Chapter10-4 高すぎる理想(7)

 イカロスの心臓には、黒々とした物体が埋まっていた。数多の魔力が混在する、キメラの如き魔道具が。


 気色悪い。あの心臓には、いったい何人分の命が注ぎ込まれているんだろうか。


 オレは眉をひそめつつ、浮かんだ一つの疑念を晴らすため、魔眼【白煌鮮魔びゃっこうせんま】を起動する。


 今や、二つの魔眼は一瞬で発動できるまでに上達していた。まぁ、【皡炎天眼こうえんてんがん】のデメリットは、相変わらずだけどさ。


 魔眼の解析によって、イカロスの魔道具の詳細が明らかになる。


 なるほど。どうりで今まで感知できなかったわけだ。


 オレの抱いた疑問とは、イカロスが魔道具を移植していたと見破れなかったこと。他者の心臓を使った『コルマギア』であれば、オレが感知してしかるべきなのに、今の今まで気が付けなかったのは不思議だったんだ。


 あの『コルマギア』は特別製で、起動していない時は魔力を発生させないらしい。つまり、通常時はイカロス自身の魔力しか確認できない。


 加えて、魔道具自体にグリューエンの認識阻害が付与されていた。それも、変則的な改良を受けて。直接目視すれば全然阻害しないが、それ以外だと何も見えない仕様だ。魔眼であっても例外ではない。


 よく考えてある。心臓に埋め込んでいるんだから、普段は直接見られるわけがない。にも関わらず、能力制限の影響によって阻害効果が増すんだ。


 この用意周到な隠蔽は、十中八九、オレ対策だよなぁ。こちらの探知能力をしっかり把握している様子。


 心のうちで溜息を吐き、オレはイカロスに尋ねる。


「結局のところ、キミはどうしたいんだ? オレに憧れたのは分かった。だが、テロまがいの行動を起こす理由が分からない」


 イカロスは肩を竦める。


「俺はどうでもいいんだけど、契約者が世の混乱を望んでるからさ」


「魔王か」


 グリューエンの意向に沿った行動らしい。力を与えた見返りを求めたんだろう。


 それを聞いたディマが、喜色を含んだ声を上げた。


「ならば、もう止めよう! お主はまだ誰も傷つけておらん。今なら軽い罰で済む」


 実にディマらしいセリフだった。彼女はまだ、イカロスを連れ戻せると信じているんだ。


 その心意気は買う。素晴らしいものだと感心もする。しかし、何もかも遅かった。


 ディマの発言を受けたイカロスは、僅かに目を瞬かせた。だが、次第に彼女の心情を理解したようで、自嘲気味に笑った。


「なるほど、これが学園長か。うらやましいほど理想に生きてる。そして、理想の中で生きてられるくらい、力があるんだな」


「何を……」


 彼の態度に戸惑うしかないディマ。


 彼女はイカロスの意図を理解できなかったみたいだが、オレは何となく分かった。


 イカロスはディマを見据える。


「理想の世界で生きるには強大な力が必要なんだよ、先生。それを持たない者は諦めるか、理想という輝きの中で燃え尽きるしかない。オレみたいにな」


 次の瞬間、イカロスは燃えた。真っ黒な呪いの炎が彼の全身を包み込む。


 ――火元は心臓の魔道具だ。


「【ハイドロフォール】!」


 ディマが即座に上級の水魔法を唱えるが、黒炎はまったく衰えない。


 イカロスは苦笑を溢す。


「俺は契約を違えた。失敗した者の生存を許さないのが、契約者の方針なんだよ」


 魔眼で解析できた魔道具の機能は、先の二つを合わせて四つ・・。その残るうち一つが、彼の言う内容だった。今まで使った魔力の揺り戻しを受ける呪い。いわゆる、使用者を殺す機能だ。


 事情を悟ったディマは、慌ててコチラに顔を向ける。


 彼女の考えは分かる。その必死さを見ると、叶えたいとも思う。だが、もはや手遅れなんだよ。


「会場での攻撃が防がれた時点で、呪いは発動を終えてる。オレに、発動済みの呪いを消し去る術はない」


「では、カロライン嬢をッ」


「それもできない」


「何故じゃ!?」


「死んだ命は、元には戻せない」


「ッ」


 突然の教え子の窮地のせいで思考が回っていなかったディマも、オレが淡々と事実を告げていったことで沈黙した。改めてイカロスを見据え、唇を噛み締める。


 呪いが発動した時点で、彼の命は彼のモノではなくなった。本来なら、すでに物言わぬ躯と化しているんだ。オレたちと会話できていたのは、ほんの僅かな猶予に過ぎない。製作者の気まぐれか、奇跡か。真相は分からないけどな。


