Chapter7-4 少女たちの献身(6)

「ここは……?」


 気がつくと、わたしは真っ黒な空間に立っていた。上下左右見渡しても黒く、何一つ物が見当たらない。真っ暗闇というわけでもなさそうだ。何せ、わたし自身の手足が見えているんだから。光源がなかったら、自分の体さえ目に入らない。


 摩訶不思議な空間にポツンと一人で立っている状況。あり体にいって異常事態だった。たしか、ダンジョンボスと戦っていたはず。途中でマイムちゃんが暴走してしまい、魔力が枯渇して気絶してしまったんだ。だのに、どうして、こんな場所にいるんだろう。


 いくら思考を回しても、答えは出そうにない。とりあえず、手掛かりを探すしかなかった。


 ほとんど当てずっぽうでさ迷う・・・こと幾許か。ふと、音が耳に届いた。ゴゥゴゥという何かが燃え盛るモノ。加えて、それに紛れて微かな泣き声も聞こえてきた。


 誰かいるかもしれない。そんな希望を抱いたわたしは、自らの聴覚を頼りに駆けた。


 幸い、わたしの感覚は正しかったらしく、走り出してから数分で目標を見つけた。大きく荒々しい赤い光と小さくて弱々しい青い光を。


 わたしは嫌な予感を覚え、脚に込める力を増やした。若干だけど速度が上がり、あっという間に光の正体があらわになる。


 二つの光は精霊だった。それも、わたしのよく知る二人。


 青の方は、考えるまでもなくマイムちゃんだった。その場にうずくまって顔を伏せ、両手で耳をふさいでいる。声になるかならないかの微妙なラインで嗚咽を漏らしており、それに合わせて彼女が発する仄かな光も明滅していた。吹けば消えてしまいそうな、ロウソクの炎の如き灯だ。


 一方の赤は、暴走時のマイムちゃんだった。伏して縮こまるマイムちゃんの目前に仁王立ちし、イラ立たしげな面持ちで眼下の水精霊を睨めつけている。その憤怒を表すかのように、強烈な赤い光と大量の炎を全身より巻き散らしており、それらがおもむろにマイムちゃんを取り囲んでいった。


 その光景を見たわたしは直感する。ここはマイムちゃんの心の中ではないかと。今まさに、『彼女の心が“内側に巣くう何か”に食われようとしているのではないか』と考えた。


 わたしは全速力で駆けた。周囲に舞う火焔かえんの一切を無視して、マイムちゃんを抱きかかえて火の精霊より距離を取る。その際、炎によって多少の火傷を負ってしまったけど、マイムちゃんを救助するための必要経費だ。


 相当長い間、彼女は炎にあぶられていた様子。気絶はしていないようだけど、ぐったりしていて会話は交わせそうにない。


 わたしはマイムちゃんを胸元に抱き締め、キッと火の精霊を睨んだ。相手はわたしの登場をまったく想定していなかったようで、かなり驚いた態度を取っていた。目玉がこぼれんばかりに瞠目どうもくし、その場で立ちすくんでしまっている。放出し続けていた火焔かえんも、この時ばかりは停止していた。


 その隙に戦闘態勢を整えつつ、わたしは火の精霊に問いかける。


「あなたは何者なの? どうして、マイムちゃんを傷つけるの?」


 尋ねておいて何だけど、彼女のおおよその正体は察していた。マイムちゃんが何の実験を受けていたのか、その可能性をゼクスさまから聞いていたために、想像は難くなかった。


 マイムちゃんに“体の中にいる何か”の話を聞いた時、最初は『膨大な力を制御し切れていないのかな?』と思っていた。でも、こうして火の精霊と対面して理解する。アレ――いえ、彼女は明確な意思を持っている。確固たる個の存在だ。


 たぶん、実験でマイムちゃんと合成された火の精霊、その魂が彼女の正体なんだろう。


 であれば、後者の理由も、自ずと理解できてしまう。合成されてしまった恨みを晴らしたいのか、体の主導権を奪おうとしているのか、はたまた両方か。いずれにしても、マイムちゃんを害するつもりなんだと思う。


「――」


 わたしの問いに、火の精霊は答えない。もしかしたら、声を出せないのかもしれないが、意思疎通が図れないのは確かだった。


 困った。コミュニケーションが取れるのなら、交渉しようと考えていたのに。


 正直、被害者とも言える彼女を害したくはなかった。何かしらの妥協点を見つけ、事態の収束を目指そうとしていたんだ。だのに、これでは、戦う以外の選択肢がなくなってしまう。


 覚悟を決めるしかない? そう、半ば諦めていた時だった。不意に流れ込んできたんだ、多くの感情が。


 まずは激怒。しかし、そこでは止まらない。その中には煩慮はんりょや後悔、期待なども混ざっていて、必ずしもネガティブな感情とは言えなかった。これは何というか……老婆心? 親が子へ必要以上の注意をしてしまう風な、不器用な愛情が感じられた。


「へ?」


 思わず声が漏れる。


 ま、まさか、火の精霊はマイムちゃんを嫌っているわけじゃない? むしろ、心配して色々手助けしようとしているの?


 ――コクリ。


 タイミング良く、対面の火の精霊が頷いた。


 もしや、向こうの感情が流れ込んできているみたいに、こちらの思考も伝わってる?


 ――コクリ。


 またしても首肯する火の精霊。わたしの予想は間違いないらしい。


 これは予想だにしなかった展開だった。火の精霊がマイムちゃんの味方だったなんて。


 そういえば、『自分が身の危険を覚えた時、“何か”が這い上がってくる』とマイムちゃんが言っていた気がする。もしかしなくても、彼女を守るために表に出ていたんだろう。


 となると、分からないのは、何故にマイムちゃんを炎であぶっていたのか。それがなければ、こうも勘違いしなかったのに。


 すると、再び火の精霊より感情が流れ込んでくる。言語化は難しいけど、心配と期待が大きい。


「……マイムちゃんを鍛えるため、とか言わないよね?」


 ――コクリ。


 恐る恐る尋ねたところ、即座に頷かれてしまった。


 マジかぁ、マジかぁ……。


 頭を抱えたい気分に駆られる。


 話を聞く限り、気の弱いマイムちゃんの成長を促そうと、あえて厳しく当たっていたんだと思われる。


 たしかに、マイムちゃんの特異性等を考慮すると、今の彼女のままじゃ生き抜くのは難しそうではあるけど、不器用にも程がある。まだ幼い子なんだから、もう少し接し方を工夫すれば良いのに。


 気を張っていたのがバカバカしくなり、溜息を吐いた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る