Chapter13-2 海と恋(2)
初心者と中級者は既存の内容と大差ないので、軽い説明の後にすぐ開始できる。
オレが力を入れるべきは、カロンたちの属する上級者組だった。
二つのグループへの対応を終えたオレは、すでに準備万端のカロンたちへ近づいていく。
「どんな鍛錬をするわけ?」
真っ先に口を開いたのはミネルヴァだ。
とはいえ、他の面々も同様の興味を抱いている様子。全員の視線がこちらへ集中していた。
もったいぶる必要もないため、素直に答える。
「海上および海中での戦い方を学んでもらう」
「あら。他グループとは、根本的に違う内容なのね」
ミネルヴァは意外そうに声を漏らした。
初心者組は『火傷するほどの熱砂を【身体強化】で防御しつつ、魔力を乱さずに瞑想を続ける』という並列作業の鍛錬。中級者組は『【重圧】の魔道具を装備した状態で、膝丈の水深をひたすらランニング(水流操作は許容)』という鍛錬だ。要するに、普段のモノの負担を増加させた内容である。彼女が疑問に感じるのも無理はなかった。
オレは肩を竦める。
「ここに集まっているメンバーは、あの程度の負荷を増やしたところで意味ないんだよ。だから、より実践的な指導をするのさ」
彼女たちに効果的な負荷を与えるとしたら、もっと過酷な自然環境しかあるまい。冬の山奥とか、アマゾンみたいな樹海とか、活火山の火口付近とか――
「――深海とか。今から素潜りするか?」
「遠慮しておくわ」
即答で拒否するミネルヴァ。藪蛇だったと眉をひそめている。
うん。オレも、そうしてもらえると助かる。まだ、沖の方の安全は完ぺきではないからな。
アカツキに聞いていた通り、沖は強い魔獣が多い上、海流がメチャクチャだった。オレなら平気だけど、今のカロンたちだと心配が残る。
すると、何かに気づいたのか、オルカが恐る恐る問うてきた。
「……今回の鍛錬って、今後の深海鍛錬の布石だったりしないよね?」
質問の形を取っているが、ほぼ確信しているらしい。彼の頬は盛大に引きつり、顔色も青かった。
それを聞いたミネルヴァたちは、ギョッとこちらへ視線を向ける。
オレは乾いた笑声を溢しながら頬を掻いた。
「ありゃ、気づいちゃったか。戦い方さえ心得ていれば、キミたちも沖で安全に活動できるんだよね。だから、今のうちに覚えておいてもらいたいんだ」
強い魔獣といっても、せいぜいレベル90台がゴロゴロいる程度。海中戦闘や流された時の対応を覚えておけば、何に問題もなかった。
むしろ、強敵が多い分、最高の鍛錬場と言えよう。強くなりたいと願う彼女たちにとって、絶好の鍛錬場に違いなかった。
「というわけで、頑張って海での戦い方を覚えよう」
「「「「「「「「「「は、はい」」」」」」」」」」
怯えながらも、きちんと返事はしてくれる一同。何だかんだ、自分たちの定めた目標より逃げる子はいないんだ。それが彼女たちの長所である。
「まずは、ファーストステップ。海上戦闘から教える」
そう言ってから、オレは大きく飛び上がった。後方二回宙返り二回ひねりを行い、海へと降り立つ。
本来なら海へドボンと沈むところを、オレは海面に立っていた。僅かな波紋を残し、悠々と海の上にたたずむ。
「とりあえず、これが出来るように練習してもらう」
みんなはポカンと呆けていたが、関係ないと言わんばかりに告げた。
海上に立つ方法は、至って単純だった。海に魔力を通して水流を操作し、足場になるよう固めるだけ。
ただ、言うは易く行うは難しの典型なんだよね、この技術。
魔力を他物質に流すのは簡単だ。【魔纏】という術がある以上、できないわけがない。
一番の難関は、魔力操作の延長で他物質の動きも操作することだろう。これが普通は不可能なんだ。そんなことが容易にできるなら、先天性の魔法適性なんて重要視されていないもの。
