Chapter5-6 夢は泡沫(1)

 対トップクラブ戦の当日となった。試合を行うのは学園にあるもっとも大きなステージ。以前にトップクラブの見学で訪れた、ロングゲーム対応の舞台だった。


 試合前。チーム同士の挨拶を交わすため、オレたちは会場の広いロビーに集まっていた。といっても、こちらがフルメンバーそろっているのに対して、あちらはスタメンと十数人の控え程度だが。


 これは仕方ないことだ。トップクラブにもなると、所属人数はとても多い。足切りは当然しているけど、それでも百人近い規模がある。到底、この場に全員集合させられなかった。


 向こうの部長兼トッププレイヤーたるジェットが、キザったらしい笑みを浮かべながら近づいてくる。歩き方も堂々としていて、全身から自信が溢れ出ていた。


 高邁こうまいを心掛けるのは別に構わないんだけど、もう少し自重してほしい。こういうタイプが大嫌いなカロンが、イラ立ちの感情を滲みだしてるんだよね。


 まぁ、素でやってるみたいなので、注意したところで無駄だろう。カロンも今のところは上手くイライラを抑えられているし、爆発する前にさっさと挨拶を済ませてしまおう。


 十分接近したジェットは貴族の礼をする。


「ごきげんよう、フォラナーダ伯。本日はよろしくお願いします」


 そのまま右手を差し出してきたので、オレも礼をしつつ、その手を握る。


「ごきげんよう、ジェット殿。本日はこちらのために貴重な時間を割いていただき、感謝する」


「いえ。魔駒マギピース製作者の監督するチームと戦えるまたとない機会。こちらこそ、試合を申し込んでいただき、感謝したいくらいです」


 握手を解いたタイミングに溢したジェットの発言に、その場にいた多くの者が瞠目どうもくする。というより、フォラナーダのメンバー以外は、ギョッとオレへ視線を集中させた。


 この様子を見るに、ジェットは部員の誰にも、今の情報を語っていなかったらしい。他人のことをとやかく言えないけどさ。


 オレは肩を竦める。


「やっぱり、知ってたか」


「当然でしょう。このゲームを敬愛している者なら、誰だって製作者を調べますよ。そちらも積極的に隠しているわけではなかったようですから、少し手間をかければ製作者名くらいは判明します」


 彼の言う通り、オレとノマが魔駒マギピースを制作したことを隠蔽はしなかった。今さらこの程度の情報が漏れたところで、大勢に影響は及ばないからだ。それに人手を割く方が惜しい。


 ただ、話を広めてもいなかった。フォラナーダ城の面々やウィームレイ、学園長、あとはその周囲の幾人かくらい。


 そこより情報を拾い上げるのは、『少しの手間』で済む労力ではないと思う。実際、魔駒マギピースに青春を注いでいる他のトップクラブのメンバーは、誰一人としてオレのことを知らなかったみたいだし。


