Chapter7-2 校外学習(8)

 十秒後。十キロメートル以上の道のりを踏破し、オレは戦場へ駆けつけた。


 そこは、まさに死戦の場だった。駆けつけた教師陣とユーダイ率いる学生組が、それぞれ魔獣を一体ずつ相手にしているようだったが、どちらの戦況も芳しくない。


 特に、学生組は満身創痍だ。僅かな時間しか経過していないにも関わらず、前衛のユーダイとリナ、ユリィカの三人は全身より血を流しており、唯一の後衛だったマリナは魔力をほとんど使い果たしたせいで顔を真っ青にしている。


 魔獣と戦っていたのはこの四人のみ。他にいた六人の学生は、恐ろしい強敵を前に震えて縮こまっていた。


 叱責したい気持ちが湧いてくるけど、一般生徒相手に戦えというのは酷というもの。再三言うが、いくら学園の成績が優秀でも、彼らは初めての実戦なんだ。何段も格上の敵を前に、勇気を振り絞れる者なんて一握りしか存在しない。


 学生組よりマシとはいえ、教師陣もボロボロだ。レベル差30以上もあったんだから、当然なんだけれど。道中、片手間ながらも援護射撃をしておいて正解だった。でなければ、今頃全滅していたかもしれない。


 チッ。どうして、こんな不測の事態が起きるんだ。昨晩のうちに、念のためにと用意していた対策が、見事に空振りに終わってしまったではないか。


 内心で悪態を吐きつつ、オレは速度を維持したまま戦場へ飛び込む。そして、前衛に牙を向ける魔獣二体を容赦なく蹴り飛ばした。


 グシャリという不快な感触を感じつつ、脚を振り抜く。


 蹴りを食らった箇所が吹き飛び、魔獣の体はバラバラに爆散した。ボトボトと臓物をまき散らして沈黙する。


 神化状態の攻撃を受けたんだ。どんな魔獣だろうと耐え切れるはずがない。むしろ、蒸発しなかった方が驚きだった。物理に強い耐性でも持っていたか?


 ここで初めて魔獣をしかと認識する。


「なんだ、こいつ」


 思わず声が漏れた。


 魔獣とは、野生の動物が大気中の魔素を吸収し、変質した生物である。ゆえに、多少の構造の違いはあれど、ベースは動物なんだ。


 だのに、今しがた吹き飛ばした魔獣は、あまりにも異質だった。獅子の顔、熊の前足、馬の胴体に後ろ足、蛇の尾などなど。どれ一つを取っても、同一の生物ではなかった。まるで、創作物に登場する合成生物キメラのよう。


 ――いや、今は魔獣の死骸に注目している時間はない。ケガ人もいるんだから、さっさと撤退してしまおう。調査ならば、あとでタップリ行えば良い。


 オレは魔獣の死骸を【位相隠しカバーテクスチャ】に回収。背後にいる面々へ顔を向けた。


 みんな、その場で腰を抜かしていた。死闘より生き抜いたため、無理もない。オレも休ませたい気持ちはあるんだが、この場で休憩を取らせるのは難しかった。心を鬼にして、彼らをたしなめる。


「疲れたのは分かるけど、立ってくれ。さっさとダンジョンの外へ脱出するぞ」


「「はい」」


 オレとの修行によって習慣が染みついていたのか、マリナとユリィカが即座に返事をする。戦闘疲れを感じさせない、引き締まった声だった。他の連中が目を丸くしている。


 その後に続いて教師陣が応諾し、怯えていた学生たちのフォローに回る。


 最後、複雑な表情を浮かべるユーダイとリナが、そろそろと近づいてきた。


「すまない、助かった」


「気にしないでくれ……って言っても無理か。礼は受け取っておく。今はさっさと撤退しよう」


「……嗚呼、分かってる」


 憤懣ふんまんやるかたない、そんな態度だな。まぁ、オレへ向けられた怒りではなく、自身の不甲斐なさを憎んでいる感じだが。


 撤退準備はテキパキと進められた。とはいえ、戦闘に加わっていたメンバーは、大半がケガを負っているせいで動きが鈍い。今の面子に光魔法師はいないため、応急処置程度しか治療が行えないんだ。さすがのオレでも、そちらの方面は補えない。せいぜい、精神魔法でケガの痛みを誤魔化すくらい。


