Chapter13-2 海と恋(1)

 商人たちとのゴタゴタはあったが、オレたちの観光合宿は何事もなかったように続く。


 昨日は街巡りをしたので、本日は海へ向かうことになった。全員が初めての海だったため、道中のみんなは相当ハイテンションだった。


 向かった先は、貴人用のプライベートビーチである。さすがに、オレたちが一般向けの海水浴場へ顔を出すわけにはいかなかった。


 整備されたビーチはとても美しかった。白い砂浜にあおい海というシンプルな風景にも関わらず、思わず目を奪われる魅力がある。


 ひとしきり鑑賞したカロンたちは、早速水着に着替える。海で動く以上、普段着のままでは濡れてしまうもの。


 といっても、オレは普段着のままだし、彼女たちが着用するのは可愛らしい遊戯用ではないが。


「お兄さま。本当に、この水着でないとダメなのでしょうか?」


「うーん。ボク、あまり好きじゃない感覚かも」


 カロンが困惑気味に尋ね、オルカが違和感あると主張する。


 次いで、


「ピッチリ」


「これ、体型が露骨に現れるわね。あなたの趣味が混じってない?」


 ニナが己の裾先をペチペチと引っ張り、ミネルヴァが半眼でこちらを睨んできた。


 他の面々も、おおむね似たような反応だな。身につけている水着の感触を確かめるか、オレへ疑念の目を向けてくる。


 特に、セイラの視線は厳しい。


「競泳水着じゃないですか……」


 ボソリと呟く彼女。


 そう。カロンたち一同が着ているのは、前世でも使用されていた競技用の水着だった。シャープなデザインのアレである。


 この世界に水泳競技はまだ誕生していないため、以前までは存在しなかった水着。しかし、こういった機会を想定して、オレと相棒のノマとで開発しておいたんだ。某高速水着以上の性能を自負している。


 ちなみに、男性用にも上着があるタイプだ。露出面積が少ない方が、色々と都合が良いんだよね。


「みんな、訊きたいことがあるかもしれないけど、その前にこの後の予定を発表したい」


「普通に遊ぶんじゃないの?」


「俺、遊ぶ気、満々だったんだけど」


 こちらの発言にミリアが首を傾ぎ、ダンが不満を漏らした。


 そういう意見が出てくるのは想定していた。夏休みの宿題は最終日まで手をつけないタイプだもんな、この二人。


「遊ぶのは後回しだ。キミら、何のために築島つきしままで来たんだい?」


「えっと、観光では?」


 苦笑混じりの問いに答えたのはアルトゥーロだった。キョトンとした表情を浮かべる。


 そこへ、モーガンの鋭いツッコミが入る。


「バカッ、クラブの合宿でしょう!」


「ごへっ」


 言葉のみならず、物理的なツッコミも付随した。【身体強化】を発動していたようで、かなり痛々しい音が響いた。彼の倒れた地面も少し凹んでいる。


 ただ、アルトゥーロも上手く防御していたらしい。「いったいなぁ」なんて呑気なセリフを溢しながら、平然と立ち上がった。


 新入生組って、お互いに容赦ないんだよな。見ていてドン引きするやり取りが、割と横行している。二人の間だけなので、こちらに被害はないんだけども。


 ふと、思い浮かぶのは師匠アカツキの顔だ。アルトゥーロとモーガンは、悪友という表現がしっくり来るかもしれない。


 それはさておき。


「モーガンの言う通り、本来の目的は合宿。ずっと遊び惚けてはダメだ」


 オレがそう断言し、いよいよ全員の顔に理解の色が浮かんだ。


 すると、マリナが問うてくる。


「つまり、これから鍛錬を行うってことですか~?」


「嗚呼。海ならではの鍛錬をする」


 こちらの即答に、頬を引きつらせる一同。


 そこまで嫌か、鍛錬。確かに、普段のモノよりも肉体的にはハードになるが、まだ内容は明かしていないんだぞ?


