Chapter12-1 留学生(5)

 昼休み。最高学年になったとはいえ、大きく日常が変化するわけでもない。オレたちはいつも通り、予約しておいた個室で昼食を取っていた。


 ただ、今回は新学期初回ということで、ゲストを招いている。オレやカロン、オルカの幼馴染みで、二学年の首席であるターラだった。


「本日はご招待いただき、ありがとうございます」


 ショートボブの茶髪を揺らし、公でも通じる丁寧な礼を行う彼女。


 対し、オレは苦笑いで返した。


「そこまで堅苦しくする必要はないよ。ここは身内しかいないんだ」


「そう、ですか?」


「嗚呼。遠慮は不要だ。なぁ、みんな」


 未だ不安そうなターラを安心させるため、断言気味に答える。合わせて、他のみんなも大きく頷いてくれた。


 それを受け、ようやく安堵できたよう。ターラはホッと胸を撫で下ろす。


「緊張した……」


「無理もないよねぇ。この場にいるの、ほとんど貴族だし。実感湧かないけど~」


 苦笑を溢すマリナの言う通りだった。ここに居合わせている元平民組は、『魔王の終末』の報酬として叙爵している。要するに、ターラ以外は貴族だ。


 そう考えると、彼女の態度も無理はないか。いくら顔見知りだろうと、貴族に囲まれたら緊張くらいする。


 すると、生粋の貴族であるミネルヴァが口を開いた。


「貴族へのフランクな態度は、人目がないのなら良し、学園内ならグレー、それ以外はアウトね。面倒かもしれないけれど、時と場所には気を付けなさい」


「はい、ご忠告ありがとうございます」


 割と当たりの強い声音だったが、ターラは気にした様子を見せず、感謝を述べた。


 ミネルヴァのセリフがトゲトゲしいのは平常運転というのもあるけど、ターラは感情を読む魔法を軽く覚えているからな。分かりやすい内心は容易に覗ける。今のも、純粋にターラを慮った発言だった。


 素直に礼を返され照れくさくなったのか、ミネルヴァは「フン」とソッポを向いた。実に可愛いね。


 話題が途切れたタイミングで、次はカロンが言葉を紡いだ。


「それにしても、ダンさんやミリアちゃんは残念でしたね」


 僅かに肩を落とす彼女。


 何が残念なのかというと、前述した二人にお昼の誘いを断られてしまったため。当初は、幼馴染み三人組がゲストの予定だったんだ。


 断られた理由は……今のカロンを見れば明白だろう。


 食事の際、オレの隣はローテーションで決めているらしく、今回はカロンとオルカだった。


 あとは言わずとも分かると思うが、恋人の隣に座れればテンションが上がるのも当前。カロンもオルカも幸せオーラ全開だ。二人とも、頬が緩みっぱなしである。オルカに至っては、オレの足にサワサワと尻尾を絡めている。


 この光景は、ダンにとって地獄だろう。惚れた相手が、他の男にデレデレしているんだもの。オレなら耐えられない。


 しかし、カロンは、


「また、別の機会にお誘いしましょう!」


 と宣う始末。


 やめて差し上げろ。トドメを刺す気か。


 まぁ、わざとでないのは分かる。我が妹は、恋愛方面へのアンテナが残念極まりないんだ。それこそ、鈍感系主人公かとツッコミを入れたくなるほどに。育て方を間違えたかなぁと、思わず悩んでしまうくらい鈍かった。


