Chapter6-2 トーナメントに向けて(3)
耳の横を風切り音が通り抜ける。頬を撫でるそれは冷たく、程なくすれば秋が到来するだろうことを予感させた。
オレは今、王都の上空にいた。おおよそ高度五百メートルあたりに、魔力の足場を実体化させて立っていた。
眼下に広がる街並みは暗い。日付もとうに切り替わった深夜、丑三つ時と言い表せる時間帯とあって、すでにヒトの営みは停止している。いくら魔法技術が発展していても、一日中街が稼働するなんて現代みたいな状況にはならないようだ。
「さすがに冷えてきたな」
待機時間は五分ほどだが、この後に動き回る予定を考慮すると、手足の末端が
足場を一瞬だけ解き、オレを囲う透明な立方体に構築し直した。結界にも似ているけど、仔細が異なる術である。
『包囲が完了いたしました』
『了解した。作戦開始は予定通りの時刻。ただし、監視役の判断によっては、前倒しする可能性も考慮すること』
『承知いたしました』
部下から【念話】による報告があげられたため、こちらの命令を下した。
今の会話で察する者も多いだろう。オレたちは捕り物を実行しようとしているんだ。今晩にこの王都で集会を開く、魔王教団の連中を一斉摘発するのである。
群衆に紛れる彼らの動向を、どうやって突き止めたのか。言うまでもない気はするが、原作知識だった。近日中、彼らが
見事に引っかかった教団連中は、もうじき部下たちに捕らえられる。包囲網は構築されたと報告されたので、もはや彼らに逃げ道は存在しない。
オレが出張ってきたのは、万が一に備えるためだった。『西の魔女』のような転移魔法の使い手が、まだ魔王教団に残っているかもしれない。確率は低い上に、いたとしても今回は姿を現さないだろうけど、否定できない以上は用心をしたかった。
「時間だな」
作戦開始の時刻が迫ってきたので、オレは【
少し前までの【
「誘拐のプロフェッショナルだな」
自嘲気味に溢すオレ。
……自分で言っておいて何だが、とても不名誉だ。今後は、二度と口には出さないでおこう。
王都を丸々コピーはしたから、目に見える景色に変化はない。だが、確実にここは現実ではない位相の世界だった。
一分も経たないうちに、街の一画より爆発音が発生する。どうやら、強襲が始まったらしい。一方的に制圧が完了するかとも考えていたけど、相手側にも腕に覚えのある者がいた模様。多少とはいえ、戦闘音が響いた。
ただ、フォラナーダの人材は途方もなく強い。暗部は五、六人でドラゴン一匹倒せる腕前なんだ。“腕に覚えがある”程度では瞬殺されるに違いなかった。
オレの予想は正しく、数秒後には派手な音も鳴り止んだ。【
『制圧を終えました』
『ご苦労。生き残りは尋問にかけろ。手加減はいらない』
『ハッ! 承知いたしました』
戦果報告と同時に術を解いた。パッと見は変わらないが、世界を覆う魔力は消える。
あとは尋問の結果次第だな。
相応の時間を要するだろうから、屋敷にも帰るとしよう。朝は学園もあるし、軽く仮眠を取っておくべきだな。
オレは【
早朝。仮眠から目覚めてすぐに、尋問の成果を聞くことになった。二十を超える人数がいたため、些か手間取ったようだけど、情報をすべて吐き出させたらしい。たった三時間で仕事を完遂するとは、さすがだな。
まず前提として、今回確保した連中は、教団でも下っ端ばかりだった。多少立場が上の者もいたみたいだが、どんぐりの背比べ程度の差しかなかったよう。ゆえに、得られた情報も大半が大したモノではない。
それでも、あらかじめ知っておきたかった内容はあった。それは、十一月末に教団連中が実施する『悪魔召喚の儀式』である。
報告をあげてきた部下は半信半疑といった様子だったけど、オレは違った。この儀式は実際に行われ、成功する。
というのも、原作ゲームの聖女サイドのイベントなんだよ。学年別個人戦の優勝者が表彰される際、突如として悪魔の群れが王都中に襲いかかるという内容。
一体一体はさほど強くないため、最初こそ応戦する学生や聖王国の騎士たち。しかし、悪魔たちは倒しても倒しても数が減らないせいで、徐々に犠牲者が増えていく。
そんな中で活躍するのが、聖女と攻略対象のジグラルドだ。特に後者。デイマーン家は召喚儀式を扱っていた魔法師の末裔で、彼だけが召喚された悪魔を退散させられるんだ。ジグラルドは聖女と協力して、王都の皆を救うわけである。
魔王教団の話が真実なら、やはり原作通りにイベントは発生するらしい。
王都中を巻き込む事件ゆえに、できれば事前に芽を摘んでおきたい――が、この件は悩ましい問題だった。
何せ、聖女のイベントだ。下手に潰すと、彼女の物語に悪影響が及ぶ可能性がある。この一件は聖女の強化イベントの要素もあるので、不用意に触れるのは避けたかった。
カロンたちの安全が最優先なのは間違いないんだけど、目先の利益を取ると、最終目標である『西の魔王の封印』が失敗するかもしれない。うーん、どうしたもんかな。
「とりあえず、保留だな」
儀式のアイテムの所在が不明である以上、イベントを潰す方を選んだとしても、現時点では手の出しようがない。王都の警戒を上げるくらいか。
問題の先送りにしかならないけど、まだ二ヶ月ほど猶予は残されている。その間に解決策を考えておこう。
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