 そんな折、するりとシオンがオレの隣に歩み寄ってきた。とある準備のため、今まで席を外していたんだ。もちろん、彼女も競泳水着を着用している。


「参加希望者の準備が完了いたしました」


「ご苦労さま。人数は?」


「十五名です」


「へぇ。限度いっぱいか。やる気があって嬉しいよ」


「お二人とも、何の話をしているのでしょう?」


 シオンと情報共有を行っていたところ、カロンが恐る恐る尋ねてきた。


 オレは答える。


「今回の鍛錬は、部下の希望者も参加するんだよ。ほら」


 タイミング良く、ぞろぞろと使用人や騎士たちが集まってくる。当然、競泳水着だ。


 それを見たカロン――いや、ミネルヴァやオルカなどのフォラナーダ組は、全員顔を真っ青にした。


 察しの良いことで。どうしたんだ? なんて惚けたら怒られそうだな。


 続いて、震える声でオルカが訊いてきた。


「まさかとは思うけど、ガチの鍛錬?」


 意訳すると、『クラブ仕様じゃなくて、本気の鍛錬を行うの?』かな。


 オレはニッコリと笑う。


「その通り」


 簡潔な返答だったが、意図を伝えるには十分だった。


 質問を投じたオルカは当然のこと、他の面々も揃って天を仰ぐ。蚊帳の外なのは、事情を把握していない新入生組と幼馴染み組くらいだった。


 あれ? セイラもフォラナーダの訓練を知っているんだな。カロンの推薦でマリナたちと一緒に鍛えているとは聞いていたけど、結構本格的にやっているのか。ご愁傷さま。


 阿鼻叫喚のみんなは放置し、オレは説く。


「そんなわけで、残る半日は鍛錬に当てる。まぁ、夕方くらいには終わらせるから、遊びたいヒトは鍛錬後に遊んでくれ」


「体力が残っているわけないじゃない」


「頑張れ」


「はぁ」


 仏頂面で文句を垂れるミネルヴァだけど、オレは軽くスルーする。死にやしないし、全日程を鍛錬に費やすわけでもないんだから、諦めてほしい。緩急は大切だぞ。








 鍛錬は、三つのグループに分けて実施した。


 一つは、新入生組を筆頭とした初心者枠。クラブ仕様の内容のため、入りたての部下やダンとミリアはこの所属となる。


 次は、部下の大半を占める中級者枠。ここからが本格フォラナーダだ。レベルMAXに到達していない者が参加する。マリナたちと一緒に鍛えているセイラとユリィカもココだ。


 最後は、最難関の上級者枠だ。当然ながら、参加者はレベルMAX以上に限られる。カロンたちと、メイドのマロンやテリア、ガルナも加わる。


 ちなみに、スキアはギリギリ上級者枠である。最近になって、レベルMAXに到達していた。成長が早いのは、一所懸命に鍛錬した証拠だ。


「あ、あのー。ゼクスさん、ちょっといいですか?」


 グループ分けを終え、全員にストレッチを命じたところ、ターラが挙動不審に声を掛けてきた。


 オレは首を傾ぐ。


「どうした?」


「何故に、わたしは中級者グループなんでしょう?」


「嗚呼」


 得心の声を漏らすオレ。


 確かに、普通ならダンたちと同じ初心者枠に入れるよな。その疑問はもっともだった。


 説明不足だったことを詫びてから語る。


「簡潔に言うと、ターラが精神魔法を習得しているせいだ」


「精神魔法、ですか?」


 どう話が繋がるのか分からないようで、彼女は疑念を表情に浮かべる。


「精神魔法は、かなり希少な魔法だ。教える過程で、危険性も説いたと思う」


「はい。やろうと思えば、世界を壊すことが可能な魔法だって」


「その通り。この魔法はそれくらい強力だ。ゆえに、危険も付きまとってくる。悪用したがる連中が群れてくるんだ」


 悪用を始めたら、どこまでも際限がなくなるからな、精神魔法は。思考誘導はもちろん、自我を奪ったり、意思を捻じ曲げたり、やりたい放題だ。


 そんな力を求めない悪党はいない。必ず、手中に収めようと接近してくる。


 だから、ターラには力をつけてほしかった。危険が迫った際、最低でも逃亡はできるように。


 オレの言いたいことを察したのか、ターラは深く頷く。


 しかし、同時に質問も投じてきた。


「情報は隠蔽してるんじゃ?」


「もちろん、徹底して秘匿にしてる」


 精神魔法を知るのは、フォラナーダ伯爵家以外だとウィームレイやアリアノート、ディマくらいか。口が堅く、実力または権力がある者にしか伝えていない。


 でも、いつまでも秘密にできるとは限らない。


「世の中に絶対はない。情報封鎖しているからと胡座をかいて、危機に対面した時に準備を始めるのは遅いんだ」


「万が一に備えて、わたしに強くなってほしいと」


「そういうこと。勝手に教えておいて悪いとは思ってるけど、頼むよ」


「いえ、この魔法には助けられてる部分もありますから、気にしないでください。まぁ、鍛錬が激化するのは勘弁してほしいですけど」


 サラッと毒を吐いた彼女は、「じゃあ、がんばってきます」と言って、中級者組の輪の中に入っていった。


 他に質問のあるヒトは……いないな。


 であれば、鍛錬を始めるとしよう。

 

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