Chapter12-2 忍び寄る(3)

 開会より小一時間ほど。狩りは順調に進行していた。登場する魔獣は小型がほとんどで、稀に中型が現れるくらい。危うい場面は一切発生しなかった。


 というより、遠姫とおひめたちが思いのほか優秀だったんだ。交互に戦闘を行っているんだけど、こちらに負けないスムーズさで勝利を収めている。


 護衛の剣士たちの実力が高いのもそうだが、要は遠姫とおひめだろう。


 盲目の彼女は、直接戦うことはしない。護衛たちに守られながら指示を飛ばすか、糸を用いた罠を張る役目を担っていた。


 その二つが恐ろしく的確だった。まるで未来が視えているが如く、襲い来る魔獣の行動を封殺しているんだ。


 度々、目の辺りに大量の魔力を集めて消費しているので、何かしらの魔法を行使しているのは分かるが、詳細は不明だった。発動時間が一瞬すぎるのもあるし、あの目隠しが特殊な隠蔽効果を有しているのも一因だろう。


 しかし、もっとも解せないのは、魔眼でも見破れないこと。【白煌鮮魔びゃっこうせんま】で暴けないならば、瞳を媒介にしている点より、魔眼の存在を疑わなくてはいけない。警戒されていると、同格の術には通じにくいのが弱点なんだよ。


 ――例の噂は本当だった?


 ふと、未来が視えるという、荒唐無稽な話が脳裏を過る。


 現状を考慮すると、否定はし切れない。オレが時間停止常識外れを実現できる以上、未来予知も可能だと考えるのが合理的だ。魔眼の可能性があるなら尚更。


 ただ、未来予知の噂が真実だったとして、こんな遊戯程度にポンポンと使うのか? という疑問は残る。


 世界の理に逆らう魔法はリスクが大きい。たとえば【刻外】は、必要魔力が途方もなく膨大ゆえに、オレやアカツキくらいしか使えない。おそらく、他者が使おうとしたら、発動を試みた瞬間に蒸発する。


 一旦、情報を整理するか。遠姫とおひめが未来予知の魔法を有し、魔獣狩りの最中に使っている。この仮定で話を進めてみよう。


 まず、能力を大幅に制限しているのは確かだ。現段階でも魔力消費は大きいけど、時間系統を扱うにしては微々たるもの。十中八九、数秒――長くとも十秒前後の未来しか見通していない。護衛たちへの指示も、それくらい先読みしたら出されるだろうモノだった。


 現場のみを見れば、仮定は正しく思える。


 ところが、現実はそう単純ではなかった。


 彼女は王族なんだ。個人の能力だからといって、そこに自由はない。国の利益を最優先にしなければならない。予知は、国の発展に関わるものに行使すべきだろう。


 年単位――いや、一ヶ月程度の未来でさえ、視るには相当の魔力消費が予想できた。であれば、遠姫とおひめは魔力を貯めるよう求められる。いざという時に備え、安易に魔法を使えないはずだ。たとえ一日で回復できる量でも、こんな遊びの延長で浪費して良いものではないと思われる。


 そも、以前にも考察した通り、遠姫とおひめを含む常立国とこたちのくにの王族たちが未来予知を有していたら、とっくの昔に大国へと成長しているはずだ。だのに、この半年でようやく都市国家群の上位に躍り出た程度。状況が矛盾していた。


 やはり、未来予知は現実的ではないか。魔力を大量かつ急速に回復できる手段を確保しない限り、この場で行使するのは不自然すぎる。


 ……不要なフラグを立てたか? 警戒はしておこう。


「お兄さま」


 カロンの呼びかけと同時に、ふわりとフローラルな香りが届く。


 見れば、今しがた戦闘を終えた遠姫とおひめが、護衛に付き添われながら近づいてきていた。


 かなり熟考してしまっていたらしい。数分程度の間隙かんげきだし、探知は維持していたけど、ちょっと無防備すぎたな。反省しなくては。


 『魔王の終末』以降、少し気が抜けていたことを自覚し、内心で己をたしなめる。それから、声を掛けてくれたカロンへ「ありがとう」と礼を告げた。


 耳元で囁いたせいでビクッと驚かせてしまった。ごめん。


「ふふ。存じておりましたが、本当に仲が宜しいのですね。うらやましい限りです」


 程良い距離まで辿り着いた遠姫とおひめが、コロコロと笑声を溢す。


 こちらの光景は見えていないはずだが、聴覚等を駆使して状況を察したよう。これまでの所作で察してはいたけど、彼女の視覚を除く感覚は結構鋭い。


 それを受け、カロンは恥ずかしがるどころか、自信満々に胸を張った。


「ええ。わたくしとお兄さまは強い強い絆で結ばれていますから!」


 ドヤァと顔を綻ばせる彼女。とても可愛いと思います。


 すると、周囲警戒に務めていたニナが、突然片腕に抱き着いてきた。


「アタシとも仲がいい」


 若干ムッとした表情を浮かべ、カロンと遠姫とおひめへと視線を送る。


 どうやら、カロンだけが『仲良し』と評されたのが気に食わなかったみたいだ。嫉妬と対抗心が綯い交ぜになった感情が窺える。


 婚約者が可愛すぎてヤバイ件。今すぐにでも撫で回し、何なら直帰して愛でたいくらいだった。


 頑張って我慢しますけどね。他国の姫の前で暴走するわけにはいかない。緩みそうになる頬も、必死で抑える。


 だから、これ以上はオレを刺激しないでほしい。グラマーなキミが腕に密着すると、色々包まれちゃうんだよ。


 しかし、オレの試練はこれだけに留まらなかった。


「ズルイですよ、ニナ!」


 何も、嫉妬と対抗心を抱くのはニナだけではない。彼女の行動を目撃したカロンまでも、オレの腕へ抱き着いてきたんだ。豊満なサンドイッチが出来上がる。


「二人とも、落ち着け」


 さすがオレ。今までも耐え切った理性は頑強だった。この状況でも冷静を装えるのは、一種の特技ではなかろうか?


