Chapter10-4 高すぎる理想(5)
翌日。『魔闘祭』二日目にして、団体戦の決勝戦当日。試合会場は、昨日に比べれば観客が多かった。施設の規模が小さめであることを考慮しても、ほぼ満席なのは上々だと思う。
『決勝ゆえに』という点もあるけど、最大の理由はネグロ第三王子が参戦するからだろう。やはり、聖王家以上のネームバリューはない。彼が優勝を懸けて戦うのなら、誰もが注目する。
また、イカロスの存在もあった。去年のオレと同じく、色なしが決勝進出したのは、たとえ団体戦でも衝撃が大きい。フォラナーダ伯爵の再来かと、過度な期待も寄せられているくらいだ。
まぁ、後者に関しては、事前の調査を満足にできない連中が騒いでいるだけだけどね。
とはいえ、観客の大半は、参戦者の身内かミーハーな輩が占めている。真剣に試合を観たい者は“黄金世代”と名高い二年、もしくは最高学年の三年へ足を運ぶために。ミネルヴァの父であるロラムベル公爵も、三学年の方へ赴いていた。
カロン、オルカ、シオン、ヴェーラという昨日と同じメンバーを連れ、オレたちは団体戦決勝の開始を待ちわびる。
観客層のせいか、どこか浮ついた騒つきが広まる中、オレたちに声をかける者がいた。
「おっ、カロンたちじゃん」
「みんな、やほー!」
ガタイの良い茶髪の青年と緑のセミロングヘアを揺らす美女。オレたちの幼馴染みのダンとミリアだった。
ダンはターラの兄なので、ここに顔を見せること自体は不思議ではない。ただ、二人とも額に僅かな汗を浮かべており、着衣も若干乱れているのが不自然だった。邪推できるような雰囲気ではないため、単純に会場まで走って来たんだろう。
各々が挨拶を交わした後、ダンたちは隣接する席に座る。巷ではフォラナーダが恐れられているお陰で、空席は十分あまっていた。
それに合わせ、オルカが半眼を二人へ向ける。
「寝坊? ターラちゃんがいないと、本当にダメなんだからさぁ」
彼の中で、二人が寝坊したのは確定事項らしい。いや、オレやカロンたちも同意見だけども。
事実、ダンとミリアは否定の言葉を紡げなかった。両者ともに、バツが悪そうにソッポを向いている。
「打ち上げが思いのほか盛り上がったんだよ。なぁ?」
「うん。他の三人が、ベスト4入りをとっても喜んでくれたんだー」
ダンたちもクラスメイトとともに団体戦へ出場していた。結果は準決勝敗退し、ベスト4となっている。
たしかに、チームメイトにとっては快挙だろうけど……。
オレは素直に祝福できなかった。何せ、この場にいる二名が、怒りの炎をメラメラ燃やしているから。
「お二人とも」
「正座、しよっか?」
能天気なダンとミリアへ背筋の凍るような声を上げたのは、カロンとオルカだった。
何も、ベスト4を
では、どうしてカロンたちが怒っているのか。
準決勝で敗退した原因が、あまりにも間抜けすぎたためだ。端的に言うと、敵の分かりやすい罠にダンとミリアが特攻を仕掛け、盛大に自爆したのである。
……改めて言葉に表すと、酷すぎて反応に困るな。幼馴染み二人の考えなし具合は知っているつもりだったが、今回はそれを上回るものだったよ。
まぁ、オレだから笑いごとで済ませられるけど、教鞭を取っていたカロンとオルカは許し難いに決まっている。反省が一ミリも感じられないなら余計に。
カロンとオルカは説教を始め、それは決勝開始まで続いた。
オレはどうしたのかって? オレは、シオンとヴェーラともに談笑を楽しんだよ。あれはダンたちの自業自得。わざわざ首を突っ込む必要はないもの。恨みがましい目で見られたけど、華麗にスルーしました。
団体戦決勝は、割と呆気なく決着がついた。昨日はイカロスの隠密に話題を持ってかれていたが、他の面々の実力も一学年にしては高い。特に、オレやカロンより教わったターラは別格。その辺の有象無象が敵うはずもなかった。