 抗えない死を与える呪い。絶対に失敗は許さないという、グリューエンの執念めいたものが感じられた。


 最期を前に、イカロスは語る。


「後悔はない。俺は憧れを目指した。それだけだ」


 清々しい笑顔を浮かべたまま、彼は燃え尽きた。灰一つ残さず、この世から消え去った。


 キミが振るっていた力の源が、大切にしてきた弟妹たちの命だと知っても、彼の結論は変わらなかったんだろうか。


 論ずるまでもないな。オレが何も伝えなかったことが、すべてを物語っていた。








「……また、教え子を救えなかった」


 イカロスが燃え尽きた後、その場にへたり込んだディマ。


 彼女の心中は察してあまりあるが、今は気遣っている余裕はない。


「落ち込んでるところ悪いけど、来客だぞ」


「なに?」


 オレのセリフを受け、ディマは眉を寄せて顔を上げる。


 当然の反応だ。今いる場所は【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の中。オレが招かない限り、来客なんて訪れるはずがなかった。


 だが、現実は異なる。


「隠れても無駄ですよ」


「さすがに、無理がありましたわね」


 オレが声をかけると、虚空に一人の女性の姿が浮かび上がった。金色の髪と白縹しろはなだ色の瞳を有するヒト。紛うことなき、アリアノート第一王女だった。


「ここまで読んでいたようですね。恐れ入りましたよ」


「褒められるほどのことではありません。手持ちの情報量の差ですからね」


 こちらの賛辞に、彼女は笑う。瞳はまったく笑んでなかったが。


 アリアノートが、どうやって【異相世界バウレ・デ・テゾロ】に侵入したのか。


 原因は、イカロスの魔道具だった。あれの最期の能力が、彼女を転移させることだったんだ。


 しかも、ただ侵入しただけではない。現在の【異相世界バウレ・デ・テゾロ】は、世界から無理やり切り離されていた。帆を失った船の如く、世界の狭間を揺蕩たゆたっている。


 これでは【刻外】の意味がない。あれは指定した一瞬に錨を下ろすようなもので、切り離されては元の世界の時間が進んでしまう。また、ダンジョン遭難時のように、時間の流れがズレる危険性も孕んでいた。


「術式を無理やり書き換えるなんて、とんだ技を隠し持っていましたね、殿下」


 オレは高まる焦燥を抑え込み、努めて冷静に振舞う。


 慢心していたつもりはなかったが、アリアノートをナメすぎていた。頭脳だけではなく、魔法技術にも精通しているなんて初耳だった。原作でも披露されなかった手札だよ。


 とはいえ、これを想定できなかったのは仕方ないと弁明したい。何故なら、オレの魔法は、アカツキ対策として幾重ものプロテクトを仕掛けているんだもの。それを改竄するとか化け物かよ。


 ザっと確認した限り、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の切り離しと解除権の奪取が書き換えられた内容だな。要するに、彼女を何とかしないと、カロンたちの元へ戻れない。


 アリアノートは苦笑を溢す。


「本当は全権を奪い取るつもりだったのです。一度、この結界は目にしていましたので、実行可能だと判断しておりました。まさか、以前よりもプロテクトが複雑化していらっしゃるとは思いませんでしたわ」


「衆目にさらした術式を改良するのは、当然の対策でしょう」


「言うは易く行うは難し、ですわ」


「そっくりそのまま返しますよ。一部とはいえ、普通はオレの術に介入できません」


 言外に人外だと含みを持たせたんだが、彼女は笑顔で流してしまう。


「ふふ、誉め言葉として受け取っておきましょう。まぁ、今回はわたくしの独力とは言い難いですが」


「魔王ですか」


「はい」


 ためらいなく頷くアリアノート。


 証拠は出そろっているから、否定のしようがないか。イカロスの魔道具なんかは、魔法司レベルの実力がないと組めないもの。それにしたって、思い切りが良すぎるけど。


 すると、黙ってオレたちの会話を聞いていたディマが声を上げる。


「な、何故ですか。アリアノート殿下。何故、魔王などに手をお貸ししたのですか!?」


 そこは、オレも気になっていた点だ。グリューエンと手を組んで、彼女が得られる利点は皆無に等しい。


 アリアノートの答えを聞き届けるため、オレとディマは彼女を注視する。


わたくしの大切なモノを守るためですわね」


 そう語ったアリアノートの感情はどこか――


 妙な違和感を覚えるオレだったが、考えをまとめ切る前に、彼女は聞き捨てならないセリフを吐いた。


「そんなことよりも、ここで油を売っていても宜しいのですか? おそらく、カロラインさんたちの窮地ですよ」


「何?」


「どういうことじゃ?」


 首を傾ぐオレたち。


 それを認めたアリアノートは笑む。二つ名の由来となった、氷の頬笑みを見せる。


「簡単なことです」


 ――魔王が復活します。


 彼女の衝撃的な発言は、何もない空間に広く響き渡った。

 

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