 ……なんて、表面上だけだけどね。『魔王の終末』以後は色々と解禁したせいで、昔ほど強くないんだよ、理性。割と心臓はバクバク高鳴っていた。


 シオンがTPOを弁える冷静さを有してくれていて助かった。彼女まで突貫してきていたら危なかった。


 ただ、うらやましげにコチラを見つめているので、あとで埋め合わせする必要はありそう。何か用意しておかなくては。


 オレは小さく深呼吸し、優しく二人を引きはがす。ポンポンと彼女たちの頭を撫で、呆然としていた遠姫とおひめたちに謝罪した。


「申しわけございません。とんだ痴態をお見せしてしまって」


「「も、申しわけございません……」」


 我に返ったカロンとニナも、同時に頭を下げる。


 対し、遠姫とおひめは朗らかに笑った。


「いえいえ、お気になさらず。愛し合う方々を見るのは、心温まります。立場上、なかなかお目に掛かれませんからね」


常立国とこたちのくにも、そちら方面は似たようなものですか」


「ええ。お家を守るためには、恋愛結婚などと申してはいられませんもの」


 そう言って、彼女は苦笑する。


 国は違えど、政略結婚の運命からは逃れられないらしい。


 とはいえ、政略結婚が悪というわけではない。自由恋愛を良しとする前世では、悪しきざまに描かれることが多いけど、あれはあれで利点があるんだ。どちらが正義という単純な話ではない。


 その点、オレとミネルヴァの関係はお得だな。政略かつ恋愛結婚だもの。バリューセットだ。


 遠姫とおひめは憧憬の感情を滲ませながら続ける。


「正直、お二人をうらやましく思います。愛している殿方と共にあることを認められているのですから」


遠姫とおひめさまは、恋をしたご経験が?」


「いいえ、一度も。だからこそ、興味深く感じます。恋が実るとは、どれほど甘美な味わいなのかと」


 カロンの問いに、遠姫とおひめは首を横に振った。


 手が届かなく、未経験ゆえに、なおさら憧れるんだろう。


 だが、憧れを変にこじらせている様子はなかった。


「無論、恋愛がキレイな面ばかりではないことは存じておりますよ。そう考えると、憧れは憧れのまま、胸の奥にしまっておいた方が良いとも思っています」


「諦めるということ、ですか?」


 続くのはニナの問いかけ。彼女は訝しげな表情を浮かべていた。


 ニナなら、そういう反応になるだろうな。将来の夢お嫁さん宣言しかり、肝試しの一件しかり。彼女は本の内容に憧れ、それを求める場合が多い。諦める選択を取った遠姫とおひめは真逆の存在と言えた。


「ええ、諦めています。私の立場を考慮すると、憧れを求めるなら、かなりの代価を支払わなくてはいけませんもの。それは、私の望む未来ではございません」


 遠姫とおひめはアッサリと頷いた。とうに心の整理は済ませており、もはや動揺する段階ではないんだろう。


 ――もしくは、恋愛への興味は、多少そそられる程度のものだったか。


 今の言い回しは少し引っかかった。『私の望む未来ではない』の辺りだ。そこだけ、執念の感情も若干こぼれていたし。


 もしかしたら、遠姫とおひめは王位を狙っているのかもしれない。常立国とこたちのくには女王制国家ゆえに、彼女も十分狙える地位にいるんだ。


 パッと思いついた憶測だけど、結構あり得る想定だな。オレたちに近づいてきているのも、後ろ盾として頼る目的なら合点がいく。


 とはいえ、決めつけるのは早計か。やはり、常立国とこたちのくにの政情を把握しないことには、正確な判断は下せそうにない。


 ……優先度を悩むところだが、遠姫とおひめの周囲を一度調べさせるか。懸念は払拭しておきたい。


「この辺りで、お喋りは一旦仕舞いにいたしませんか? 企画の趣旨を考えると、次の獲物を探すべきでしょう」


 釈然としない顔のカロンとニナの肩を叩きつつ、オレは遠姫とおひめへ提案する。


 すっかり会話に花を咲かせてしまったが、今は魔獣狩りの最中なんだ。いつまでもたたずんではいられない。


 彼女は渋る様子なく、僅かな照れを見せながら首肯した。


「あはは。少し話し込みすぎてしまいましたね。ゼクス殿の仰る通り、本来の目的に戻りましょうか」


 そうして、狩りを再開するオレたち。


 幾度か他のグループと遭遇する機会はあったものの、獲得物の見せ合いを行う夕方まで大きなトラブルは起こらなかった。

 

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