Chapter9-3 納涼(1)
チェーニ子爵領にそびえる山は、寒さの厳しい地にしては開拓が進んでいる。登山道はほぼ整備されているのでヒトの往来に問題はなく、中腹の一部はコテージを建設して開放しているほどだ。
さすがに冬期は極寒すぎて誰も近寄らないらしいけど、領地の自然をしっかり有効活用していると思う。
ちなみに、山の一部区画――領都の反対側の一画は隣領となっている。何でも、何代か前に領地争いが起こった結果だとか。
まぁ、僅かな土地にすぎないため、こちら側ほど開拓は進んでいないらしいが。
何なら、開通済みの道を使う都合、行商人などは
――無駄話はさておき。オレたちは計画通り、子爵領の山にあるコテージへ赴いていた。
メンバーは変わらない。アーヴァスたちがお礼に歓待すると申し出てくれたけど、丁重にお断りした。今回は身内だけのバカンスと決めていたからな。そういうのは、また別の機会に頼むと告げておいたよ。
一応、スキアには家族水入らずで過ごして良いと許可は出したけど、結局はこちらに付いてきた。実家の面々と過ごすのは、日取りを改めるとのこと。
「ステキな場所ですね、お兄さま!」
目的に到着するなり、カロンが満面の笑みで言う。
コテージは山林間の少し開けた場所に立っていた。“ツリーハウスもどき”とでも表するべきか。一本の太い樹木に寄り添って建設されており、自然との調和が美しい。
無論、景観も素晴らしい。木々の合間より
コテージの上階からは、山下の情景が望めるらしいので、そちらも今から楽しみだ。
「まだ来たばかりだけれど、心が洗われるようね」
「自然の憩い?」
「素晴らしい景色に癒されるのは確かですね」
「ボクはちょっと懐かしい感じかな。ビャクダイの頃を思い出すかも」
「わたしも同感~。故郷を思い出しちゃうよねぇ」
到着早々、都会組と田舎組が各々の意見を口にして
「お、おお、同じようなコテージは、ほ、他にもありますが、こ、ここ、ここが中でも一番眺めのいい場所、で、です」
「どうりでキレイな場所だと思ったよ。でも、観光シーズンに大丈夫なのか? いくらオレたちがVIP扱いとはいえ、ここを無理に空けたら打撃がありそうだけど」
オレが納得と疑問を同時に口にすると、スキアは『問題ない』と返す。
「お、恩返しの一環というのもありますが、り、領地封鎖で、か、か、観光客が途絶えていたので、ほ、ほぼ貸し切りです」
「そういえば、そうだったな」
転移事業によって来年度の財政の心配は不要だけど、『観光地がガラ空き』という話は些か不安をあおる。まぁ、秋の間は満員御礼になりそうだし、気に留めるほどの損害でもないか。
貸し切りということなら、遠慮はいらないだろう。目いっぱい夏季休暇を楽しもう。
「じゃあ、荷物を片づけて、コテージ内の確認をしようか。遊ぶのは、それらを終えてからだぞ」
各々の肯定の返事があり、全員でコテージへと向かう。
その後、日が暮れるまで、久方ぶりに緩く穏やかな時間を過ごすオレたちだった。
○●○●○●○●
夜。コテージ内には死屍累々にも似た状況が出来上がっていた。というのも、オレとスキアを除く全員が、「うぅ」と苦しそうな呻き声を漏らして横たわっているからだ。顔を真っ青にして、口とお腹を押さえている。
オレは呆れ混じりに言う。
「食べすぎだよ。いや、悪ノリして、次々と用意したオレも悪いけどさぁ。もう少し加減しなさいって」
そう。カロンたちの状態は、単なる食べすぎだった。許容量を大幅に超える夕食を摂取したため、行動不能に
何で、そうなるまで食べ続けたのか。
「お兄さまのお作りになった食事なんてレア物、いつもの食事量で満足できるはずがありません! ……うぷっ」
――カロンの叫びがすべてだった。オレ作の料理と聞いて、目前に転がる女性たちはバカ食いを始めたんだよ。
オレとしては、『せっかくの休暇なんだから、普段やらない作業もやろう』という気まぐれだった。こんな事態になるとは、全く考えていなかった。
何せ、いくら前世の記憶があるとはいえ、オレの料理の腕なんて、所詮は独り暮らしの過程で覚えた程度。常食しているプロやマリナの味には遠く及ばない。
では、どうして暴食騒動に発展したのかといえば、付加価値が原因だった。カロンが言ったように、“オレが料理したもの”という肩書のせいで、彼女たちは暴走したんだ。
まさか、ミネルヴァやシオン、オルカといった冷静さが売りのメンバーも止まらないとは思わなんだ。特にミネルヴァは、体躯と比例して通常の食事量も少ないのに。
