Chapter9-3 納涼(2)

 コテージに赴いてから一週間が経過した。花畑の散策、小川での釣り、山道での軽いハイキングなどなど、思いつく限りのレジャーを楽しんだ。もちろん、遊ぶだけではない。コテージ内で読書をするなど、ゆったり過ごす日もあった。


 終始、穏やかで緩やかな時間だったと思う。この一年は怒涛の如く事件が発生していたゆえか、よりいっそう気の休まる一時だと感じられた。


 そんなバカンスの折り返し地点。今日は“ゆっくりする日”とのことで、コテージのリビングにて全員がくつろいでいた折、唐突にニナが発案した。


「肝試し、やろう」


「肝試しですか?」


 真っ先に反応したのは、オレを挟んで左にいたカロンだ。コテンと首を傾いでいる。


 ザっと見渡せば、他の面々も怪訝そうな面持ちだった。各々の手を止め、ニナへ視線を向けている。


 注目が集まったのを認めた彼女は、オレの腕に絡めていた手を解き、その場に立ち上がった。


「夏と言えば怪談。ここは人里離れた山の中。なら、肝試しするしかない!」


 グッと拳を握り締めて力説するニナ。


 それを見たカロンたちは、ポッカーンと呆けた。唐突に何を言っているんだ? と表情が語っている。


 オレは握りこぶしとは反対側の手を覗く。そこには、彼女が先程まで読んでいた本があった。たしか、新進気鋭の作家の執筆したミステリホラーだったか。


 ……うん、分かりやすい動機だ。


 少し遅れて、他のメンバーも同様の事実に気づき、一様に苦笑いを浮かべた。仕方ないなぁといった、ほんのり温かい空気が流れる。


「時期的に間違ってはないけど、どういった仕様でやるつもり?」


 一同を代表して、ミネルヴァが問うた。


 対し、ニナは『そうこなくっちゃ』という様子で返す。


「二人ずつのグループを組んで、指定された目的地へ向かう。そこに置かれている目標物を回収して帰ってくる。簡潔に説明すると、こんな感じ」


「脅かし役を作るわけじゃなく、純粋に雰囲気を楽しむタイプってことね」


「妥当な判断だと思うよ」


「あはは。わたしたちが脅かし役なんてやったら、すごいことになるのは目に見えてるもんね~」


 ミネルヴァの得心に続き、オルカとマリナも苦笑を溢す。


 二人の感想には全面的に同意だった。強者たるオレたちは簡単に恐怖しない上、脅かす側が全力を尽くせば、周辺被害が途方もなくなるのは自明。ミネルヴァの言った、『雰囲気を楽しむ』程度に控えるのが良い塩梅だろう。


「開催日は、いつになさるのですか?」


「今夜」


「ず、ずいぶんと急ですね」


 ニナの即答に、カロンは頬を引きつらせた。どれだけ肝試しをしたいんだと、少々呆れた感情が見え隠れしている。


 そんな彼女の反応なんて気にも留めず、ニナは続ける。


「準備は全部アタシがやるから安心して。といっても、目的地の選定と目標物の用意だけだけど」


 豊満な胸を張って宣言する彼女は、瞳をキラキラと輝かせていた。それから、早速とばかりにコテージを去ってしまう。


 よっぽど肝試しが楽しみらしい。忙しないことだ。


 とはいえ、こういった方面なら、多少騒がしくても良いと思う。物々しい事件とは違って、煌めく宝石のような青春の一ページとなり得るイベントだもの。きっと、カロンたちの楽しい思い出になってくれるはずだ。


 オレはそっと頬を緩め、読みかけだった本へ視線を戻す。


 ニナが任せてほしいと言うのなら、こちらから手を出すのは控える。今日の夜を楽しみに待つとしよう。








 時が流れて夜。食事等を済ませ、いよいよニナ主催の肝試しの開催時間となった――のだが、


「スキア。絶対に、絶対に負けてはいけませんよ!」


「は、はいぃぃぃ」


「ミネルヴァちゃん、勝って!」


「無論よ。この勝負は負けられない」


「オルカさま、ご武運を」


「ありがとう、シオンねぇ。絶対に勝つから!」


 と、女性陣が燃えていた。


 何てことはない、出発順を決めるジャンケンを行うだけだ。たとえ、スキア以外の全員から視認可能なほどの魔力が滲み出ていても、これから実施される内容は変わらない。


 ちなみに、肝試しのグループ内訳はカロン&スキア、ミネルヴァ&マリナ、オルカ&シオンである。ニナは主催者として、オレは強すぎるからという理由で不参加だった。


 ニナは良いとして、オレの理由が雑すぎる。いや、まぁ、オレが参加した場合はグループ決めでメチャクチャ揉めただろうし、この対処は正しかったと思うけどさ。


 閑話休題。


 今回の肝試しは、山頂付近の廃屋へ向かい、その内部に置かれた目標物を持って帰るという内容。その目標物の正体が、彼女たちを熱気に包む原因だった。


 ――ノマ特製の“ゼクス”ブロマイドが目標物だという。


 あとはお察しいただけるだろう。自分で言うのも何だが、カロンたちのオレへ向ける愛情は大きい。ノマが特殊加工したブロマイドともなれば、喉から手が出るほどほしいに決まっていた。


