Chapter13-5 王を称える者(4)

 グッと溜息を堪え、オレは推測を口にした。


「ここにいない配下とやらが、魔法司に至ったのか」


 神殿の隠し扉や数々の罠は、魔法司レベルの技量だった。本物の魔法司が施したのなら合点がいく。


 そういえば、土魔法司は一番の新人だとダンジョンに記載されていたな。逆算して、だいたい三百歳くらいか。


「で、残ったあなたたち二人は、神殿の魔力を無理やり注ぎ込んで延命し続けたと」


 未発表かつ非公開の情報だが、魔力は老化を抑える効果がある。


 この大陸のヒトは誰も気にしていないけど、普通の人間は平均百年も生きられない。医療技術を教会に依存しているのなら尚更だ。この違和感に気づくのは、きっと前世の記憶を持つオレやセイラ、ユーダイくらいだろう。


 前世と現世の違いは魔力に尽きる。実際、魔力の多いエルフは長寿だし、精霊や魔法司は不老不死だ。オレも、魔力が一定以上増えた辺りから、鍛錬で寿命を削らなくなった。


 要するに、レクスとエリアルは、神殿に貯められた魔力によって、三百年も生き続けたわけだ。


 ただ、自分以外の魔力を用いるのは、明らかに肉体へ負担を強いる。オレの見立てでは、レクスもエリアルも魔力が尽きれば即死する状態だ。それほど、体の内側はボロボロなのである。


 レクスは笑う。


「一つ訂正しておくと、エリアルは僕から間接的に魔力を得ている。自由に動けているのは、それが理由だ」


「あなたが死ねば、エリアルも死ぬと」


「彼女が望んだことだ。配下の忠誠に応えてこその主であろう」


 もはや狂気の域だな。そうまでして生き続け、やり遂げたい本懐があるんだろうが。


 オレは目を細めて、最後の問いかけを行う。


「あなたの目的は何なんだ?」


 別大陸から逃れ、魔力という力を求め、目標を成すために無理に生き続け、唐突にスタンピードを発生させ……。


 ここまで話を聞いて、レクスの最終目標がイマイチ分からなかった。何が彼らを突き動かすのか、判然としなかった。


 この質問を受けたレクスは、今まで以上の満面の笑みを浮かべた。口は三日月の如く弧を描き、瞳はギラギラと信念によって輝いていた。


 彼は大仰に両腕を開く。


「簡単な話だ。僕の目指す道は復讐だ。才ある僕に嫉妬し、迫害し、挙句の果てには殺そうとした連中――いや、その子孫を蹂躙するッ。そのために、我らは苦汁を飲みながらも生き続けた!」


「復讐に、オレたちを巻き込むつもりか」


「結果的にはそうなる。悪いとは思うが、我らも止まれないのだよ」


 彼の感情は一切揺らいでいない。他者を復讐に巻き込むことの悪を理解しつつも、それでも押し通す覚悟が窺えた。積年の恨みは、もう抑え切れないほど膨らんでいた。


 オレは静かに尋ねる。


「具体的なプランは?」


「まずはこの大陸を征服する。魔獣の群れと魔法司がいれば十分だろう。そして、征服後は、大陸中の技術を集結させて海を渡る手段を作り上げる」


「大雑把だな」


「それは仕方がない。この魔力神殿を作り上げ、周辺の魔力を長年かけて溜め込み、魔法司に匹敵する使い魔を召喚し、ようやく準備が整ったのだ。ここまで下準備に費やして、細かい作戦が必要になるとは考えなかった」


 ……うん。彼が失脚した理由が分かったよ。色々と中途半端で大雑把なんだ。


 カリスマや才能はある。努力もしているだろう。下準備も入念に整えている。


 だが、肝心の実行計画が杜撰ずさんの一言。端的に表すなら、詰めが甘い。足元をすくわれるのも当然だった。


 小さく溜息を吐き、最後通告を行う。


「このまま進むなら、オレがあなたを殺す。それでも、止まらないか?」


 返答は分かり切っていた。


「止まらぬッ。僕は王をとなえる者なのだ。何人たりとも歩みを遮ること能わず。一度決めた道は、最後まで進み続ける。たとえ、貴殿のような覇を唱える者が立ちはだかったとしても!」


