Chapter6-2 トーナメントに向けて(6)

 その日の夜。彼女・・の私室の外、バルコニーにオレは出ていた。残暑も消え始めた頃ゆえに、陽が落ちた時間帯となれば些か肌寒い気温になってくる。


 それなのに、どうして外に出てきたのかと言うと、先客と話をするためだった。


 はたして、そこにいたのはミネルヴァだった。部屋の主たる黒髪の少女は、バルコニーの柵に両手を乗せ、満天に輝く星々を見上げている。


 星空を眺める美少女。彼女の幼めな容姿も相まって、その光景はとても映える。この瞬間を切り取って絵画にすれば、きっと後世に継がれる芸術となるだろう。


 誰もが見惚れる場面ではあるが、いつまでも立ち止まってはいられない。無粋だと感じつつも、オレはミネルヴァの横に歩を進めた。


「……」


 オレが隣に来ても、彼女は反応を示さなかった。こちらに気づいているにも関わらず、ただただ真っすぐ空を見上げている。


 ここで急ぐ必要もない。オレはミネルヴァのペースに合わせ、共に星空を見つめることにした。


 空を眺める以外は何もしない、久方振りのゆったりとした一時。普段なら――一人ならば暇を持て余しそうな時間でも、婚約者と一緒にいるだけで感じ方が違ってくる。肌寒さを忘れるほど、心温まる何かがあった。


 こうしていると実感する。オレはミネルヴァを大切に想っているんだと。この数年の歳月を共にすごし、オレは彼女にも恋をしたんだと自覚する。


 前世の記憶を持ち合わせているのに、何とも気の多い男だと我ながら呆れてしまう。だが、感情とはそういうもの・・・・・・だ。思うがままにはならないからこそ律しようと努力を重ねるし、尊重すべきものとして扱う。


 ……オレが語るセリフではないか。日本なら、間違いなくクソ野郎だもの。


 オレの心はひとまず置いておこう。今はミネルヴァを優先したい。


 ここに足を運んだのは、ミネルヴァを心配しての行動だった。魔駒マギピースの反省会以降、気落ちした気配のままだったため、様子を窺いに参ったわけである。


 無言で空を見つめ続ける彼女は、やはり煩慮はんりょの感情が見受けられた。


 しばらく両者の間には沈黙が降りていたが、不意にミネルヴァが口を開いた。


「……何の用よ」


 どこか不貞腐れた風な声音で、空へ視線を向けたまま問うてくる。


 ただ、その裏に隠れた感情には、僅かな喜色が含まれていた。オレが姿を見せてからソワソワしていたし、心配してもらえて嬉しいといったところかな。相変わらず、素直ではない子だ。


 いつもの可愛らしい一面を微笑ましく思いつつ、オレは返答する。


「悩みごとがあるなら、相談に乗るよ」


 彼女はひねくれ屋だ。遠回しに尋ねても、強がって黙り込んでしまうだろう。まぁ、ストレートに尋ねても結果は同じかもしれないけど、直球な分、ゴリ押しで聞き出せると思う。


「別に、何もないわ」


 案の定、ミネルヴァは否定した。思いっきり感情を揺らしているくせに、外面だけは冷静に振舞っている。


 というわけで、ゴリ押し路線だ。


「悲しいな。婚約者に嘘を吐かれるなんて」


 シクシクと口で溢しながら、目元を手で覆う。


「ふざけてるなら、出てってほしいんだけれど……」


 わざとらしい態度にイラ立ったのか、ここに来て初めてミネルヴァはコチラを見た。


 待ちに待った状況を逃すオレではない。即座に彼女の両手を握り、その場で膝を突く。見ようによっては、騎士が姫へ忠誠を誓うようなポーズだった。


「な、何してるのよ!?」


「ふざけてないよ。真剣に、キミの力になりたいんだ」


 戸惑いの声を漏らす彼女を真っすぐ見つめ、オレは真摯しんしな態度でセリフを紡ぐ。


「何か思いつめてることがあるんだろう? なら、その重みをオレにも分けてくれ。オレたちは婚約者じゃないか」


「自分の力で解決しなくちゃいけないことよ」


「それでも聞かせてくれ。無理やり何かしようとはしないと約束する。誰かに話すだけでも、気が紛れることだってあるぞ」


「……」


「ミネルヴァ」


「分かった、分かったわよ、話してあげる! これでいいでしょう? さっさと手を離してちょうだい」


 ジッと見つめ続けると、彼女は観念した。頬を赤く染め、こちらの視線から逃れるようにソッポを向く。


「ありがとう」


「ホント強引よね、あなたは。もっと気を遣ってほしいものだわ」


「気をつけるよ」


 頬を膨らませて愚痴を溢すミネルヴァ。それに、オレは苦笑いで返す。


 とはいえ、文句を言いつつも、彼女の感情は明るめの色だ。強引には違いなかったけど、本心より怒っているわけではない模様。ホッと一安心である。


「仕方ないから話してあげる。そんな大層な話でもないけどね」


 オレが手を離すとミネルヴァは居住まいを正し、そう前置きしてから言葉を重ねた。


「最近、自分の実力不足を痛感してるのよ。オルカには魔力操作が、ニナには剣術が、シオンには隠密が、マリナには精霊魔法が……そして、カロラインには光魔法が。他のみんなには突出した長所がある。でも、私にはないわ。五属性の適性は有してるものの、それらを十全に扱う才能はあるものの、みんなほど尖ってはない。魔法というくくりで考えるなら、カロラインやオルカの方が特化してるわね」


 確かに、ミネルヴァに尖った才能はない。すべてを満遍なく高水準でこなせるのが彼女の長所だった。


 とはいえ、それが実力不足に直結するわけではない。彼女は十分に強い。万能は万能で素晴らしい才知だと思う。


 オレの内心を悟ったのか、ミネルヴァは「分かってるのよ」と続ける。


「特化してなくてもいいことは理解してるわ。私には私の強さがあるとも。ただ、そうだとしても憧れてしまうのよ、カロラインたちのような突出した何かに。私ならではの特別な何かを求めてしまうの」


 理屈ではなく感情の問題、か。


 ミネルヴァの悩みは把握した。自力解決を目指すという先の意見も納得できるし、それをオレも尊重したい。


 ならば、ここで返す言葉はコレしかないだろう。


「応援するよ、ミネルヴァの何かが見つけられるのを。協力も惜しまない」


「他人の力を借りちゃ、意味ないわ」


「相談に応じるだけなら問題ないだろう? 対話した方が意見もまとまると思うぞ」


「むっ、それは確かに……」


 彼女が“何か”を求めて努力を重ねるのなら、オレはそれを全力でサポートしたい。ゆえに、どこまでも協力する気概でいた。


 こちらの指摘は、容易に切り捨てられるものではなかったよう。少しの逡巡を挟み、小さく溜息を吐く。


「分かったわ。こちらとしては願ったり叶ったりの申し出だものね。たまに、相談に乗ってちょうだい」


「承ったよ」


「ありがとう。……ホント、強引よね」


 やや唇を尖らせるミネルヴァ。


 オレは肩を竦める。


「嫌だったかな?」


「……意地悪な婚約者ね。そういうところは嫌いよ」


「ごめんごめん」


 不機嫌そうな表情を浮かべた彼女は、再び空を眺める。


 それがポーズだとは分かっていたので、軽く謝罪をしながらオレも彼女にならった。


 星々の輝く天球。オレたち二人は、そんな宝石箱を一緒に鑑賞するのだった。

 

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