Chapter8-4 遭遇(1)

 学園長には、如何にも『事件は解決しました』という風に伝えたが、実際のところは何も終わっていなかった。表立って行動を起こしていない“アウター”使用者が潜伏している可能性は捨て切れないし、根本的な原因として、『誰が薬を配っているのか』が解消されていない。学生たちの戦闘データの精査や“自称・都市国家群から流れて来た商人”の捜索は継続中だ。


 それに、個人的に怪しんでいたエクラとキテロスが、今回の逮捕者に含まれていないのも些か不気味に思う。


 まぁ、エクラに至っては上級生との“闘技”さえ行っていないので、ただただオレが怪しく感じているだけ。言いがかりレベルである。


 しかし、なーんか引っかかりを覚えるんだよな。だから、現在も二人の経歴は調査中。何かヒントが出てきたら御の字だろう。


「ふぅ」


 陽が沈み始め、空が赤と紫のグラデーションを描いている。そんな天上を見上げながら、オレは小さく息を吐いた。


 学園長室を去った後、オレは一人で帰り道を歩いていた。【位相連結ゲート】を使っても良かったんだが、色々と思考をまとめておこうと散歩しているんだ。こういった余剰が閃きを与えてくれる気がするから。


 今、オレの傍には使用人を含め、他の面々は誰もいない。学園長との面談の際は、いつもお共は連れていないんだけど、それとは別の理由もあった。


 というのも、この時期はクラブ見学および体験入部というイベントが開催されている。オレ以外は、そちらの作業に取り掛かっていた。


 懐かしきかな。ローレルに土下座勧誘されたのも一年前の出来事だ。


 カロンが部長を務める魔駒マギピースクラブは、今やトップクラブと並ぶ二大巨頭の一つになっている。メンバーがメンバーだけに当然の結果だな。


 その関係で、この一年の間に入部希望者はそれなりにいたんだけど、ダンたちに続く新規部員は出ていない。我らがクラブは完全紹介制を導入しているためだ。部員の誰かが推薦しないと、入部できない仕様。


 何故、このようなシステムにしたかと言えば、オレたちの実力が抜きんでてしまっているせい。それにすがる輩は必ず出てくる。このクラブは真面目に運営していきたいというのが、カロンの意向だった。


 ちなみに、新たに仲間へと加わったスキアは、入部していない。彼女は生粋のインドア人間なので、戦闘を主活動とする魔駒マギピースクラブは性に合わないらしい。


 クラブ活動まで強制するつもりはないため、スキアの希望通りにした。無論、訓練等で行う魔駒マギピースは参加させているぞ。


 閑話休題。


 前述した通り、紹介制となっている我らのクラブだけど、一日の参加人数に上限を設けているものの、見学だけはオープンに実施している。まだ見ぬ真剣な人材が、門戸を叩くかもしれないからな。


 あの・・フォラナーダが所属するクラブとのことで、見学会は毎日上限いっぱいだった。大量の学生が押し寄せ、毎度抽選を行っている。


 見学会の内容は、至ってシンプルだ。最初は基礎練習の光景を見せ、次に模擬戦、最後に部員対見学者の魔駒マギピースという流れである。


 まぁ、ほとんどの学生は基礎練習で顔面蒼白、模擬戦で白目をむき、試合で自信喪失する。結果、今のところの入部希望者はゼロだった。もちろん、カロンたちのお眼鏡に掛かった者もいない。


 とはいえ、数名くらいは入部してくるだろう。一応、素人でもギリギリ踏ん張れる程度に調整はしたもの。そも、ターラは確実に入ると聞いているので、新人ゼロの心配はしていない。


 そういった事情もあり、オレは一人を堪能していた。


 伯爵家当主としてどうなんだ? と苦言を呈されそうだけど、オレの場合は特殊だからなぁ。下手な護衛がいても足手まといだし、前世の記憶のお陰で世話係もほぼ必要ない。我ながら、使用人泣かせの当主だと思うよ。