 また、置かれているブロマイド六枚に、同じものが一つもないらしい。手に入るものが一枚限定である以上、一番手で向かわないと自分好みのモノは手に入らない。ゆえに、順番決めの時点で気合が入りまくっていた。


 色々ツッコミを入れたい箇所はある。『あの時に撮影した写真、ブロマイドに使用したのか』とか、『ノマは何を作っているんだ?』とか、『目標物回収に必死すぎて、肝試しどころじゃないのでは?』とか。


 しかし、オレは無言を貫く。だって、あの目を血走らせている彼女たちを見ると、何を言っても無駄な気がするから。オレは空気を読める良い男なのだ。ハハハ。


 オレが遠い目をしていると、ニナが満足そうに頷く。


「みんな、楽しんでくれてるようで何より」


「まぁ、楽しんでるっちゃ楽しんでるけども」


 肝試しとしては失敗だと思うぞ、というセリフは呑み込む。主催者が納得しているのに、それを否定するのも野暮だろう。


 程なくして、歓声と慟哭が上がった。どうやら、ジャンケンの決着がついたよう。


 先発はオルカ組、次発がミネルヴァ組、最後がカロン組とのこと。


「順当な結果だな」


 オレたちレベルに至ると、ジャンケンは運が介在する余地のないゲームとなる。【身体強化】で筋肉動作の機微は読めるし、【魔力視】で魔力の流れも確認できる。それを化かすのが上手い方が勝つんだ。


 ゆえに、未だ実力の劣るスキアには荷が重かったと思う。


 かといって、カロンが出場していれば勝てたかと言えば、否定せざるを得ない。彼女、魔力操作はそこまで上手ではないからな。何なら、スキアの方が上手い可能性もある。


「じゃあ、決まった順番通りに出発して。地図も渡す」


 騒がしい面々を余所に、いつも通りのマイペースで企画を進行するニナ。トップバッターのオルカたちにお手製の地図を渡し、出発するよう促した。


 ただ、


「あっ。逃亡以外で走るのは禁止だから。『これは逃亡!』って誤魔化すのもダメ」


 主催者として、釘を刺すのは忘れなかったらしい。このままだと、全力疾走で廃屋へ向かうのは明らかだったもんね。オルカとシオンも『え!?』と瞠目どうもくしているし。


「……分かったよ。これ、肝試しだもんね」


「申しわけございません。はしゃぎすぎました」


 僅かに肩を落としつつも、物分かりの良い二人はニナの指示に従った。


「気を取り直して、いってきます!」


「行って参ります」


 こちらに手を振りながら参道を進んでいくオルカたち。オレたちは手を振り返して見送る。


 その後、同様の流れを二回繰り返し、無事に参加者全員が出発した。


 ふぅと小さく息を吐き、ニナがこちらへ問うてくる。


「周囲の様子は?」


「問題ない。ここから廃屋までは、部下たちが固めてるよ」


 いくらオレたちが強かろうと、護衛を疎かにするわけがなかった。特に、今回はグループを小分けしている。オレ一人では守り切れなくなる可能性を考慮すれば、山中に監視を撒くのは当然の処置だ。


 無論、ニナも納得の上である。というか、先に頼んできたのは彼女。この辺の危機管理は、きちんと身についているようで安心した。


「そろそろ、オルカたちが廃屋に到着するっぽいぞ」


 監視班より送られてきた情報を伝える。


 すると、ニナは複雑そうな表情を浮かべた。


「想定より早い」


「当然だろう。彼女たちにとって垂涎の餌を用意したんだから。走るのを禁止しても、早歩きくらいはするさ。たぶん、【身体強化】も全開なんじゃないか?」


「目標物選び、失敗した……」


「次に活かすしかないな」


 ガックシと肩を落とすニナに、励ましの言葉をかける。


「むぅ」


 それだけでは足りないのか、彼女はグリグリとオレの肩に頭頂部を押しつけてきた。結構力を入れているみたいで、そこそこ痛い。


 ニナの要求は理解できたので、頭を撫でてあげる。ついでに、ピコピコと動く狼耳も撫で回した。


 感情の機微を読んで実行したためか、かなり気持ちよかった様子。時折、「うへへ」とだらしない・・・・・声が漏れていた。


 このイベントで一番得したのは、ニナかもしれないな。ブロマイドではなく、オレ本人と恋人らしい触れ合いができているんだから。狙ったわけではないようだけども。


 そう益体やくたいもないことを考えていると、監視班より再び連絡が入った。時間的に定時報告かと思っていたんだが――


『緊急報告。カロラインさま、およびスキア嬢が消えました!』


 頭をガツンと殴られたかの如き、衝撃の事態が発生していた。

 

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