愛されているんだと嬉しがれば良いのやら、暴走と隣り合わせと知って嘆けば良いのやら。さすがのオレも困惑せざるを得ない。
まぁ、バカンスだから羽目を外しただけだろう。オレが悪ノリしたように、向こうも悪ノリしたんだと思う。何となく、そんな素振りはあったし。いや、それにしても度が過ぎているが。
「いくら付加価値があるからって、動けなくなるほど食べれるもんかなぁ」
手元に残っていた夕食――カレーライスを頬張る。
うん、おいしい。前世でも食べ慣れた味だ。各スパイスの調達は骨が折れたけど、記憶通りに仕上がっている。独り暮らし初期、料理にハマっていた時期に研究した結果が、しっかり再現されていた。
とはいえ、結局は普通のカレーなんだよな。自分好みに調整はしているが、料理長やマリナの作ったご飯の方が何段も上に感じる。カレーに似た料理は聖王国にも存在するので、希少性も薄いし。
内心で首を捻りながら食べていると、唯一無事だったスキアが口を開いた。
「た、たしかに、ぜ、ゼクスさまの料理だからというのが原因ですけど、こ、このカレーは、と、とっても、お、美味しいですよ」
「ありがとう。でも、レベルは一般程度だろう? 料理長やマリナが作った方が美味しいし」
オレがそう返すと、彼女は非常に奇怪な表情を浮かべた。感情を合わせて考慮すると、『何言ってんだ、コイツ』か?
スキアは目を泳がせながら、かなり気まずそうに答える。
「ま、マリナやプロの方が、れ、レベルが高いのは認めます。で、でも、ぜ、ゼクスさまが一般レベルというのは、し、しし、承服いたしかねます。ぷ、プロほどとは申しませんが、す、少なくとも、い、一般人よりは、お、美味しいです」
「そうか?」
もう一口、カレーを咀嚼する。口に広がる味は、やっぱり普通のカレーだった。
こちらが首を傾げていると、スキアが問うてくる。
「ぜ、ゼクスさまは、ま、マリナ以外が作る、い、一般家庭の料理を食べたことは? で、できればカレーを」
「一般家庭の料理は食したことがあるし、その中にカレーも含まれてるな」
「そ、その際に感じた味と、ご、ご自身の料理を、ひ、比較できませんか?」
「うーん。オレの方がデキがいいのは認めるけど、誤差の範囲じゃないか?」
記憶を掘り起こしつつ返したオレ。
すると、スキアが肩を落とした。
「そ、そうですか……」
途端に、諦めの境地的な感情を溢れさせる。
急にどうしたんだ? 話の流れからして、状況の説明を放棄したのは分かるが……。
「……」
そこまで思考を回したところ、不意に嫌な結論が浮かんだ。
「もしかして、オレって味覚オンチ?」
できれば外れてほしいと願いながら、オレはスキアに尋ねる。
しかし、無情にも、彼女は首を縦に振った。
「お、おそらく」
「でも、味の良し悪しとか、どのレベルの料理人が作ったかとかは判別できるぞ」
慌てて否定材料を並べるが、スキアの意見は翻らない。
「ぜ、ゼクスさまは、な、何でも美味しくいただける方なのでは?」
「……否定はしない」
「す、す、推測にすぎませんが、ぜ、ゼクスさまは、あ、味の区別はできても、さ、差別ができないのでは? ま、周りの評価のお陰で、ど、どういう味が高レベルなのかは測れても、ご、ご自身は、な、何でも美味しいと思える……とか」
「…………反論の余地もないな」
マジかぁ。オレって味オンチだったの? いや、そりゃ、たいていのモノは不満なく食べられるけど、これは想定外の発見だった。
味覚が変化した感じはないし、もしかしなくても前世から味覚オンチ? うわぁ、一回死んだ後に知るなんて、衝撃的すぎる。
「だ、大丈夫、で、ですか?」
オレが頭を抱えていると、不安そうに気遣ってくるスキア。
彼女の声を聞いて我に返る。
ここで周りに心配かけてはいけないよな。味覚オンチがなんだ。味の区別はできているんだから、何の問題もないはず! ……たぶん。
何とか心を立て直し、改めて現状を認める。
「オレのことは置いておいて、とりあえずはカロンたちを運ぶか」
「そ、そうですね……」
対し、スキアは憂鬱そうに頷く。
過食のせいで重さの増した彼女たちを運ぶんだ。【身体強化】があっても、精神的には億劫に感じるのは理解できる。
だが、文句を垂れても状況は変化しない。オレたちは苦笑し合った後、転がる女性陣を各個室へ移動させるのだった。
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