Chapter12-2 忍び寄る(4)

「そろそろ、集合場所まで戻りましょう」


 影が伸び、だいぶ薄暗くなってきた森の中。遠姫とおひめたちが魔獣を仕留めたタイミングで、オレは撤退を促した。


 狩った獲物を披露し合う閉会式まで、まだ時間的余裕はある。しかし、視界が悪くなり始めた状況を考えると、無理に狩りを続行するのは下策だろう。焦るほど戦果が乏しいわけでもない。


 幸い、遠姫とおひめも異論はないようで、スムーズに撤退の準備は完了する。周囲を警戒しながらも、滞りなく森の外縁へと歩を進めた。


 しかし――


「あん?」


「これは……」


「むっ」


「おや?」


 オレ、シオン、ニナ、カロンの順で、とある異変を察知する。


 とても見過ごせる内容ではなかったため、足を止めて探知に注力した。


 当然、共に行動していた遠姫とおひめたちは疑問に思う。


「どういたしましたか?」


 怪訝そうな声がかかるけど、即座に応対はできなかった。


 幾秒かの間を置き、十分に状況を把握できたところで、彼女の問いに答える。


「スタンピードが発生したようです。狩りの範囲外――森の深層から、魔獣の群れが列をなして押し寄せてきます」


「えぇ!?」


 対して、遠姫とおひめは素っ頓狂な声を上げた。彼女の護衛たちも動揺で騒つく。


 ……冷静さを促す時間はないな。


 チラリと遠姫とおひめたちの様子を窺い、同時にスタンピードの侵攻速度も確認する。


 このままだと、魔獣の一部が狩りの参加者と接触する。あれは、我先にと突っ込んでいったモナルカ第三皇子の陣営だろう。頭が痛いことに、彼らを単独にはできないと付いていったウィームレイたちもいる。