 想定内の出来事とはいえ、やはりこの男は優秀だと実感する。


 自身の実力や他者を見極める眼、情報収集能力。これまで判明している能力も上々だが、指揮能力も高い。何せ、先の一言のみで、自陣の部員たちの心を引き締めたんだから。


 オレたちと顔を合わせた当初、ジェット以外の面々の士気は低かった。おそらく、底辺クラブ相手の試合ゆえに、モチベーションが上がらなかったんだろう。


 それを、絶好のタイミングに絶好の事実を伝えることで百八十度塗り替えた。機微を読むのが上手い証拠だ。


 なおのこと、性格の残念さが浮き彫りになるけど、そういう思考になっても不思議ではない能力を持っているのが厄介だな。


 オレとの挨拶を終えた彼は、今度はローレルの方に向き直った。


「ローレル嬢。お互い、部長として背負うものも多いとは思うが、本日は悔いのない試合をしよう」


 そう爽やかに言って握手を交わした。


 当のローレルは、


「は、はい! お互いに頑張りましょう!」


 と、嬉しそうに言葉を返している。


 こいつ、ナルシストのくせに、空気を読むのも上手いのか。


 地位や経験の差を考慮して、ここまでオレが指導を続けてきたけど、本来のクラブの長はローレルだ。彼は、そんな彼女の顔を立てたのである。


「ふっ、私くらいの実力なら、常に百パーセントの力を引き出せるものさ。試合中、私の優雅な動きに見惚れないよう、注意したまえ」


 何で、彼は性格が残念なんだろうな。空気を読めるなら、あんな発言できないはずなんだけど。


 どうどう、カロン。イラ立つのは分かるけど、今は飛び掛かっちゃダメだよ。




 まぁ、こういった一幕を挟みつつ、ついに魔駒マギピースの試合が開始される。プレイヤーは各々の配置につき、オレたち見学者は観客席へと移動するのだった。








「やぁ、ゼクス」


 オレ、オルカ、ミネルヴァが観客席に辿り着くと、そこには先客がいた。


 軽く手を挙げて挨拶をしてくるのは、何を隠そうウィームレイ第一王子だった。


 唐突な王子の登場に驚くオレたち三人――という、ベタな展開はない。今そろっているのは、いつもの面子の中でも魔法に秀でたメンバーだからな。彼の存在は、事前に探知術で察知していた。


 ちなみに、トップクラブの部員たちは、オレたちとは離れた席で観戦しているので、ウィームレイの存在には気づいていない。彼らがいたら、大混乱は必至だっただろう。


 三人でしっかりと挨拶を返した後、オレは溜息混じりに問う。


「ウィームレイは、どうしてここに?」


「キミに今日の試合の話を聞いた時から、ぜひとも観戦したいと考えていてね。学園長に無理を言って、ここまで通してもらったのさ」


「護衛はいるみたいだから文句は言わないけど、来るなら事前に連絡してくれ」


 彼の両隣にはフェイベルンの騎士の男が二人立っていた。オレに最敬礼しようとする辺りは相変わらずだが、実力的には申し分ない人選だ。学園長の許可も下りているともなれば、オレがとやかく言えることはない。


