Chapter10-3 累卵の危うき(4)

 ディマという少女が生まれたのは、聖王国の片田舎にある農村だった。今よりも魔道具が発展しておらず、ほとんどが人力で営まれる生活だったそう。


 火起こしも、水汲みも、農業も、畜産も。すべてが手作業。当時も魔法は存在したが、田舎の村人まで扱えるほど普及していなかったらしい。


 おそらく、オレや前世の人間が想像する『中世の田舎』が適切なイメージなんだと思う。彼女の語る日々の生活は、聞いているコチラが苦しく感じるレベルだった。


 しかし、いくら田舎とはいえ、魔法が普及していないとは……。どれだけ昔の話なんだろうか。


 魔法はイメージに依る部分が大きい。つまりは、知識がなくとも頑張れば発動できる。それさえも見られなかったとなると、魔法自体の認知が広まっていなかったんだと推察できた。現代では信じられない状況である。


 オレの感想に対し、ディマは苦笑いを溢す。


「当時は魔王が封印された直後で、魔法との向き合い方が見直されておったらしい。いわゆる、魔法文化の低迷期じゃな。あの時代の前後で、色々と失伝してしまった魔法もあるようじゃぞ」


「……なるほど」


 いやいやいや、想像以上に昔で驚いたぞ。努めて冷静に返したけど、一瞬呆然としてしまった。


 たしか、魔王封印直後って聖王国の建国時期だったはず。千年前くらい? うわぁ、マジかよ。


 こちらの混乱なんて露知らず、ディマはそのまま語り続ける。


「わしは、故郷の村で一生を終えるはずじゃった。時代的に、ただの村人が生まれた土地を離れるなど、あり得んことじゃった。戦争で人々は疲れ果てており、他に労力を割く余力はなかったからのぅ」


「でも、そうはならなかったと」


「うむ」


 オレの相槌に彼女は頷き、懐かしい記憶を思い出すよう、虚空を遠く見つめた。


「わしが……たしか七歳の頃じゃったか。年の離れた姉が嫁入りするので、細やかな宴を開いておった時、かの者は現れた。後に我が師匠となる、流浪の魔法師がな」


 流れてきた魔法師は若い女性だった。といっても、今の価値観では若いというだけで、婚期の早かった当時では、割と行き遅れだったらしいが。


 何故、そんな年齢の女性が一人で放浪していたかというと、魔王との戦いで精神的に参ってしまったから。心を癒すために軍務より離れ、旅を満喫していたそう。


 魔法師の女性は、ディマに魔法の才能を見出し、ゴリ押しで師弟関係を結んだ。


 魔法知識を持たない村人たちは知らなかったが、黒い髪と瞳は五属性持ちの証。いくら精神的に疲弊していたとはいえ、めったにいない才児をみすみす見逃すわけにはいかなかったんだろう。当然の帰結だった。


 ディマの師匠は、かなり優秀な魔法師だったよう。当時の技術力からすれば、的確で効率的な訓練を課していった。ディマもディマで才能を遺憾なく発揮し、あらゆる魔法を要領良く修めていった。


「魔法の修行ばかりしておったのは、正直、村人たちからは良い目では見られんかった。畑仕事を手伝わずに意味不明なことばかりと、毎日お小言をもらったのぅ。しかし、わしは止められなかった。知れば知るほど、魔法という技術に魅了されていったんじゃ。師匠が優しいヒトじゃったのも、それに拍車をかけていたと思う」


 良き師の元、ディマは魔法師としての腕を向上させていった。当時は充実した日々だったと彼女は語る。


 ところが、そんな楽しい日も、突如として終わりを告げてしまう。


「師匠の方針で、属性ごとに習得していたんじゃ。まずは闇を上級まで覚え、次に土を覚え、次に風、次に水……そういった流れでのぅ」


 師匠の適性の関係で、火は後回しになっていたらしい。


 だが、ディマの才能は想定以上に大きかった。三年後には、四つの属性を上級まで修めてしまった。こうなっては、もはや火を後回しにはできない。


 ゆえに、師匠は決断した。とりあえず、さわりだけでも教えよう。踏み込んだ部分は、知り合いの火魔法師に教えてもらえば良いと。


 その判断が、運命の分かれ目だった。


 ディマは、瞳に悲哀を湛えて言う。


「わしは、火魔法を発動することができんかった。今までは簡単に行使できていたにも関わらず、火魔法に限っては【火球】一つ起こせんかった」


 それはすなわち、ディマには火の適性がないことを示す。そして、彼女の五つ目の適性が光だったと明らかになった。


「魔王封印直後の時代って、たしか……」


 そこまでの経緯を聞き、この後の展開に予想がついてしまった。オレは口を開いたものの、途中で言葉を詰まらせる。


 それを認めたディマは、自嘲的な笑みを浮かべた。


「そうじゃ。西の魔王の猛威が記憶に新しいとあって、当時の光魔法はおそれられておった。特に聖王国は、『神に選ばれた聖女さま以外、すべての光魔法師は悪魔の使いだ』などとのたまわれておったくらいにのぅ」


