ城のみんなから人気を集めているし、誰かに頼んで連れてきてもらったんだろう。


 報告なく連れてきた奴は減給だな。


 そう心のうちで決定しつつ、ヴェーラに提案する。


「じゃあ、みんなのところへ行こうか。きっと、一緒に遊んでくれるよ」


「ゼクスは?」


「オレは仕事が残ってるんだ。ごめんな」


「え~」


 不満の声を漏らしながらも、それ以上の文句は口にしないヴェーラ。幼いなりに、彼女も空気を読める子だ。


 その後、別室で談笑していたカロンたちにヴェーラを預け、オレはさらに別室へ移動した。他のみんなの過ごす部屋より離れた一室へと。


 目標の部屋の前には、見張りであるガルナとマロンがいた。


「ご苦労さま」


「「恐縮です」」


 挨拶もそこそこに、オレは入室を果たす。


 室内は普通の私室だ。多少家具は豪華だけど、特段変わった代物は置いていない。強いて言うならば、部屋の利用者こそ珍妙な存在か。


 ソファには百々目鬼とどめき族の老婆――サザンカが座っていた。緑茶の入った湯呑を手に、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。


「ようやく来たか。待ちわびたぞ」


「すまないな。誰かさんたちのせいで、仕事が立て込んでいたんだ」


「そりゃ大変じゃったのぅ」


 オレが対面に座ると、サザンカは手慣れた様子で自身と同じ茶を用意した。


「飲んでみると良い。ホッとする味じゃよ」


「では、遠慮なく」


 湯呑に口をつけ、ズズッと一口飲む。うん、美味しい。


 それを見届けたサザンカは、バツの悪い表情を浮かべた。


「もう少し疑っても良いのではないか? ワシが毒を入れておったら、どうする」


「【身体強化】は免疫も強化してる。毒は効かないんだよ」


「マジで化け物じゃな」


「そう言うあなただって、毒は効かないでしょうに」


「まぁのぅ」


 飄々と語る彼女は、掴みどころがない。何となく、アカツキを彷彿とさせる。歳を食った強者は、性格が似てくるんだろうか?


 無駄話もそこそこに、オレたちは本題に移る。


「今回は、あなたの素性を伺いたい。その上で、今後の処遇を決めるつもりだ」


「素性、のぅ。以前に語った通りなんじゃが」


「えっと……『どく』を司る死鬼しきで、かつては『試練を課す者』を担っていた、百々目鬼とどめき一族のサザンカだったか?」


「そうそう。一度しか名乗っておらんのに、よく覚えておったのぅ」


「記憶力には自信があるんだ」


 精神魔法で補強しているからな。


 カラカラと笑う彼女に、オレは再度疑問をぶつける。


「固有名詞が分からないんだよ。『どく』と死鬼しきが特に意味不明だ」


 それを受け、サザンカは「ふむ」と神妙な顔をする。


「ワシの種族や『試練を課す者』については、察しがついていると?」


「嗚呼、後者は推測にすぎないが、前者は把握できてる。鬼魄きびゃく族の一種で間違いないか?」


「合っておる。この大陸に鬼魄きびゃく族はおらんかったはずじゃが……ワシの勘違いじゃったか?」


「いや、その認識で合ってる。転移儀式を用いて、こっちに落ち延びてきた吸血鬼がいたんだ」


「そやつは?」


「殺した。不死者アンデッドの軍団で国を墜とそうと画策してたんだよ」


「大バカ者じゃな。『落ち延びてきた』と言っていた辺り、逃亡兵か何かか」


「たぶんな。奴は自分を先兵だとうそぶいてたが、あの阿呆が先遣隊はあり得ない」


「どの時代にも、バカは絶えないんじゃのぅ」


 似たような輩に心当たりがあるのか、サザンカは遠い目をした。

 

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