Interlude-Minerva 目指す道
ドサリ。
フォラナーダ城の地下に存在する訓練場に、二つのモノが落ちる音が響いた。
その正体は問うまでもない。一つは私――ミネルヴァが倒れて発生したもの。そして、もう一つはカロラインが同様の行動で鳴らしたものだった。
今しがたまで、私たちは模擬戦を行っていたんだ。
「今日も引き分けね」
「そうですね」
魔力がほぼスッカラカンなのもあるが、決着がつかなかった悔しさのせいで、私たちの声音は苦味が多い。
これで959勝959敗1143引き分け。かれこれ八年、カロラインとは何らかの勝負を続けてきたけれど、ここ最近はまったく勝敗が動いていない。この子とは絶対に決着をつけたいのに、どうしても実力が拮抗してしまっていた。
攻守ともに最高峰のカロライン相手に、技の多彩さで挑むのは分が悪いのよね。向こうはゴリ押しで勝ててしまうから、こちらは引き分けに持ち込むのが精々。不器用だの火力バカだの言われつつも、カロラインはバランス良い魔法師なのよ。これで近接戦闘も強いのだから、手に負えないわ。
まぁ、私もタダではやられないけれどね。正面突破ができないのなら搦め手で勝負よ。今日も見事なカウンターでノックアウトしたもの。火力が強すぎて、跳ね返し切れなかったけれど。
いや、本当に馬鹿力すぎると思うわ。どうやったら、あんな火力の魔法を放てるのか不思議で仕方ない。
――と、愚痴もこの辺にしておきましょう。
「感想戦やるわよ」
「分かっていますよ」
仰向けに倒れ込んでいた私たちは、ほぼ同時に起き上がる。
むっ。何でタイミングが合うのかしらね。こういうのがあるから、ゼクスたちから似た者同士なんて
とはいえ、ここで文句を口にしたら、いつまでも話が進まないわ。経験済みの愚を繰り返すほど、私はバカではないの。
それから小一時間程度、私とカロラインはお互いの戦術について意見を交わした。
「ほら、意地を張ってないで貸しなさい。髪の毛が痛んだら、ゼクスに嫌われるわよ」
「……仕方ありませんね」
訓練場に備えられているシャワーで汗を流した後、私はカロラインの髪を拭いていた。
何故かって? 彼女の拭き方が雑だったのよ。生乾きで放置したら、せっかくのキレイな金糸が痛んでしまうわ。ホント、こういうところが大雑把なのよね、カロラインは。
ちなみに、私は魔法を使ってセットもし直しているので、手抜かりはないわ。五属性使えると、こんな時は便利よね。他人に話せば、何て贅沢な魔法の使い方だって驚かれるでしょうけれど。
タオルと櫛と魔法を使い、丁寧にカロラインの髪を乾かしていく。
『どうして私がこんなことを』と思わなくもないけれど、気持ち良さそうに目を細める彼女を見ていると、『仕方ない』なんて考えになるのだから不思議なものね。『陽光の聖女』さまさまかしら。最近は一部界隈で『魔王』呼ばわりされているものの、彼女の本質は癒し方面よね。
長く、ややクセのあるカロラインの髪は、手入れにも時間がかかる。その間を無言で過ごすのは嫌だったので、私は彼女へ話題を振った。
「この後のあなたの予定は?」
「孤児院で絵本の読み聞かせですね」
「そういえば、カロラインは孤児院に通ってるんだったわね」
彼女の答えに得心する。ゼクス、カロライン、シオンの三人は、定期的に孤児院へ顔を見せていると聞いていた。特に、カロラインは他の二人よりも高頻度だという。
「よくモチベーションが持続するわね。私には無理だわ」
「そうですか? 子どもたちは可愛いですよ」
「素直な子は良いけど、中にはイタズラっ子もいるでしょう」
別に子どもが嫌いなわけではないが、ヤンチャな連中は少し苦手ね。これが自分の子どもとかだったら別なんでしょうけれど、孤児たちにまで無償の愛は抱けないわ。