 光魔法師が排斥されていた過去は、公には葬られた歴史だった。魔法司について調べる過程で、ようやくオレも知った情報である。


 自らの調査で得ていた知識だからこそ、ディマの語る内容が真実だと確信できた。


「……師匠に襲われたのか?」


 かつて教務に熱心な理由を尋ねた際、彼女は『師に裏切られた経験があるため、後進には同じ思いをしてほしくない』と答えていた。それらを繋ぎ合わせれば、この結論を下すのは難しくない。


 ディマは小さく頷く。


「うむ。その場では何事もなかったが、翌日に師匠は姿を消し、数日後には聖王国の軍が派遣された。村の一切合切は焼き尽くされ、村人たちも皆殺しにされた。わしに関わった者のすべてを否定するように」


「それは……」


 あまりの苛烈な仕打ちに、オレは絶句してしまう。肉親を殺されたくらいは予想していたが、実際はそれ以上だった。


「わしは、己のすべてを賭して、派遣された軍と戦った。いくら傷つこうと構わず、前のめりで叩き潰していった。結果、自身が瀕死におちいりつつも、軍を滅ぼした」


 高まる憎悪によって呪いに目覚め、光魔法も実戦の中で覚えていったという。


 軍を壊滅させたせいでディマは指名手配犯となり、次々と刺客が送られてきた。それらを返り討ちにする過程で、光魔法を――生命にまつわる術を極めていったらしい。


「『生命の魔女』と呼ばれ始めたのは、その辺りじゃな。こちらとしては、師匠へ復讐を遂げるまでは死ねんと、必死こいて生き残る魔法を開発しただけなんじゃが。まぁ、最終的に不老不死を完成させたのは、我ながらぶっ飛んでると思うよ」


「本当にな」


 オレは呆れた風に返しながらも、心のうちでは感心していた。


 復讐という強い信念が、彼女の魔法を躍進させたんだ。生物の理を逸脱させるに至るとは、相当強烈な決意だったに違いない。


「復讐は?」


「無論、遂げた。あやつ、わしを恐れ、他国まで逃げておったんじゃ。探し出すのに、かなり苦労したぞ」


 肩を竦めるディマ。その表情に陰りはなかった。復讐に関しては、まったく引っかかる点はない様子。心の底から納得し、実行に移したんだと理解した。


 本人が満足しているのなら、これ以上の追及は無粋だな。


「復讐を終えた後は、どうしたんだ?」


 話題を変えるため、その後の歩みを尋ねる。


 すると、ディマは困った風に眉根を寄せた。


「しばらくは、追手を返り討ちにしておったな。しかし、それ以外は何もしない時間が多かった」


「何もしない?」


「言葉通り、何もしなかったわけではないぞ。正確に表すなら、ボーっとすることが増えたと言うべきか。無為に過ごす時間が多かったのぅ。たぶん、復讐を終えたせいで、燃え尽きてしまったんじゃな」


「なるほどな」


 彼女は、敵討ちに次ぐ目標が定められなかったんだろう。大きな夢を叶えると、そういう状態になりやすいと耳にしたことがある。


 これに関しては、オレも気を付けたいところだ。その後の話を妄想する余裕はないけど、他人ごとで片づけられない問題だった。


「曖昧じゃが、数百年単位で聖王国と小競り合いを起こしながら、各地を放浪した。あてどなくフラフラと。そうしているうちに、ふと思いついたんじゃ。教師をやろうと、な」


「……いきなり過程がすっ飛んだな」


 オレは呆れ混じりに言う。


 感慨深そうに語っていたと思ったら、突然結論を出されたんだ。無理もないだろう。


 対して、ディマはカラカラと笑う。


「そう言われても、他に答えようがないからのぅ。唐突に閃いた。それだけじゃよ。強いて言うならば、『各地の子どもたちを見て、過去の自分と重ねてしまった』といったところじゃな」


「はぁ」


 気の抜けた声しか出ない。


 つい先程までシリアス全開だったせいか、落差が激しすぎて感情が追いつかないんだ。適切な感想も考えつかないし。


 そんなオレを見て、さらに笑うディマ。


「カカカ。難しく考えるな。所詮は昔話。色々と悶着はあったが、今の聖王国に思うところはないし、わしも楽しく教職に就いておる。……いや、最近は頭を悩ませる問題も多いが、それはそれよ」


 壮絶な過去を語っておいて、『所詮は昔話』と言えてしまう辺り、伊達に長生きはしていないと感心する。こういった割り切りの良さは、歳を重ねないと身につかない気がする。


 重い空気も切り替わり、オレたちはその後も雑談を続けた。カロンの可愛いところ千選を途中で止められてしまったのは残念だったが、有意義な時間だったと思う。


 一方、ターゲットの人物は姿を見せなかった。やはり、速攻で解決とはいかないらしい。些か面倒くさいけど、持久戦を覚悟するしかなさそうだった。気合を入れ直そう。

 

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