Chapter12-2 忍び寄る(1)

 某日の放課後、オレは王城へ訪れていた。数日前に開かれたパーティー以来の登城である。といっても、今回足を運んだのはパーティー会場ではなく、ウィームレイの私室だった。


「親友と触れ回ってるとはいえ、顔パスはどうなんだ?」


 オレとウィームレイが席に落ち着いたところで、城のセキュリティについて苦言を呈する。いくら【位相連結ゲート】の前では無力だとしても、正面から訪れた人間をまったく調べないのは如何いかがなものかと思う。プライベートと言えど、聖王との面会なんだから。


 対して、ウィームレイは飄々と返す。


「キミが謀反を起こしたら、この国は滅亡一直線だね」


「偽物を考慮しろよ」


「それこそ無意味だろう。キミに化けるなんて命知らず、世界広しでも存在しない。城に潜伏しているフォラナーダの手の者に発見され、瞬く間にお陀仏さ」


「……」


 次から次へと忠告は反論されてしまった。そう言われると、たしかにオレが顔パスなのは合理的に感じてしまう。いやいや、騙されるな。絶対に良くない。


 だが、国のトップの翻意が望めないのなら、何を言っても無駄なのは事実。今は諦めるしかないか。


 オレは溜息を吐き、今回の本題を促した。


「呼び出した理由は何なんだ?」


「ふふ。話が早いのは、ゼクスの数多い魅力の一つだと思うよ」


「言ってろ。それで?」


 ウィームレイの茶化しを軽くなしつつ、再度問い直す。


 それを受け、彼は居住まいを正した。緩んでいた雰囲気を引き締め、表情も真面目なモノへと切り替わる。


「話題は二……三つある」


 まず、とウィームレイは続ける。


「元帥の最有力候補が、つい先程の議会で決まった」


 元帥とは、国の軍事におけるトップだ。国に所属する戦力――騎士団、魔法師団、ついでに冒険者も――をまとめる職務であり、戦時は彼らを仕切る役目がある。


 実は、聖王国の元帥は長らく空位だった。


 何故か。最大の原因は派閥争いにある。騎士団には騎士団の、魔法師団には魔法師団の派閥が存在するんだ。その二団体の頭となれば、多くの派閥の頂点になるも同然。醜い奪い合いとなるのは必然だった。


 いや、誰を就かせるかで揉めるだけなら、まだマシだな。最悪、元帥とは別派閥側が言うことを聞かない危険性があった。たとえば、騎士団派閥の人材が元帥に就いた場合、魔法師団が制御不能におちいる可能性が否めないんだ。


 阿呆なのかと呆れるかもしれないけど、当人たちは大真面目なんだよ。真剣に、身内間で争っていた。だから、下手に元帥を決めるよりは、空位の方が良いと判断されていたわけだ。幸い、ここ数十年は目ぼしい戦もなかったし。


 そんな負の象徴とも取れる役職が、候補とはいえ決定されたという。ビッグニュースなのは間違いなく、国が安定するので、歓迎できることだった。


 ただし、『オレとは関わりなければ』と注釈がつく。


 ――オレは察してしまっていた。わざわざ呼び出してまで話す時点で、誰が元帥に推挙されたかなんて考えるまでもない。


 ウィームレイは、こちらを真っすぐ見つめて問いかけてくる。


「ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ侯爵。此度の議会により、キミが元帥の候補として挙げられた。受諾するか否かを問いたい。無論、この質問は強制ではない。キミの自由意思にゆだねられる」


 やっぱりだよ。


 オレは心のうちで溜息を吐いた。


 色々下地は整っていたもんなぁ。国内最大戦力を保有していること。騎士団側の最大派閥フェイベルンを傘下に収めていること。魔法師団側で発言権の強いロラムベル公爵家と懇意であること。ざっと思い返しただけでも、元帥を務めるに足る条件をそろえている。


 というか、ここまで相応しい手札を持つヒトなんて、オレ以外に存在しないだろう。きっと、オレが断ったら元帥は空位のままだ。


 正直言うと、引き受けたくない。だって、仕事が増えるんだもの。【刻外】のお陰でほとんど時間は気にせずに済むが、疲労が減るわけではないんだ。圧縮して誤魔化しているだけである。


 ただ、断るのもはばかられた。オレが元帥になれば、間違いなくウィームレイの政権は安定する。彼の権威が増せば、フォラナーダへのリターンも大きい。もちろん、親友の頼みを無下にしたくない気持ちもあった。


 オレの負担か、国の安定か。この二つが天秤に乗っている状態だ。……考えるまでもない二択だな。


 微かな頭痛を覚え、眉間を揉み解す。


 その後、オレは一礼した。


「私、ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダは、謹んで元帥の任を引き受けましょう」


「ありがとう!」


 本当に嬉しかったらしく、ウィームレイの返事は弾んでいた。


 まぁ、気持ちは察してあまりあるよ。元帥がいないとか、国として破綻しているも良いところだもんね。


「キミが元帥となることは、この後にでも公布しよう」


「他国の反応が、注目したいところだな」


「嗚呼。誠に情けないことだが、我が国の元帥問題は周辺国にも知られていた。その座に『魔王の終末』で一躍有名になったキミが就いたとなれば、大なり小なり動きを見せるだろう」


