Chapter11-4 光魔法(8)

 またもや、こちらが不利な状況での邂逅でした。何と運の悪い……いえ、もしかしなくとも、あちらの仕組んだ状況なのかもしれません。敵の良いように踊らされるなど、何とも不甲斐ない。


 しかし、反省は後回しです。敵が目前に現れた以上、余計なことに思考を割いている場合ではありません。今考えるべきはグリューエンを退ける、またはわたくしたちが撤退する方法でしょう。


 現時点のまともな戦力はわたくし、シオン、オルカ、スキア、ユリィカさんの五人。魔力不足のマリナと実力不足のセイラさんは、人員から除外されます。


 本当はユリィカさんも戦力としては不十分なのですが、人手が足りないので仕方ありません。彼女の場合、グリューエン以外を相手にさせれば大丈夫でしょう。


 そう。グリューエンとの邂逅イコール多対一とはならないのです。


「私が欲しいのは一人だけだから、他の子はこいつらと遊んでね」


 グリューエンが指を鳴らすと同時、石切り場を囲むように影者えいじゃが出現しました。数千はいるだろう大群です。加えて、影者えいじゃたちは何度も復活する特性持ちなのですから、手に負えません。実質、無限の敵と言えました。


 こちらには有効打がないにも関わらず、敵は延々と湧き出てきます。ジリ貧が確定している以上、正面衝突は避けるべきですね。


 他の皆も、わたくしの考えと同じ様子。


『ボク、シオンねぇ、カロンちゃんがグリューエンを相手取るから、他のみんなは影者えいじゃの群れをお願い。タイミングを見計らって逃げるよ。逃げる際、マリナちゃんとセイラさんは傍にいる二人が抱えてね』


 オルカの【念話】による指示のお陰で、全員の意志が統一されました。漠然としたイメージが明確化したため、より動きやすくなるでしょう。


 こちらが闘志を燃やすのに対し、グリューエンはドン引きした態度を見せます。


「何それ。状況分かってんの? あ~、嫌だ嫌だ。これだから、無知な人間は下らないのよ」


 呆れた風にかぶりを振った彼女でしたが、すぐに表情を改めました。嫌らしい笑みを浮かべたのです。


「まぁ、いいわ。あの下僕のお陰で全盛期の力は取り戻せたから、肩慣らしをしたかったのよ。相手としては十分すぎるわね」


 それから、グリューエンは「行け」と短く告げました。


 そのセリフに合わせ、周囲の影者えいじゃの大群が一斉に飛び掛かってきました。


 これらはスキアたちに任せる予定ですが、さすがに数が多すぎるため、わたくしたち三人へ向かってくる個体もいます。


 といっても、支障はありません。お兄さまの特訓の初期メンバーであるわたくしたちであれば、影者えいじゃなど片手間に撃破できます。グリューエンに注意を払ったまま、いくつかの敵を屠りました。


 少しだけ、スキアたちの方が気になりました。


 想定していたことですけれど、やはり影者えいじゃの数は途方もありません。戦えない二人を抱えている彼女たちが圧し潰されていないか、心配になります。


 まぁ、杞憂に終わるでしょう。スキアの師はわたくしですもの。彼女の実力は誰よりも存じております。


 身内の贔屓目を抜きにしても、スキアは魔法の天才です。天性のモノのみを考慮するなら、ミネルヴァに匹敵する逸材でしょう。


 そのような彼女が、影者えいじゃ如きに後れを取るはずがありません。大方、闇魔法の広範囲魔法によって一網打尽すると予想します。ほら、今まさに闇の魔力を感じましたし、影者えいじゃの気配が一気に消失しました。


 わたくしも弟子離れしなくてはいけませんね。師匠ならば、彼女の力を信じましょう。


 影者えいじゃの大群のせいで混沌と化した戦場。その中においても、グリューエンは笑っていました。相手となるのが誰かを把握したのでしょう。真っすぐわたくしたち――いえ、わたくしを見据えております。


 察してはいましたが、彼女の狙いはわたくしのようです。その真意は判然としませんけれど、あちらにとって、光魔法を失ったわたくしでも利用価値がある様子。


 ともすれば、絶対に捕まるわけにはいきませんね。相手の思惑を達成させるなど、言語道断です。それに、お兄さまと会えなくなるのも許せないことです!