「覇を唱えたつもりはないが……そうか。残念だよ」


「こちらも残念だ。出会い方さえ異なれば、貴殿とは良き友人になれただろうに」


 同感だ。短い付き合いだけど、彼の立ち振る舞いや意思の強さは嫌いではなかった。友人になれたかもしれないという意見は、間違っていないと思う。


 だからといって、手心は加えない。


 レクスの能力は危険すぎる。そんな人物が、他者を巻き込むことも厭わないというのなら、排除するしかない。こちらも守るべきモノが存在するのだから。


「来たれ、魔獣たちよ!」


 先手必勝だと、右腕を掲げるレクス。


 おそらく、召喚術で魔獣を呼び寄せようとしたんだろう。しかし、それは叶わぬ願いだった。


「……なに?」


 いつまで経っても召喚術は発動しない。彼が何度も手を振り、声を上げようと、新たな影は現れない。


 いや、魔法自体は発動しているか。オレとレクスの中間地点に魔法円が出現しているもの。ただ、それより先に現象が進まないだけだ。


 幾度も叫び続けているうち、レクスは血を吐いた。顔は真っ青になり、体全体が震え始める。


「こ、これは、何だ?」


 自身の状態に心当たりがないらしい。レクスは、ただただ戸惑うばかりだった。


 そんな呆然とする彼に、オレは攻撃を仕掛けた。


 ――【コンプレッスキューブ】


 対象を一瞬にして圧し潰す無属性魔法。それによって、レクスは跡形もなく消え去る。気絶する騎士エリアルも同様に始末した。


 彼が体調を崩した原因は、単なる魔力切れだ。ここは【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の内部。ある程度は生き長らえるように魔力のオマケも一緒に持ち込んだが、それ以上の補給はできない。


 オレがこの部屋に訪れた時点で、レクスは詰んでいたんだ。


 気に入った相手に行う仕打ちではないが、これも家族を守るためだと割り切る。卑怯な手は今までも講じてきた。今さら気にしても仕方がない。


 何とも歯切れの悪い終わり方だったけど、戦いなんて虚しいことの方が多い。早くカロンたちと合流して癒されよう。


 オレは【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を解く。


 瓜二つの元の世界に戻ると同時、神殿が大きく揺れた。


 核だったレクスが消えたせいで、建物の維持ができなくなったのかな?


 であれば、早くニナたちを回収しなくてはいけない。サザンカの課す試練の所要時間は知らないが、終わっていなくとも無理やり連れて帰る所存だ。


 彼女たちの元へ【位相連結ゲート】を開こうとする――その刹那。




 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!




 室内の天井が爆ぜた。一片の隙間もなく、ことごとくが破壊された。


 大小さまざまなガレキが落ち、瞬く間に部屋を埋め尽くす。


 オレはとっさに結界を張り、落下物をやり過ごした。それから、振動が収まった辺りで、近場のガレキを吹き飛ばしてスペースを確保する。


 周囲を確認する。元の部屋はガレキ塗れで、足の踏み場もない。天井は吹き抜けと化しており、見上げれば地上の明かりが窺えた。貫通してしまったよう。


 そして最後。オレの目の前には、呆然と地面に手を突く少女がいた。


「嘘、嘘嘘嘘ッ。レクスさまの反応がない。エリアルもいないッ。どうして、どうして!?」


 痛々しい悲鳴を上げながら、少女はコチラを睨みつけた。


 彼女が残るレクスの配下で間違いないな。体が魔力で構成されている。紛うことなき魔法司だ。


 朽葉色のエナンとローブという格好は、古き良き魔女を連想させる。魔法司が魔女の格好とは、なかなかシュールに感じてしまうが、オレの前世の記憶の影響だろう。努めて、気にしないことにする。


 しかし、今から彼女も始末しないといけないのか。レクスを殺すのも罪悪感あったのに、お代わりとか嫌になる。


 オレは再度【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を展開しながら、魔法司の少女に向かって挑発した。


「キミの主人たちを殺したのはオレだ。かかってこい」


 せいぜい悪役に徹してやろう。今回はそういう巡り合わせだと、諦めるのが肝要だ。

 

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