「どうかしましたか、お兄さま?」


 オレが遠い目をしていると、すかさずカロンは心配してきた。


 恋愛以外の機微には察しが早いのに、本当に不思議すぎる。もはや不治の病かもしれない。


 オレは心のうちで諦観しつつ、カロンと……ついでにオルカの頭を撫でた。


「何でもないよ」


「わわっ、お兄さま!?」


「き、急に何ッ、ゼクスにぃ!?」


 突然のことに困惑する二人だけど、嫌がっている様子はない。いや、それどころか、頭をオレの方に押し付けているな。とっさの出来事だったのに、欲望に従う速度が早い。


 オレがカロンたちとジャレていると、不意に視線を感じた。確認するまでもなく、他の婚約者たちのものだろう。


 どんな意図のモノかは理解していたので、こっそり【念話】を起動。一人ずつ個別に、あとで埋め合わせをする旨と愛を囁いておく。


 効果てきめんで、向けられていた視線は一気に霧散した。みんな、赤面しながらモジモジし始める。


 ……自分でやっておいて何だが、ものすごい女たらしムーブだ。ちょっと気持ち悪い。いや、彼女たちが喜んでくれるのが最優先だけどさ。


「お兄ちゃんは来なくて正解だった」


「あ、あははは」


 そんなオレたちを見て、ターラは溜息混じりに呟き、ユリィカは気まずそうに笑う。


 ターラはともかく、ユリィカは色々と悟りを開いている様子だった。ほぼ毎回、この状態に発展するから無理もない。ブラックコーヒーをお共にしていた最初の頃が懐かしいね。


 その後も、オレたちはイチャイチャしながら昼食を進めた。


 最後、ターラが『ブラックのコーヒーが、これほど美味しいと感じたのは初めて』と嘆き、ユリィカが笑顔で彼女の肩をポンと叩いていたのが印象的だった。








 昼食を終えたオレたちは、自分たちのクラスへと移動していた。午後一は全員同じ授業なんだ。


 ちなみに、学年の違うターラとは、すでに分かれている。


「ん?」


 道中。目指す教室に、妙な反応があることに気づく。引っかかったのは二つで、どちらも覚えがあるものだった。


「お兄さま?」


「ゼクスにぃ?」


 お昼に続いて両隣を確保していたカロンとオルカが、真っ先に首を傾いだ。二人に続くように、他の面々もコチラへ視線を向けてくる。


「探知に、不審者でも引っかかったかしら?」


 そう尋ねてきたミネルヴァだった。彼女としては冗談のつもりだったみたいだが、見事に正解を引いている。


「不審者ではないけど、珍しい人物が教室にいる」


 だから、オレが肯定すると、彼女は少し目を見開いた。


 その後、自らも探知魔法を起動したのか、すぐさま得心した表情に変わった。


「まさか、当てずっぽうが当たるなんて」


「そんな日もあるさ」


 苦笑いを交わし合うオレたち。


「あ、本当だ。見慣れないヒトが教室にいるね」


「一人は知らないけどー、もう一人は今朝のヒトだねぇ。たしか、シドウさんだっけ?」


 探知越しに個体判別が可能なオルカとマリナも、教室の様子を探ったよう。各自の感想を溢す。


「また、試合の申し込み?」


 その内容を聞き、眉をひそめたのはニナだ。


 彼女は強くなるのが好きなだけで、戦うこと自体が好きなわけではない。不要な試合は避けたいのが本音だろう。


 オレは首肯する。


「たぶんな。マリナが知らないって言ったもう一人は、常立国とこたちのくにの第二王女だよ。主君を引き連れてくるなんて、是が非でも戦いたいらしい」


 おそらく、『第二王女からの依頼』という形式を取る算段なんだと思う。他国とはいえ、王族より頼まれては、よほどの事情がない限り断りれない。


 その辺りはニナも理解しているようで、露骨に顔をしかめていた。


「あの王女、割と強かなのね。意外だわ」


 今いるメンバーで件の王女と面識があるのは、オレとミネルヴァのみだ。


 彼女の言う通り、こういう手を打ってくるのは予想外だった。歓迎パーティーで挨拶を交わした程度にすぎなかったが、第一印象に腹黒さは感じなかったもの。


 オレやミネルヴァの目を誤魔化すとは、第二王女はかなりの曲者みたいだな。少し警戒度を上げておこう。


「十中八九、試合は受けるしかない。ニナは覚悟しておいてくれ」


 そう伝えると、ニナは溜息を一つ吐く。


 それから、静かに頷いた。


「わかった。でも、タダ働きは嫌。ご褒美が欲しい」


 ジッとこちらを見つめる彼女の瞳には、テコでも譲らないという執念が窺えた。


 オレは苦笑いを浮かべる。


「分かったよ。何かご褒美を用意しておく」


 愛しい婚約者の願いならば、否と返す理由はない。


 対し、ニナは小さく頬笑んだ。


「楽しみにしてる」


「あっ、ズルイですよ、ニナ!」


「そうだよ。これは少しズルイと思う!」


「わたしも同感かなぁ」


 すると、カロンとオルカ、マリナが抗議の声をあげた。試合を申し込まれるなんて、ニナくらいにしか訪れない機会だからだろう。


 どうしたものかと返答に迷うオレだったが、その前にニナがフッと短い笑声を溢す。


「知名度の差。諦めた方が賢明」


「むぅ。性格が悪いですよ、ニナ!」


「ボクだって、好きで二つ名がないわけじゃないんだよ」


「そうだ、そうだ!」


 ニナがあおったせいで、わちゃわちゃと揉める彼女たち。


 ただ、その口論が本気でないことは一目瞭然だった。畢竟ひっきょう、じゃれ合いの延長である。渦中の外にいるミネルヴァたちは、呆れた表情を浮かべている。


 そんな愛らしい恋人たちを眺めながら、オレたちは教室へと歩を進めるのだった。

 

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