「【七星】」


 先手はグリューエンでした。詠唱と同時に七つの光球が生まれ、彼女の周囲を飛び回ります。


 指先ほどの大きさの球は、五秒程度経過すると爆ぜました。パチパチと線香花火のように、儚く煌めいて。


 直後、わたくしはとてつもない悪寒を覚えました。


 ――【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】。


 とっさに最上級火魔法を発動します。


 本来なら敵を捕縛するための術ですが、あれこれ考える余裕はありませんでした。一番強度の高い札を切るべきだと、わたくしの勘が囁いたのです。


 一瞬にして、高密度の炎がわたくしたち三人を覆い隠しました。


 困惑した様子を見せるシオンとオルカですけれど、それも僅かの間だけ。檻の展開とほぼ同時に、炎檻の一部が消滅したのです。


 それは七つの小さな穴でした。数も大きさも、先程の光球と酷似しております。


 要するに、【七星】という魔法が【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】を突破したわけです。


 最上級魔法を容易く貫く威力とは驚きました。術の発動が少しでも遅れていれば、今頃わたくしたちは果てていたに違いありません。


 さすがは金の魔法司、と言ったところでしょうか。光魔法の特性を深く理解していらっしゃいます。速度と一点火力は、光魔法の最大の長所ですからね。


 だからこそ、厄介な敵と言えましょう。速度において彼女には絶対勝てません。防御に関しても、全力で当たらなければ、あっさりと抜かれてしまいます。


 ですから、この作戦を選ぶ他ありません。


『オルカ、シオン。わたくしは防御に専念します。あなたたちは、グリューエンの隙を窺ってください』


 今いるメンバーで、もっとも防御に優れているのはわたくしでした。光魔法という最善手は封じられていますが、それでも防御力一番である自負がありました。


 この事実は、他二人も理解していらっしゃるよう。こちらの【念話】に反論はなく、すぐさま行動を開始されました。


 前衛としてシオンが突貫し、それをサポートするためにオルカが魔法を唱えます。


 しかし、


「無駄だって」


 グリューエンは嘲笑いました。


 シオンやオルカの攻撃を無防備に受け入れたにも関わらず、その身には一切の傷が尽きません。無効耐性は依然健在でした。


 それどころか、ノーダメージなのを良いことに、食い気味のカウンターを放ってきたのです。十本の光槍が即座に生成され、接近していたシオンに殺到しました。


 とはいえ、敵へのダメージが通らないことは、こちらも承知していました。反撃も想定済みだったため、シオンは光槍をすべて回避してみせます。


 その後も攻防は続きました。いえ、防御しているのはわたくしだけですね。グリューエンの方は、無効耐性に任せて防御を捨てていますから。


 結局、打開策は見出せていません。シオンとオルカが攻撃しながら隙を窺っているものの、敵は一向に油断する様子を見せませんでした。


 一度逃亡を許してしまったので、いっそうの警戒をしているのかもしれません。登場時にも、『今度こそ逃がさない』と発言していましたし。


 正直、このまま戦闘を続けても決着はつかないでしょう。どちらにも決定打が存在しないのです。


 ですが、魔力には限界があります。呪いによって消耗が激しいため、長期戦が不利なのはコチラでした。討伐は無理にしても、この場からの離脱を目指さなくてはいけません。


 シオンとオルカが攻撃し、グリューエンが一顧だにせずカウンターし、それをわたくしが防ぐ。そのような代り映えのしないループが続きます。


 すると、グリューエンが苛立たしげに叫びました。


「あー、もう! うっとうしいったらありゃしないッ。遊ぼうと思ったけど、全然つまんないじゃん。いいや、次で終わらせる」


 現状維持を続ければ勝てるというのに、彼女は戦闘の流れを変えるつもりのようでした。あまり気が長いヒトではないみたいです。


 これをチャンスと取るべきか、危機と捉えるべきか、難しいところですね。グリューエンが何を仕出かすのか、まったく想像ができません。


 彼女の動きを警戒しつつも、攻撃を続行するわたくしたち。


 こちらの行動を全然意識せず、グリューエンは両腕を大きく広げました。そして、勢い良く腕を折り、パンと両手を叩き合わせます。


「【破滅の光】」


 ゾッと、背筋が凍るような声音の詠唱でした。


 直後、グリューエンを中心に光が発生し、周囲へ広がっていきます。尋常ではない速度で拡散していきます。


 あの魔法が何なのか、わたくしには理解できませんでした。ですが、触れてはいけないものなのは分かりました。


 オルカやシオンも、同じ感想を抱いたのでしょう。焦った様相でこちらに合流し、そのままスキアたちの方へ駆けます。全力の【身体強化】のお陰で、何とか光が到達する前に集合できました。


 影者えいじゃの頭を飛び越え、わたくしたちは一堂に会しました。


 何事かと驚いているスキアたちですが、説明している暇はありません。すでに光は目前まで迫っており、その向こう側は見通せませんでした。


「全力で防御魔法!」


 オルカの大声とともに、わたくしたちは自身最大の防御を展開します。

 

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