Chapter8-4 遭遇(2)
「さぁな。見えるものは見える。それだけさ」
軽口を返しながら、【
ところが、そう簡単に退路は断たせてくれないらしい。
「面倒くさいなぁ。――【
グリューエンが魔法を発動したようで、一瞬光輝いたかと思った次の瞬間には、展開途中だった【
彼女はチッチッと指を振る。
「ダメダメ。私は光に特化した魔法司。幻惑と支配に関しては、他の追随を許さないよ。というか、たかが属性魔法師ごときが、魔法司の頂点である私に抗えるはずがないじゃん」
どこまでも不遜に、傲慢に、グリューエンは語る。
腹立たしい限りだが、その意見は正しそうだ。結界や空間に属する系統では、彼女には勝てないと分かる。
この辺りは、ガルナとの模擬戦でも判明していたことだった。魔法司にも得意分野があり、その分野においては競り負けることもあり得るんだ。ガルナの場合、鎮静と探知だったか。
とはいっても、最大出力の差が大きいから、ゴリ押しで勝つことは可能だ。そも、純粋な実力でいえば、魔法司なんて簡単に叩き潰せる。それくらいの開きが、オレと魔法司たちにはあった。
では何故、さっさとそうしないのか。
以前より度々語っていたと思うが、魔法司の持つ”自属性以外の無効耐性”が鬼門なんだ。あれのせいで、短期決戦が難しくなっている。いくらオレが周辺被害を抑える努力をしても、ゼロにはできない。戦闘が長引けば長引くほど、周りが傷ついてしまうわけだ。【
要するに、金の魔法司グリューエンは遅滞戦術が得意ということ。意識してはいなさそうだが、彼女の特技や特性がそれを体現してしまっている。
面倒だ。心底面倒くさい相手だった。一応、無効耐性貫通の手段は用意している――が、相手の手のうちが判然としない以上、ここで奥の手を切るのは
最後の一押しまで追い詰めたとして、何らかの手段で逃亡されては大問題だ。ああいう手合いは、危機を悟ると完全に隠れてしまうからな。カロンの命運が懸かっている相手を、いつまでも放置できない。仕留める時は確実に、だ。
……今回は不意の遭遇戦だ。ここは無理せず、相手に手札を明かさせる動きがベストだろう。多少危機感をあおってしまうかもしれないが、それは必要経費と割り切る。
ゴチャゴチャと考えたが、結局のところは『手加減して情報を吐かせる』といった感じだな。ガルナから聞くグリューエンの性格なら、ヒトであるオレを侮ってくれているはず。
さて。そうと決まれば、ギアを上げよう。先の手応えを見るに、もう少し出力を上げても問題ないはずだ。
――【コンプレッスキューブ】
無詠唱による不意打ち。
しかし、この魔法はグリューエンに効果がなかった。彼女を魔力の箱に閉じ込められなかったんだ。即座に抵抗されてしまった。
「だから、支配系統は通用しないってば」
なるほど。僅かでも、その方面の術式が組み込まれているとダメらしい。術の選択肢が絞られるな。めんどくさ。
オレが内心でゲンナリしていると、グリューエンは笑う。
「私と戦う気かぁ。その無謀さは嫌いじゃない。いいよ。久々の戦闘だし、相手になってあげよう」
そう言うや否や、彼女は指を鳴らした。
すると、直径五センチメートルほどのレーザーが、四方八方より放たれる。標的は当然オレ。
一目で理解する。あれらは一撃一撃が最上級魔法級だ。生半可な防御は突破されるだろう。光の大魔法司なんて自称するだけはあった。
「【ペーパームーン】」
詠唱で補強しながら、防御魔法を行使する。
オレの魔力が無数の紙――A4サイズのコピー紙に類似したモノ――を形成し、独りでに動き出してコチラの視界を埋め尽くしていく。傍から見れば、オレを中心に直径二メートル程度の球体――紙の月が完成した。
出来上がった球体へ、縦横無尽に駆け巡る複数の光線が突き刺さる。表面の幾枚かが弾き飛ばされるが、それらがオレの元まで貫通してくることはなかった。
初撃を防ぎ切ったのを見て、グリューエンは笑みを深める。
「やるぅ。じゃあ、次はどうかな?」
もう一度フィンガースナップ。
同時に、オレの目前で光球が発生した。豆粒くらいの大きさではあるが、【ペーパームーン】の防壁を飛び越えて発現した魔法。甘く見られるはずもない。
「チッ」
舌打ちし、【
次の瞬間、爆発が起こった。すべてを光に染める強力な攻撃。【ペーパームーン】のお陰で周囲に余波が拡散することはなかったけど、もし防壁がなければ、ここ一帯が灰燼に帰しただろう威力だった。
転移して攻撃を回避したオレは、その足取りでグリューエンへ攻める。一本の短剣を取り出し、【魔纏】で補強した。
対する彼女は笑うだけ。無防備に突っ立ったまま。
容赦なく刃を見舞うが、結果は芳しくなかった。
「無駄無駄。私に光以外は届かないよ」
魔法司の特性によって、彼女には何の痛痒も与えられない。やはり、透過を適用させないとダメージは通らないらしい。
とはいえ、ここで痛みを与えてしまうと、グリューエンは過剰にオレを警戒する。それでは、確実なトドメを刺すことが難しくなる。
幾度か剣戟を繰り出した後、蹴りを放った。彼女は吹き飛ばされて転がるけど、ダメージはない。笑顔のまま立ち上がる。
「無駄だって」
「たしかに、傷は与えられなさそうだ」
このまま手加減して戦っても、永遠に決着しない。もう
再度接近したオレは、グリューエンの腕を掴み取り、背負い投げの要領で放り投げる。ダメージを負わないと高をくくっている彼女は、物の見事に宙を舞った。――その先に【
「ありゃ?」
向こうも気がついたようだが、時すでに遅し。彼女が動いた時には、もう【
「あははは、なるほどなるほど。そういう手もあるね。いいだろう。今回は大人しく帰ってあげる」
愉快げに笑声を漏らした彼女は、その宣言通り、何も抵抗せず消えていった。
先程までの喧騒が嘘のように、周囲は静寂に包まれる。グリューエンの光のせいで気がつかなかったけど、いつの間にやら陽も落ち切っていたらしい。夜闇が帳を下ろしていた。
「ふぅ」
一仕事終えたオレは、小さく息を吐く。それから軽く手を振って、拭うように【偽装】を剥がした。
そこに現れたのは、神々しく煌めく白い左目。分析の魔眼【
お察しの通り、オレはこの魔眼を使ってグリューエンの情報を探っていた。魔法司の精査は骨が折れたけど、手札を暴くくらいの時間は稼げた。
相手がこっちをナメてくれて良かった。ただ、念のために全身へ【偽装】を施しておいたのは完全に無駄だったな。
注意深く観察すれば、こっちが【偽装】を使用していると認知し、魔眼の存在にも気づけたはずだ。
まぁ、グリューエンが慢心する性格だと知っていての作戦だったわけだが、ここまで上手くいくとは思わなんだ。
突然のラスボス戦には焦ったけど、結果は上々。あとは得られた情報を洗い直し、対抗策の研究に当てよう。
「……帰るか」
体力や魔力は余力十分だけど、気疲れが半端ない。早く帰って、カロンたちに癒されよう。
魔眼を閉じたオレは、【
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