 とはいえ、当事者に黙って訪問されるのは困る。こちらにだって心構えは必要なんだからな。


「以後、気をつけるよ」


「頼むぞ」


 ウィームレイの軽すぎる返事を流しつつ、オレは彼の隣の席に座る。その際、護衛の一人はスッと場所を移動した。


 オルカとミネルヴァも、ウィームレイに恐縮しながらもオレの隣にそれぞれ座った。


 僅かな間を置いた後、再びウィームレイが口を開く。


「趣味が大部分だけれど、これも一応は仕事の内なんだ」


「仕事? 魔駒マギピース関連で、何かするのか?」


「興行化しようと考えているんだ」


「え、マジで?」


 予想外の話題に、オレは目を見開いた。


 以前、冗談でプロリーグが発足されるかもしれないと考えたことはあったが、まさか、こんな早くにフラグ回収されるとは思わなんだ。


 オレの吃驚きっきょうの反応に対し、ウィームレイはおかしそうに笑う。


「そんなに驚くことかい? 学園での魔駒マギピースの人気を考慮すれば、十分あり得る計画だと思うが」


「そうかもしれないけど……早くないか?」


「それほど人気ということさ。卒業生の中から、学園外で魔駒マギピースを行える場所を作ってほしいという要望が出ているくらいだ」


「マジか」


 そんなに魔駒マギピースは人気を誇っているのか。製作者としては誇らしく思える状況なんだろうけど、どうにも現実感が薄い。


「というわけで、今回は興行化を見据えた視察となる。キミの妹君の参加する試合となれば、大いに参考となるだろう」


「まぁ、見応えはあるだろうなぁ」


 ウィームレイのセリフに対し、オレは曖昧に頷いた。


 たぶん、カロンは今回もハンマーを使う。あれほど観客に衝撃を与える代物はない。参考になるかは別として、試合の見栄えは保障できた。


 こちらの内心なんて露知らず、ウィームレイは呑気に「それは楽しみだ」と首肯する。


 それから程なくして、広大なステージの両端に、カロンたちとジェットたちの両陣営が入場した。あと数分もしないうちにゲームが始まるだろう。


 じきに開始される試合を待ち遠しく思っていたところ、


「ゼクスさま」


 不意に、シオンがオレの背後へ現れた。ギリギリまで隠密で近づいていたんだ。


 オレは察知していたけど、他の面々は異なったらしい。全員が目を丸くしている。彼女の実力はすでに限界突破レベルオーバーしているからなぁ。無理もない。


 実は、シオン――と幾人かの部下――には、合宿中に超特急でとある調査を頼んでいた。彼女が姿を見せたということは、それが完了したんだろう。


 チラリと肩越しに振り返り、オレは察する。


「……そうか。ダメだったか」


 シオンの表情より調査結果を悟ったせいで、意図せず声に落胆の色が乗った。


 それだけ、今回の結果は望まないものだったということか。無自覚のうちに、オレも彼女・・を気に入っていたらしい。


 オレの言葉に、シオンもうつむき気味に答える。


「はい。何重にもチェックは行いましたので、間違いはないかと思われます」


 優秀な彼女らが断言するのであれば、疑いようはないか。残念ではあるけど、事実は受け入れるしかない。


 オレは心のうちに渦巻く複雑な心情を捻じ伏せ、シオンを労う。


「お疲れさま。無理をさせたな。今日はもう休んで……チッ」


 しかし、それは半ばで中断された。不愉快な者が探知術に引っかかったために。


「ゼクスさま?」


 オレが唐突に舌を打ったせいで、シオンが不安げに瞳を揺らした。


 いけない、落ち着こう。ナイーブな気分の時に不意を打たれたものだから、ついつい感情が乱れてしまった。


 一つ深呼吸をしてから、オレは彼女に【念話】で伝える。


『すまない。賊の侵入を感知したから、思わず反応してしまったんだ』


 対し、シオンは表情にこそ出さないものの、慌てた感情を漏らす。


『急いで部隊を送ります!』


『必要ない。すでに【銃撃ショット】で始末した』


 最近は状況が悪かったせいで使用できていなかったが、こういった集団戦においての有効札は【銃撃ショット】だ。広範囲を網羅できる上に死角を狙える魔法が、弱いはずがない。


 まぁ、これも完璧ではないんだけどな。


 昔は最強を豪語していたけど、アカツキとの修行で弱点が露呈した。


 まず、距離が遠いほど、発射までのラグが生まれる。一秒未満の世界ではあるが、実力者の領域では致命的すぎる間隙だろう。


 次に、気配に敏感な者には察知されること。魔力との親和性が高いエルフはもちろん、達人レベルの武人にも気取られる。アカツキのレベルともになれば、不意を打つのはまず不可能だ。


 最後に、相手の魔力領域の中には発射口を設置できない。たとえば、他者の結界内などが挙げられるか。敵が結界内に閉じこもった場合、外からぶち破るしかないんだ。


 大きな弱点はこの三つ。要するに、格上相手には【銃撃ショット】は通用しないわけである。


 ――と、ここまで【銃撃ショット】の価値を下げる言い回しをしたけど、前述した弱点が弱点足り得たのは昔の話だ。アカツキと修行を積んだお陰で、今のオレは世界最強を名乗っても問題ない実力者となった。【銃撃ショット】による暗殺が通じないのは、もはやアカツキくらいのものだった。


 だから、今回の賊も一瞬で一掃できた。


『数は三十六。魔力反応的に、おそらくエルフだろう。別回線で回収部隊には命令した。シオンは気にせず休憩するように』


 問題は、問題へと発展する前に解決した。大きな騒ぎにならない以上、疲労している彼女には、ゆっくり休んでほしい。


『しかし』


 ただ、シオンの立場からすれば、そうも言っていられないだろう。食い下がろうとする彼女。


『休んでくれ。お願いだ』


『うぐっ……承知いたしました』


 卑怯とは思いつつも、オレは彼女の気持ちを利用することにした。少し上目遣い気味にお願いをしてみたんだ。


 すると、効果は抜群。シオンは胸を抑えて了承してくれた。


 おお、男のオレがやっても気持ち悪いだけかと思ったんだけど、結構効果があるものだな。


 とはいえ、使用は控えよう。恋心を利用するとか、外道も良いところだし。


「何かあったのかい?」


 シオンが下がった後。オレと彼女の無言のやり取りを不審に思ったのか、ウィームレイが尋ねてきた。見れば、オルカとミネルヴァもコチラに訝しげな視線を向けている。


「何もありませんよ。彼女に休むよう告げただけです」


 オレは努めて冷静に答え、それから立ち上がった。


「少し席を外します」


「もうすぐ試合が始まるぞ?」


「大丈夫です。五分もかからないので」


 これまで上げられた情報にシオンたちの調査結果、そして今回の襲撃。敵の狙いが何となく見えてきた。


 ゆえに、オレは【位相連結ゲート】を開く。少しの細工を施すため。


 はたして、その行先は――――

 

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