 巡回の騎士は何をしているんだと悪態を吐きたくなるが、グッと我慢した。探知範囲をさらに広げれば、必死に戦っている彼らが認められたために。


 二百を超える数はいるんだ。五十程度の騎士では抑え切れないのも当たり前だった。森という環境もマイナスに働いている。


 それに、何人か騎士が足りないんだよ。推定五人が姿を消していた。人手不足の状況で、死亡者が一人しか出ていないだけ立派だな。文句は呑み込んでおく。


 というわけで、悠長にしていられる時間はない。遠姫とおひめたちの対応は捨て置き、オレは行動を開始した。


 まずは【位相連結ゲート】を発動。森に散らばる参加者全員を回収し、遠く離れた安全圏へ移動させる。これによって、ウィームレイたちが魔獣と接触する危機も回避された。


 次に、【念話】でウィームレイへの状況説明。騎士たちの危機は去っていないので、必要事項を端的に伝える。


 彼が事情を把握しておけば、他の参加者への説明も済ませてくれるだろう。後顧の憂いはない。


 ここまでを一分以内で完遂し、ようやく作戦会議へと移る。目前へ意識を戻せば、指示を待つ婚約者たちがいた。


「魔獣の群れは、オレ一人で対処できる。みんなは、負傷した騎士たちの支援を頼みたい。【位相連結ゲート】で近場までは送るから、応急処置をした上で一ヵ所に集めてくれ」


 群れの中には大型もゴロゴロいるが、問題はない。通常の魔獣程度であれば、【銃撃ショット】で一網打尽である。というより、すでに過半数は討伐済みだった。


 まぁ、その辺はみんなも把握しているだろう。余裕のある表情が、何よりの証拠だ。


 カロンが口を開く。


「皆が運んできた方々を、わたくしは治療するのですね」


「その通りだ。頼めるか?」


「お任せください!」


 ギュッと両手を握り締め、胸元で構える彼女。状況的に不謹慎だとは分かっているが、とても愛らしい仕草だった。


「アタシも問題ない。任せて」


「承知いたしました」


 ニナとシオンも二つ返事で頷いてくれる。


 あっという間に会議は終わり、彼女たちは展開された【位相連結ゲート】を潜っていった。


 残されたオレは手早く残党を狩り、あとは探知に力を注ぐ。


 今回のスタンピード、明らかにおかしい・・・・。予兆は一切感じられなかったし、騎士から行方不明者が出ているのも気掛かりだった。


 証拠保全のため、森全体に結界を展開しておく。これで、オレたち以外の出入りは不可能となった。現場を荒らされる心配はない。


 うーん、特に怪しい点は見当たらないな。不審者の陰もない。探知越しだと、これくらいが限度か。


 残る調査は、諜報部隊を招いて行うしかなさそうだった。彼らなら、僅かな証拠も見逃さないだろう。


 程なくして騎士全員の治療は終了し、かなり熱烈なお礼を言われながらも、彼らをウィームレイたちの元へ【位相連結ゲート】で送り届けた。


 静寂を取り戻した森の中、オレは奔走してくれた彼女たちへ労いの言葉をかける。


「ご苦労さま。みんなのお陰で、犠牲は最小限に収められたよ」


 それを受けてニナとシオンは満足そうに笑むが、カロンだけは思案顔を浮かべていた。あごに指を添え、地面へ視線を落としている。


「カロン」


「あっ、申しわけございません、お兄さま」


「気になることがあるなら、遠慮なく言ってくれ」


「それは……」


 一瞬逡巡する彼女だったが、すぐに態度を改めた。真っすぐコチラを見つめ、一つの頼みごとを口にする。


「今回唯一の犠牲者の遺体を、拝見させていただけませんか?」


 行方不明者の安否を考慮しなければ、此度のスタンピードの死亡者は一人だった。諜報部隊の調査まで現場は保存しておきたいが、遺体を野ざらしにするのは気が引けたため、写真のみ撮影して回収してあったんだ。


「構わないよ」


 遺体回収を境に彼女が悩みだしたのは分かっていたため、オレは躊躇ちゅうちょせず受諾した。即座に、【位相隠しカバーテクスチャ】より騎士の遺体を取り出す。


 それは凄惨たるありさまだった。四肢は右腕のみを残して欠落しており、首や腹も魔獣に食われたせいで穴が開いていた。


 素人目では魔獣に襲われた男にしか見えないけど、治療の専門家であるカロンは、何かしらの違和感を捉えたらしい。


 彼女は、取り出された遺体をじっくり検分する。ゆっくり周囲を歩き回って観察し、時には魔法も行使して多角的に精査した。


 無言で見守ること十分ほど。不意に「分かりました」とカロンは呟いた。それから、彼女の覚えた違和感の正体を明かす。


「彼の死因は魔獣ではありません。ヒトの手で殺されています」


「えっ」


「そ、そうなのですか?」


 よほど衝撃的だったのか、ニナとシオンが目を丸くしている。


 オレ? 驚いてはいるけど、カロンが調べたいと申し出てきた時点で、何となく察してはいた。こういった死因の偽装は、定番中の定番だもの。


 カロンは滔々とうとうと説く。


「手足を奪っていったのは魔獣で違いありませんが、これらは死亡した後の傷ですね。何より、首とお腹の傷は、人為的につけられたものです」


「人為的だと判断した根拠は?」


「傷口が一定ではありません」


 オレの問いに、カロンはハッキリと答えた。


「切り口がチグハグすぎます。どう見ても一口で噛み切られた傷なのに、何度も切り裂いて作られた傷なのですよ。おそらく、刃物で魔獣の咬撃こうげきによる傷跡を再現したのでしょう」


「なるほどね」


 さすがは我が最愛の妹だ。本物の魔獣の咬撃こうげきだって、鋭い牙で患部がズタズタになっているんだから、不自然に感じないのが普通だろう。よく見分けられたものだと感心する。


 それはニナたちも同様で、感嘆の息を漏らしていた。


 そんなオレたちの反応が照れくさかったのか、カロンは虚空へ視線を逸らした。


「と、とにかく。傷を偽装するなど、悪意あるヒトが行う所業です。今回のスタンピードには、誰かしらの思惑が関わっているのだと思います」


 慌てて結論を述べる彼女の姿は、とても頬笑ましい。


 自然と緩む口角を自覚しながら、オレも追随した。


「そうだな。今回のトラブルは、何者かの悪意によって引き起こされたのは間違いない」


 ただ、犯人の特定は難しいだろう。オレに気配を察知させなかったんだ。現場を隔離したとはいえ、有力な証拠が見つかるとは思えない。


 動機方面から探るのも困難だ。魔獣狩りには多くの貴族が集っていたため、誰が標的なのかも判然としない。


「今は諜報部隊の調査結果を待とう。内容を聞いてから、今後の動きを決める。とりあえず、みんなは王都に帰ってほしい。オレも、ウィームレイに状況を説明した後に戻るよ」


 部隊の到着後、オレたちは撤退した。


 ウィームレイとの相談の末、側近以外には、事件の裏事情は伏せられることとなった。すべては、調査の結果次第である。

 

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