そういう意味では、カロラインを尊敬できると思う。まさに聖女の如き心で行動しているんだから。
カロラインは苦笑を溢す。
「あはは。たしかに、ヤンチャな子たちはいますね。四~六歳くらいの男の子なんかは色々と大変です。ませている子もいますし」
「ませてる?」
「胸とかお尻を触ってこようとするんですよ」
「嗚呼……」
無駄に大きいものね、あなた。私には無縁の感想だわ。
「私の体はお兄さまのモノなので、絶対に触らせませんけどね!」
「子ども相手に、過剰な対応はやめなさいよ?」
「
「ブラコン」
「それは認めざるを得ませんけど、さすがに子どもへ手をあげたりしませんよ。触ろうとするのを回避して、叱ってるだけです」
「それなら良いわ」
とはいえ、恋心を自覚して以来、この子は暴走しがちだから心配なのよねぇ。この前なんて、ゼクスの写真集を販売しようと画策していたし。
今は置いておきましょう。そのうち、誰か確認に出せば良いわ。
「一部の子に、魔法を教えてあげてるとも聞いたけど、それは本当?」
「ええ、本当ですよ。希望者に、軽い基礎を教えてあげています」
「どんな感じ?」
「どんな、ですか。まぁ、にぎやかですよ。初歩の火球とか土球が成功するだけで、とても喜んでくれるのが初々しいです。やりがいはありますね」
そう語るカロラインは、柔らかな笑みを浮かべていた。心の底から、子どもたちの交流を楽しんでいると分かる。
ふと思う。
「カロラインは、卒業後は教師でも目指すの?」
子どもの世話が好きで、見た限り何かを教えることも好きな様子。であれば、孤児院や初等部の先生なんかは、彼女の天職ではないかしら。単なる思い付きだったけれど、割と良い線をついている気がするわね。
対するカロラインは首を傾ぐ。
「教師ですか……」
「しっくりこない?」
「いえ、考えたこともありませんでした。というより、卒業後に何をするか自体、まったく頭にありませんでしたね」
呆然とするカロラインに些か違和感を覚えたけれど、普通はそんなものかと思い直す。将来のことなんて、たいていの学生は三学年に上がってから考え始めるものだ。
「そう。まだ二年半ばだけど、早めに考えておいて損はないわよ」
「ミネルヴァは、もう進路を決めているのですか?」
カロラインの問いに、私は頷く。
「ええ、魔法研究の道に進むわ。ゼクスとは話し合っていて、たぶんフォラナーダに新設される研究所に勤める運びになるわね」
私は、フォラナーダ当主の正妻という立場になる。だから、本来なら研究職なんて仕事は必要ない。
でも、私のやりたいことをやってほしいと、彼が提案してくれたのよ。愛ゆえにと言うのなら、私に否はないわ。照れくさいけれどね。
こちらの答えを聞くと、カロラインは虚空を眺めながら熟慮を始める。
「そうですか……。オルカも最近になって夢を決めたと語っていましたし、
「焦る必要はないけど、夢や目標を持った方が人生に張り合いが出るのは確かよ」
「ですね。じっくり考えてみます」
「それが良いわ。よし、乾かし終わった」
話が一区切りついたところ、ちょうど良く作業が終わった。ふふっ、我ながら良い仕事をしたものね。カロラインの金髪が、よりいっそう輝いて見える。
カロラインは自身の髪をサラリとなびかせ、口元を緩ませた。
「ありがとうございます。
「どういたしまして。褒めてくれるのは良いけど、自分でできるに越したことはないわよ?」
「……善処します」
「それ、やらないパターンよね」
私が呆れのセリフを吐くと、私たちは揃って笑いだす。
とっても青春って感じだわ。
立場上、得られないと諦めていた一時は、私の人生に豊かさを与えてくれている。
将来の旦那様とともに、この時間を大切に守っていきたいわね。
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