Chapter10-4 高すぎる理想(1)

 『魔闘祭』本選の開催日がやってきた。多くの貴賓が訪れ、学園はいつも以上のにぎわいを見せている。一日目は初開催の団体戦とあって、その盛り上がりに拍車をかけていた。


 早朝、オレは学園室へ訪れた。【位相連結ゲート】を潜り抜けた先には、すでに部屋の主である黒髪幼女がソファに着席している。


 彼女は腕を組み、神妙な表情で虚空を眺めていた。ピリピリした雰囲気より、何を考えているのかは、だいたい察しがつく。


 かなり集中しているようで、こちらの到着に気づいていない学園長ディマ。


 オレは溜息混じりに声をかける。


「ディマ」


「ひゃっ!? な、なんじゃ、お主か」


 ようやくディマは我に返ったよう。器用に座ったままの姿勢で飛び上がり、オレの存在を認めて安堵の息を漏らしていた。


 再度溜息を吐くオレ。


「ずいぶんな言いようだな。そっちから呼び出したんじゃないか」


「す、すまん。一度考え始めたら止まらなくてのぅ」


 申しわけなさそうに小さく頭を下げる彼女を見て、オレは首を横に振った。


「いいよ。ディマの立場やらを考えれば、色々悩むのも無理ない」


「面目ない」


 挨拶も程々に、オレはディマの対面へと腰かけた。それから、今回の用件を問う。


「それで、何かあったのか?」


「どちらかというと、何もないことが問題じゃな」


 真剣な面持ちで、彼女はそう返す。


 そのセリフを聞いて、これより何が話されるのか見当がついた。


 ディマは警戒しているんだ。今日から開催される『魔闘祭』にて、何らかの事件が発生するのではないかと。


 当たり前の反応だと思う。学園内で発生していた襲撃事件は、未だ解決できていないんだから。一応実行犯を捕まえたものの、裏で糸を引いていた連中は野放し状態。安心できるはずがない。


 というか、調査を進めれば進めるほど、事態は悪化している。黒幕は金の魔法司グリューエンの陣営なんて地雷のうえ、“色なし実験”にも僅かな関わりがあると判明してしまった。


 もはや、学園長の裁量を超える案件である。並の人間なら発狂しても不思議ではない。


 まぁ、ディマの場合、自分の立場等の心配ではなく、純粋に学生たちの無事を願っているだけなんだろうが……。それでも、彼女の両肩に乗る重責は察してあまりあった。


 去年も悪魔騒動が巻き起こったため、余計に『魔闘祭』の進行を懸念しているんだと思われる。


 オレに、その憂慮を取り払う術はない。『魔闘祭』の最中に事件が発生する可能性は、オレも否定できないからな。むしろ、『何か起こりそうだ』という予感をヒシヒシと感じているくらいだった。


 無論、様々な対策は施してある。最低でも、重症者以上は出ない自信があった。


 だからこそ、オレは語りかける。


「事件事故への備えはバッチリなんだろう? 心配する必要はないと思うぞ。オレたちフォラナーダだって協力してる」


「それはそうじゃが、ここ最近は力及ばないことも多いからのぅ」


 そう力なく溢し、項垂れるディマ。


 嗚呼、なるほど。『生命の魔女』と呼ばれる彼女は、数百年の間に起こった問題のほとんどを力技で解決してきた。だのに、この一年はそれが通用しない事件が多発した。そのせいで、自信を失いかけているんだろう。強者としても、教師としても。


 以前より、教師としての存在意義を揺るがせていたが、実力者の方面もだったか。どうりで、予想以上に落ち込んでいるわけだ。


 心のうちで得心しつつ、このままではダメだと判断する。


 彼女の心理状態を放置すると、今回の一件を片づけても、学園長の座を降りてしまうかもしれない。


 それは回避したい事態だった。何せ、学園内でオレが好き勝手できているのは、ディマが学園長を務めているお陰だから。彼女が放任してくれているゆえに、フォラナーダは自由に動けているんだ。


 もちろん、新しい学園長が就いても、フォラナーダの力を前にひれ伏しはするだろうが、ディマほど安心はできない。裏で妙な画策をするかもしれないと疑わざるを得ない。その心労は、想像するだけで面倒くさかった。


 それに……自分へ好意を向けてくれている相手を見捨てるなんて、オレには無理だった。チョロいと言われようと、性格的に無視はできない。


 オレは項垂れるディマの両頬を押え、正面を向かせる。


「何を――」


「前を向け、学園長」


 唖然とする彼女なんて気に留めず、言葉を続ける。


「あんたは学園の頂点だろう。トップが下を向いていてどうする・・・・。そんな姿を学生たちが見たら、余計に戸惑わせてしまうぞ」


「じゃが、わしは……」


 ディマの瞳が揺れる。その奥底には、自信のなさに隠れた寂寥の感情が存在した。長い長い間、孤独に戦い続けた少女の本音があった。


 ……彼女は、一人で歩き続けることに疲れ果てていたのかもしれない。


 オレは柔らかく頬笑む。


「一人で抱え込むなよ。一人で出来ることには絶対に限界がある。それはオレも同じだ」


「えっ、お主も?」


 キョトンと首を傾ぐディマ。


 おい、そこで疑問を挟まないでくれない? 何でみんな、オレが一人で何でもできると思ってんの? オレだって無理難題はあるんだぞ?


 ものすごく頭が痛くなったけど、我慢だ。今は横道に逸れている場合ではない。


「とにかく、一人に限界を感じたなら、周りを頼ればいい。その中には、オレも含まれてる」


 セリフの最後辺りで、ディマは驚いた風に目を見開いた。


 オレは肩を竦める。


「オレが協力しないとでも思ってたのか?」


「お主は優先すべき事柄があるんじゃろう?」


「もちろん、優先順位はある。何でもかんでも引き受けられない。それでも、頭から拒絶はしないさ。友だちの頼みならな」


「友……」


「違ったか? オレたちの関係は、ビジネスライクというには仲が良すぎると感じてたんだけど」


 再び目を丸くするディマを認め、オレは笑声を漏らす。


 酒場で聞いた思い出話より察してはいたけど、ディマにとって友という言葉さえ新鮮のようだった。彼女の感情は、困惑と喜びがい交ぜになっている。


「胸を張ってくれ、学園長。何が起ころうと、オレたちが手を貸すから」


 ダメ押しとばかりに、力強く語りかける。


 それを受けたディマは幾許か瞑目し、おもむろにマブタを開いた。


「そこまで言われては仕方ない。わしは学園の長として、堂々と振舞うとしよう」


 彼女の瞳には、もう弱気の影は映っていなかった。普段通りの、威風堂々とした姿があった。


 ふぅ。これで彼女については問題なさそうだ。


 残るは、裏で暗躍している連中だな。できれば『魔闘祭』では大人しくしていてほしいけど、難しいんだろうなぁ。


 内心で遠い目をしながら、その後は、学園長と『魔闘祭』での防衛関連の話し合いを行った。


 認識阻害に特化したグリューエン以外なら、部外者は入り込む余地のない警備を構築できたと思う。


 グリューエンが現れたら? オレがぶっ飛ばすよ。

 

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