ダンとミリアは、そこまで圧倒的ではない? あの二人は感覚派だから、オレ流の指導と相性が悪いんだよ。
……いや、違うか。原作ならモブ以下の人物が、主要人物並みに強くなっているんだ。それだけでも上昇値はすさまじい。この点に関しては、ターラの才気とオレの教え方の相性がものすごく良かったと考えるべきだな。
閑話休題。
他学年の決勝もつつがなく終了したようで、表彰式も通常通り取り行われる。個人戦同様、全学年を一つの会場に集めて学園長が祝う形だ。
貴賓席の一つで、オレたちは合流を果たす。
「お疲れさま」
「ええ、ありがとう」
「本当に疲れた」
「あは、ははは……」
「公爵さまこわいこわいこわいこわいこわいこわい――」
「えっと、ありがとうございます」
「ど、どうした?」
別行動組に労いの言葉をかけたところ、二名の反応が壊れていた。マリナとスキアである。
思わぬ状況にたじろいでいると、ミネルヴァが溜息混じりに答えた。
「お父さまが、ね」
「嗚呼」
皆まで言わずとも理解できてしまうのが、何とも言えない。
ミネルヴァたちにはロラムベル公爵の相手を頼んでいたんだが、彼は自他ともに認める魔法狂い。そんなヒトが、国内唯一の精霊魔法師マリナや希少な光魔法師スキアを前に、大人しくしていられるはずがない。かなり熱烈な質問攻めにあったんだろう。無骨な大男が二人の可憐な美女に詰め寄るシーンが、容易に想像できてしまった。ついでに、それを必死に止めようとする周囲の人々も。
「本当に、お疲れさま」
再度、彼女たちを労う。今度は形式的なものではなく、心の底より言葉を告げた。
壊れた二名はそれでも足りなさそうだったので、抱き締めた上で頭を撫でてあげる。別の意味で呆然となってしまったけど、先程よりは顔色が良くなったので構わないだろう。
想定外だったのは、ニナを筆頭に『自分も労え!』と抗議してきたことか。何故か、一緒に行動していたカロンたちにも強請られた。
何故? と首を傾げるほど鈍くはないので、素直に受け入れたさ。室内の雰囲気が、甘ったるくなってしまったけどね。
オレたちだけなら良いが、ここにはヴェーラもいたから、とても気恥ずかしかったよ。
そうやってイチャイチャしていること幾許か。オレの探知に、とある人物の接近が引っかかった。他のみんなも察知したようで、一斉に動きを止める。
面識があって探知の精度が高いミネルヴァとオルカ、シオンは、誰が近づいているのかも分かったみたいだ。何で彼女が? と疑念を抱いている様子。
ちなみに、探知できていないヴェーラは、オレたちの行動に対して首を傾げ続けている。
程なくして、件の人物はオレたちの元へ辿り着いた。事前に通すよう部下には伝えてあったので、滞りなく入室する。
彼女が口を開く前に、オレは歓迎の言葉を投げかけた。
「ようこそ、ルイーズ殿。この場には身内しかいない。堅苦しい挨拶は不要だ」
「ご配慮ありがとうございます、フォラナーダ伯爵」
青竹色の髪をなびかせ、凛とした姿勢で礼をするルイーズ。
カロンたちはともかく、オレは彼女の来訪に疑問はない。十中八九、昨日指示した質問を済ませたんだろう。
ずいぶんと行動が早いとも感じるが、今後の予定を考えるなら迅速である方が嬉しい。感謝こそすれ、文句はなかった。
挨拶も程々に、オレは問う。
「答えは貰ったのか?」
「はい。つい先程いただきました。ですが……」
しかと首肯した後、ルイーズは歯切れの悪いセリフを続ける。
その挙動だけで、何となく事情を察せた。
「質問させたのがオレだってバレてたか。その上で、『生徒会の仕事は後回しでいいから、早くフォラナーダ伯に伝えてきなさい』とでも言われた。そんなところかな」
「ど、どうして!?」
