Chapter10-3 累卵の危うき(2)

 夕暮れも深まり、すっかり空も暗くなった頃。オレは王都の外れに足を運んでいた。理由は当然、例の酒場に潜り込むためである。認識阻害を施した輩が訪れたら、即座に捕縛する算段だ。


 といっても、この作戦が本日で終わるとは限らない。何故なら、推定黒幕が酒場へ顔を見せるのは不定期だから。最長だと一ヶ月ほどは間隔が空くらしい。色なし三年より絞り出した情報なので、まず間違いない。


 本来なら、こういった地道な作業は部下に任せるんだけど、今回はそうもいかない。認識阻害の重ねがけを看破するのは、やはりオレや学園長くらいにしか無理そうだった。


 一応、魔道具の改良も考えた。だが、どう頑張っても、グリューエンの術の対処にリソースを割かれすぎて、他に手が回らない。要するに、容量不足だった。


 この辺が魔道具の限界だよな。術式が複雑になればなるほど、道具自体が大きくなってしまう。


 複数持たせて、役割を分担させるのも難しい。認識干渉系は、術式同士の噛み合わせが悪いと効果が減衰してしまうんだ。


 そういった諸々の事情により、自力で看破できるオレたちが監視を行うしかなかった。


 長丁場は覚悟の上。むしろ、一日中張り込む必要がないことを幸運だと思おう。何事もポジティブに考えた方が、やる気も持続する。


 閑話休題。


 郊外へ来たオレだが、いきなり酒場へは直行しない。まずは外部より観察を行い、今回の相方である学園長と相談した上で、内部に潜入する予定だった。


 集合場所は、例の酒場が遠目に見える家屋。暗部の者が手配した空き家だった。一般的な民家ではあるが、監視班がオレと学園長なので問題ない。機材等を使わずとも、自らの魔法で調査可能だからな。


 学園長がこの場にいないのは、オレが時間よりも早く足を運んでいたため。事前に、物件の確認と周辺の走査をしておきたかったんだ。ぶっつけ本番は性に合わない。


 程なくして、学園長より【念話】が届く。あちらの準備も整ったらしい。迎えの【位相連結ゲート】を展開し、彼女が訪れるのを待つ。


 十秒と置かず、一人の女性が【位相連結ゲート】から現れた。


「は?」


 ところが、オレはその人物を見て、目を丸くしてしまう。


 何故なら、姿を見せたのが黒長髪の美女だったから。美少女でも美幼女でもない。二十代中盤ほどの、凹凸激しいスタイルを有した大人の女性だったんだ。


 どこからどう見ても、学園長とは異なる外見。共通点は髪や瞳の色くらいか。


 通常であれば別人と判断するところ。しかし、問題はその程度には収まらなかった。別人が現れただけなら、速攻で叩き潰している。


 オレが目を開いた原因は、『別人が出てきたこと』ではない。『学園長が大人の姿に変身していた』から驚いたんだ。


 そう。目前に出現した黒髪の美女は学園長だった。【魔力視】に映る魔力は、紛うことなき学園長のものだ。


 こちらの驚愕なんて気にも留めず、学園長はいつもの調子で声をかけてくる。


「待たせたのぅ。ちと、衣服の準備に時間がかかってしもうた。この年齢の服はめったに着ないんじゃよ。それに、場末の酒場向けのドレスコードも分からんかった。問題ないかのぅ?」


 そう言って両腕を広げる学園長。


 彼女が身につけているのは、低ランクの冒険者が着るような質素な服だった。ベージュのカッターシャツに茶のベストを羽織り、下は黒のチノパンである。


 平凡な服装は酒場の雰囲気に合っているが、彼女のスタイルの良さが如実に目立っていた。いやまぁ、たまにいるけどさ、こういう美人冒険者。


 ……って、違うだろう。


「待て待て待て。服は似合ってるけども、オレはその姿が何なのか知りたい」


「姿?」


「どうして成長してるんだ」


「嗚呼!」


 具体的に指摘して、ようやく学園長は得心したみたいだった。大仰に首を縦に振り、両手をパンと合わせる。


 それから、彼女はあっけらかんと答えた。


「わし、自分の肉体年齢を自由自在に変えられるんじゃよ。教えとらんかったか?」


「初耳だ」


「それは悪かった」


 カカカと小気味良く笑う学園長。何とも憎たらしい笑顔だ。めちゃくちゃ美人なのが、余計に腹立たしいぞ。


 学園長は続ける。


「これでも『生命の魔女』と呼ばれとったからのぅ。肉体に関わる術は、一通り開発したわ」


「自身の外見年齢の変更も、その中の一つだと」


「そうじゃな。ほれ」


 途端、全身を輝かせる彼女。次の瞬間には、そこには見慣れた少女姿の学園長がいた。服はダボダボだけど。


 学園長は苦笑いを浮かべる。


「服のサイズを変えられないのがネックじゃな」


「どうして、大人の姿で来たんだよ」


「酒場への潜入なんじゃ。大人の方が目立たん」


「【偽装】できるぞ?」


「あのエルフ術は視界しか騙せんじゃろう? であれば、【偽装】するにせよ、せめて身長をそろえた方が対処しやすい」


「むっ、確かに」


 幼い頃、シスに化けた際の苦労を体験しているゆえに、彼女の意見に異を唱えにくかった。


 オレは溜息を吐く。


「事前に説明してくれ。気が付いたから良かったものの、最悪はぶっ飛ばしてたぞ」


「カカカ。許せ」


 悪戯っぽく笑う学園長を認め、『わざとだな』と確信する。きっと、オレを驚かせたかったんだろう。


 着替え直すために別室へ去っていく彼女。それを見届けた後、静かに思考を回す。


 想定していた以上に、学園長は精神的負担を感じている様子だ。いつもの彼女なら、真面目な時とふざける時のケジメくらいつける。そのバランスが取れないほど、動揺しているみたいだ。内に秘められた感情も、悲哀の色が強かった。


 原因は分かり切っている。色なし三年生――つまりは己の教え子が、道を誤っていたと知ったせい。


 すべての生徒を正しく導けるとは、考えてはいないと思う。そこまで大層な夢を見られるほど、彼女は子どもでもない。


 たぶん、不祥事続きだったのも影響しているな。特に、今年は“アウター”の一件があったばかり。教師としての自分を見失いつつあるのかもしれない。


 これから潜入捜査なのに、大丈夫かと心配になる。


「年の功に期待するしかないか」


 伊達に長生きではないと示してほしいところだ。

 

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