 おおよそ一分で準備は整った。オレを先頭、教師陣を殿として撤退を開始する。


 道中は、先程までの戦いが嘘のように静かだった。先のキメラを恐れたのか、他の魔獣たちの姿さえ見えない。


 嵐の前の静けさとでも言うのか。オレは直感で『何か起こる』と踏んでいた。神経を研ぎ澄まし、いつでも問題に対処できるように構えておく。


 そして、その勘は正しかった。


「ぐがああああああ!!!」


 第二層へ続く階段の目前。再び、突如として魔獣キメラが現れたんだ。それも隊列の横合い、ダンジョンの壁の中からゴーストの如く飛び出して。


 なるほど。壁を通り抜ける手段は置いておくとして、ダンジョンの床や壁は魔力の奔流だ。そこに潜んでいたのなら、オレの探知に引っかからないのも無理はない。


 不意を打ってきたキメラが襲うのはユーダイだった。獅子の牙を煌かせ、その喉笛を掻っ切ろうとする。


 対するユーダイは「え?」と間抜けな表情を浮かべていたものの、とっさに剣を取って防御姿勢を構えてはいた。


 だが、キメラの攻撃にはあまりにも無力。あのままでは簡単に突破されてしまうだろう。彼の喉はいとも容易く千切られてしまうだろう。


 ――オレが見逃せば、の話だが。


「ハッ」


 短い呼吸音とともに、オレは手刀を振り抜く。魔力の斬撃が飛び、キメラの首を斬り裂いた。


 最後の足搔きと言わんばかりに、頭のまま襲いかかるキメラだけど、それも予想済み。【圧縮】を発動して、愚かな獣を地へ叩き落とした。


 キメラが完全に沈黙したのを認め、オレは撤退を再開しようと――!?


「ユーダイ、下だ!」


「ッ!?」


 斬り落とした頭の影、地面の下から、キメラの尻尾らしきものが飛び出してきた。それがユーダイの足元を狙う。


 即座に忠告して駆け出すオレだが、敵の方が早い。ユーダイも不意打ちだったせいで固まってしまっている。これは間に合わないッ!


 ところが、キメラの尾がユーダイに触れることはなかった。


 何故なら、オレよりもユーダイに近く、ユーダイよりも早く動いた者が阻止したため。


「ユーダイくん!」


 マリナだった。たまたま彼の背後にいた彼女は、とっさに彼を突き飛ばしたんだ。それによって、尾の軌道はユーダイから外れる。


 しかし、その代償は重かった。


「キャッ」


 勢いあまって尾の正面に躍り出てしまったマリナは、足首をキメラの尾に絡め取られてしまう。そして、床の中に引きずり込まれ始めてしまった。今の一瞬で、膝丈まで沈んでしまっている。


「間に合えぇぇぇぇ!!!!」


 オレは全力で駆け、ギリギリでマリナの腕を掴んだ。


 ただ、そんな体勢で踏ん張れるはずもなく、抵抗する余力はない。マリナに続いてオレまでも床に吸い込まれていく。


 周囲の悲鳴が聞こえるが、構っている暇はない。


 オレは残された時間を活用して、声を上げた。


「ユリィカ! カロンたちに、自分たちの仕事をこなせと伝えろ!」


 残るメンバーの中で一番カロンたちと親しい彼女なら、無事に伝えてくれるはずだ。


 直後、オレも完全に床に呑み込まれ、視界は闇に染まった。

 

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