「あん?」


 黄昏の空を見上げながらのんびり・・・・歩いていたところ、思わず声を溢した。展開していた探知術に、突然反応が現れたためだ。


 即座に、視線を地上へと戻す。


 目前――およそ十メートル先に、一人の女子生徒が立っていた。膝辺りまで伸びる金髪と、この暗がりでも爛々と耀いて見える黄金こがねの瞳が特徴的な少女。


 彼女の容貌は恐ろしく整っている。幼気な顔立ちや小柄な体躯ゆえに『愛らしい』という感想が先行するが、間違いなく美人の部類だ。


 警戒しつつ少女を観察しようとするものの、その前に彼女は言葉を紡ぎ始める。


「なるほどなるほど。あのニエ・・がバカみたいに警戒するから興味本位で見に来たんだけど……ほぅほぅ」


 オレへ向けられたものではなかった。完全に自己完結したセリフであり、自問自答と言い表した方が適切だろう。


 誰かにコチラの話を聞き、観察しに来たといったところか。色々と気になることはあるけど、今はどうでも良い。三秒の観察を以って、現状がそれどころではないと理解が及んだ。


 ――ドォン!!!!


 刹那にも満たない時間を費やし、神化状態のオレは金髪少女の頭をワシ掴みにして地面へと叩きつけた。圧縮された衝撃音が地を揺らし、オレたちの鼓膜も震わせる。


 こちらの手番はここで終わらない。


「【縛鎖ジェイル】」


 確実性を高めるため、あえて詠唱する。


 魔力で編まれた半透明の鎖が十本ほど出現し、あっという間に少女を雁字搦がんじがらめにした。おまけに、えせミスリルワイヤーも使用する。


 指一本も動かせない拘束をされた彼女だが――


「ひっどいなぁ、いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて。私じゃなきゃ死んでるよ?」


 次の瞬間には鎖の中から消えており、十メートル先の地点に立っていた。まるでダメージはないようで、飄々と軽口を叩く始末。


 心のうちで舌を打つ。ダメ元で拘束を試みたが、無理そうだな。


 彼女は続ける。


「というか、私が見えてるんだね。いやぁ、驚きだわ。私の魔力は、他の魔法司たちの目だってくらませるのに。あなた、本当に人間?」


 ケラケラと笑う少女のセリフは、オレの予想を確信に変えるものだった。


「オレに何の用だよ、金の魔法司グリューエン・リヒト」


「やっぱりバレてたかぁ。どうして分かったの?」


 そう。目の前にいる金髪少女こそ、オレ――否、カロンにとって最大の障害たる『西の魔王』その人だった。


 何故、絶賛封印中の彼女がココに存在するかは分からない。しかし、オレやカロンにとって悪い展開なのは確かだった。


 さっさと叩き潰しておきたいんだけど、万全を期すためには、もう少し時間が必要だ。だから、口を動かす。


「実体と魔力体の違いくらい容易に分かるさ。それに、お前のまとう呪いは禍々しすぎる」


 第一に、肉体のすべてを魔力世界へ捧げた魔法司は、魔力体と化している。精霊とは違って目視はできるみたいだが、その差異を見破れないほど節穴ではない。ガルナのように実体化していないなら、なおさら判別しやすかった。


 第二に、呪いだ。世界全体に呪詛をバラ撒く『西の魔王』だからか、目前の彼女も呪いを放出していた。今まで見たどんな呪いよりも黒い。表面こそ軽薄さと笑顔を装っているけど、この女の中身は底なしの深淵だった。


 オレの返答を聞いたグリューエンは「違う違う」と首を横に振る。


「どうして、私が見えるのか・・・・・って訊いてるんだよ」


「うん?」


 彼女の意図が理解できず、僅かに眉を寄せるオレ。


 言い振りからして、何かしらの認識阻害魔法を発動している? でも、術に抵抗した感覚はないし、魔法を行使したような魔力の動きもない。


 ……いや、違う。こいつはさっき『魔力が目をくらませる』みたいなことを言っていた。つまり、グリューエンの魔力は、それ自体が認識を阻害する効果を持っている?


 言われてみると、彼女の発する魔力は、些かまぶしさに似た何かを感じる気がする。


 マジかよ。魔力自体が効果を持つなんて反則技、聞いたこともないぞ。というか、ガルナの情報にもコレはなかった。


 他の魔法司に隠していたのか、封印された影響かは知らない。だが、対グリューエンの戦術を見直すべきだろう。オレには効果が薄いようだけど、オレ以外には効果を発揮するのなら暗躍され放題だ。すさまじく面倒くさい。


 まぁ、この場で始末できれば新たに考える必要もないんだが……はたして、どうなるかな。


 とりあえず、グリューエンを隔離しよう。


「さぁな。見えるものは見える。それだけさ」


 軽口を返しながら、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を展開した。

 

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