「ハァ。無礼者は勝手に処理するぞ?」


「構わないよ。何せ、キミは元帥だ。広義的には国内の治安維持も職務に入る。今後は許可を求める必要もない」


「さいですか」


 つまり、『好き勝手する権利を与えるから、国防にも多少は力を貸してほしい』ということだな。こういう部分は強かだよなぁ、ウィームレイは。


 オレは、呆れを声に滲ませながら尋ねる。


「この流れで行くと、残る二つの話題は治安に関わることか」


「ご明察だ」


 ウィームレイは指を鳴らして頷いた。テンションが上がりまくっておられる。


「半月ほど前から、王都周辺の村々で通り魔が出没しているんだ」


「通り魔か。具体的には?」


 フォラナーダ領や王都内ならまだしも、そこを外れた情報は細かく得られていない。国内全域を網羅するなんて、いくら人員がいても不可能なことだ。


 ゆえに、通り魔については初耳だった。おそらく、被害者も平民を中心に二桁も届いていないと思われる。被害者が多かったり、貴族が含まれていたりすれば、さすがに噂くらいは耳に届いているもの。


 ウィームレイは神妙な様子で語る。


「被害者はすべて平民、村の警邏を勤めていた者たちだ。いずれも重傷で、大剣による一撃のみ。被害数は八人に及ぶ。ただ、どの事件も別の村で発生している」


「一応聞くけど、同一犯でいいんだな?」


「無論だ。被害者全員の斬傷が一致したと報告を受けている。それに、偶然にしては連続しすぎている」


「OK。であれば、同一人物もしくは同一グループの犯行として調査しよう」


 『魔王の終末』以降は国外にも諜報の手を伸ばし始めていたので、余裕があるわけではないが、ヒト斬りとあっては無視できない。そのうち、王都にまで出没するかもしれないし。


「感謝するよ。この二週間、情報がまったく集まらなくて苦労していたんだ」


「気にするな。こちらの安全にも関わる問題だ」


 恐縮するウィームレイに対し、オレは軽く手を振った。


 しかし、些か腑に落ちない点も残っている。


「そっちの諜報部隊は、役に立ってないのか?」


 国のトップともなれば、当然ながら暗部などの部隊を抱えている。聖王家の場合、サウェード家という一族が該当した。


 かの家はシオンの実家であり、エルフで構成されている。種族の力を活かした諜報活動を行っていたはずだが、今回の事件には投じなかったのか?


 オレが首を傾いでいると、ウィームレイは乾いた笑みを溢した。


「実は、かの家に関してが、三つ目の話題になる」


「……何があった?」


 嫌な予感を覚え、眉根を寄せるオレ。


 彼は苦い表情のまま語った。


「代替わりして以降、かの家の腕が低下する一方なんだよ。目に見えて、収拾される情報量が減った」


「嗚呼、なるほど。先代は次代の育成に失敗したと思ってたが、実力の方も同じだったか」


「その通りだ」


 シオンの父である先代は、自身の仕事こそ忠実にこなしていたものの、次に繋げられなかった。フォラナーダの力を調べもせず、敵対した阿呆どもが良い例だろう。


 とはいえ、諜報能力まで継承できていなかったとは予想外。そこに特化した家だと言うのに、劣化しては無価値も良いところだった。


 ウィームレイの手駒を残すため、本家以外は見逃したのに。


 無駄骨感がすさまじい。あれこれ考えた時間を返してほしいぞ。


 とりあえず、一つだけはハッキリ告げなくてはいけない。


「先に言っておくが、サウェード家を鍛えるのは無理だ」


「……理由を訊いても?」


 微妙に間が空いた辺り、やはりオレの訓練を望んでいた口か。


「諜報系に関しては、オレの管轄外だ。オレが使える技術はシオンの受け売りか、無属性魔法に頼ったもの。教えられない」


「そちら方面を鍛えるなら、シオンに頼らざるを得ないのか……」


 ウィームレイの声音に、諦めの感情が乗る。オレが無理だと突っぱねた理由を察したらしい。


 シオンは、サウェード家に冷遇された過去を持つ。すでに冷たくした当人たちは残っていないが、それでも良い想いは抱いていない。そんな相手の指導なんて、頼めるわけがなかった。


 実際のところ、頼めば引き受けてくれるだろうが、彼女の心を蔑ろにしたくはない。


「かの家の規模を縮小し、新たな部隊を鍛え上げるべきか」


 そうウィームレイは溢す。


 まぁ、それしかないな。能力が望めない以上、フォラナーダと確執のある家を残すより、手間がかかっても新規育成した方が有益だ。そちらの場合、シオンの協力も仰げる。


「手が足りる範囲でなら、しばらくは諜報でも力を貸すよ」


「申しわけない」


 オレの提案に、彼は深々と頭を下げる。


 新たな聖王の前途は、かなり多難のようだった。



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