「そ、そそ、それって、以前、ゆ、ユリィカさんの故郷で、つ、つ、使っていた、ま、魔法でしょうか?」
最初に我に返ったのは、意外にもスキアだった。しかも、正解を言い当てている。
オレは笑顔を向ける。
「当たりだ。この技術は【浸透】の応用になる。あの時は土を操ったんだっけ? よく分かったな」
「じ、術式が、に、似てる気が、し、したので」
褒められて嬉しいのか、恥ずかしいのか。照れくさそうに顔をうつむかせるスキア。大変可愛らしい。
前々から感じていたけど、彼女の持つ術式の理解力と観察力はかなり高い。解析面では、ミネルヴァを上回るかもしれないな。
オレたちの会話を聞いて、他の面々も正気に戻る。
ミネルヴァが尋ねてくる。
「【浸透】って、無属性魔法じゃないの?」
「魔力を通すだけだから、【身体強化】と同じ部類だな。他属性でも再現可能だ。まぁ、欠点はあるけど」
「欠点?」
「流した魔力の属性によって、対象に効果を与えちゃうんだよ」
今回の場合で例えると、火の魔力を通したら水が熱せられてしまう。
「【
「そうなる。でも、任意の魔力を通せる点は違うね。対象に適したものを選べる」
「水の適性持ちだったら、デメリットはないと考えて良いのね?」
私に有利な技術だわ、とミネルヴァは興味深そうに溢した。
彼女の言は正しい。適性を多く持つ者ほど、【浸透】の応用技は扱いやすい。
だが、デメリットは、それだけではなかった。
「多用は禁物だぞ。コスパが非常に悪い。魔力消費量がバカにならないんだよ」
魔法の代用品として使うのは、絶対にオススメできない。水の柱を一分維持するだけでも、最上級魔法程度の魔力を費やしてしまう。ゆえに、『普通に魔法を使った方が良い』という結論になる、
「だから、今まで教えてこなかったんだね。必要性がなかったから」
「たしかに、手数が増えるのは嬉しいけど、必ず使うと聞かれたら怪しい」
オレの話を聞いたオルカは納得の声を上げ、ニナも同意だと頷いた。
しかし、全員が得心したわけではない。
「でしたら、海上や海中の戦闘も、魔法で補えば良いのでは?」
「そうですね。風魔法で飛ぶ、水魔法で操作する、土魔法で足場を作る。パッと考えつく限りでも、多くの方法があります」
カロンとシオンが、そういった疑問を提示する。
彼女たちの意見はもっともだ。
しかし、戦闘とは、必ずしも思い通りに進むわけではない。
「戦闘関係と足場の維持。どっちにも魔法を使うのは、かなりの集中力が要求される。特に、海なんかは足場の乱れが勝敗に直結するかもしれない。そんな恐怖を背負ったままじゃ、勝てる戦いにも負ける可能性が生まれる」
コスパは良いが、意識の向け方が中途半端になる危険性があるんだ。
その点、魔力操作に関しては口を酸っぱく指導しているので、彼女たちなら息を吸うように行える。
「どっちが良いかは、戦う相手やシチュエーション次第ですねぇ。だから、今教えるとー」
マリナが悩ましげに呟いた。
長くなってしまったが、ようやく全員の理解を得られたみたいだ。鍛錬は、鍛える側がしっかり内容を理解していないと意味がない。こういった意見交換は重要な時間だった。
早速、カロンたちは海上に立とうと、行動を開始する。
結論から言うと、
どうやら、難度の認識が間違っていたらしい。オレみたいな魔力操作が得意な者には何てことないが、少しでも不得手だと覚えるのに難儀するよう。
この技術が広まっていない理由は、コスパの悪さ以外にも存在した模様。結構鍛えているカロンたちでも難しいなら、一般的な魔法師では不可能だろう。今後も、この鍛錬は上級者枠固定だな。
全員が倒れ伏す死屍累々のビーチにて、オレは呑気に考察するのだった。
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