こちらの推測に対し、彼女は大きく目を
多少融通が利くとはいえ、やはりルイーズは脳筋寄りの人種だな。駆け引きが絶望的に下手くそ。今まではアリアノートの後ろに控えているだけだから問題なかったんだろうが、貴族としては致命的だ。ほら、ミネルヴァが眉をひそめている。
オレは苦笑を浮かべつつ、再度尋ねる。
「で、質問に対して、殿下はどういった反応を見せた?」
「えっと」
困惑した様子を見せるルイーズ。
おそらく、自分の疑問を軽く無視されたせい。でも、そこを解説している暇はない。あのアリアノートが『早く』と急かしたんだから。
状況からして、表彰式で何かが起こると踏むべきか。とりあえず、部下には警戒を上げるよう指示し、学園長ディマにも忠告を伝えたが。
裏で【念話】を走らせている間に、ルイーズは落ち着きを取り戻したよう。おもむろに口を開く。
「フォラナーダ伯の仰いました質問を投げかけたところ、アリアさまは大笑いされました。それはもう、小官もお目にかかったことがないほど盛大に」
「そんなにか」
「はい。涙を流しながら、数分は笑われていたかと」
「……」
何それ怖い。どういった意図の笑いなんだ? オレの質問だと分かっていたとは思うけど……何で笑った?
クソッ。これだから天才の相手は嫌なんだよ。思考が全然読めない。どこにツボや地雷があるかも不明。アリアノートの場合、感情を完璧にコントロールできているため、額面通りの反応かも判然としない。面倒くさすぎる。
落ち着け。重要なのは答えの方だ。ここで混乱しても、何も進展しない。
ルイーズは、ついに求めていた内容を口にする。
「アリアさまは『この命が芽吹いて以来、一度たりとも変わったことはありませんわ』と仰られておりました」
「そうか」
彼女の答えを聞き届け、オレは肩の力を幾許か抜いた。
そんなコチラの反応を見て、ルイーズは不安げに問うてくる。
「本当に、この質問に意味はあるのでしょうか? 小官にはまるで意図が掴めないのですが」
「大事なことなんだよ。とってもな」
とはいえ、ルイーズに伝える気はない。アリアノートにもっとも近い彼女が蚊帳の外である現状を見るに、今は巻き込まないのが得策だ。
「そろそろ表彰式が始まる。仕事が残ってるんだろう? 生徒会役員は戻った方がいい」
「しかし――」
「戻りたまえ、コートレオン子爵令嬢」
「ッ!?」
言葉を詰まらせるルイーズ。
オレが貴族当主として命令していると、即座に理解したんだ。この辺りの察しの良さは、王族の側近に相応しい能力だと思う。
「……申しわけございませんでした。失礼、いたします」
無念そうな表情を浮かべ、ルイーズは退室していく。
それを見届けると、黙して静観していたミネルヴァが口を開いた。
「良かったのかしら?」
「いいんだよ。殿下の意向だ」
側近を遠ざける。それすなわち、事態が大きく動く証左。
何が起こるかは判然としないが、ロクでもないことなのは間違いない。あのアリアノートが暗躍しているんだもの。
この場にいる全員へ告げる。
「この後の表彰式、警戒してくれ。何かが起こる可能性が高い」
「何かって?」
ニナの質問に、オレは答えられない。探知術の範囲を広げようと、
「分からない。ただ、嫌な予感がする。念を入れたい」
根拠のない忠告だったが、反論する者はいなかった。
信頼もあるだろう。一方、何も起きなければ、それはそれで良いと考えているんだと思う。用心に越したことはないと。
「注意すべき点は――」
それから表彰式開始まで、オレたちは有事に備えた話し合いを続けた。万が一にも、身内が危険にさらされないように。そして、少しでも無慈悲な犠牲を減らせるように。
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