Chapter5-2 クラブ活動(7)

 試合を終えたカロンたちと合流し、オレたちは帰路についていた。正門前まで学内馬車で移動し、フォラナーダの馬車へと乗り換える。


 この乗り換えが毎度面倒くさいんだけど、防犯を考慮すると我慢する他ない。馬車での敷地内外の通過が叶ってしまえば、それこそ誘拐が頻発しそうだからなぁ。


 敷地内もそうだったが、正門前でもクラブ勧誘は行われていた。ただ、他に比べて必死さが目立つ。


 無理もない。そも、学園生の大半は寮生である。こんな場所を通るヒトは少なく、勧誘に効果は望めない。つまりは、ここにいるクラブは、弱小ゆえに追いやられた者たちだった。


 ひとまとめにクラブと言っても、色々なものがあるからなぁ。先程まで見学していた魔駒マギピースのような人気クラブから、場末のガランドウなクラブまで。どうしても人数は偏ってしまうものだ。


 とはいえ、貴族相手に強引な勧誘を行える愚者はいない。進路に妨害は一切なく、オレたちは難なく馬車に辿り着ける――はずだった。


 現実は小説より奇なり。そんなコトワザがあるけど、目前の現象はその言葉がぴったり当てはまるだろう。何せ、オレの眼の前には土下座する女生徒がいるんだから。


「一生のお願いですぅぅぅぅ。どうか、どうかぁ、ウチらのクラブに入ってくださいぃぃぃぃ、お願いしますぅぅぅぅぅ」


「え、えーと……お願いしますぅ」


 しかも、その必死の懇願を行う輩の横に、まさかの知り合いがいた。露草色のストレートロングに兎耳を持った獣人、同級生のユリィカ・ホワィラヴ・ダシュプースがオロオロとしながら渦中に立っていた。


 推定平民に人前で土下座させる伯爵。……外聞が悪すぎる。何なんだ、こいつは。打ち首にされても文句は言えないぞ?


 しかし、隣には友人と呼べるユリィカもいるわけで。話も聞かずに切り捨てるのは宜しくない。


 弱小クラブしか周辺にいないので、そこまで人目が多くないことは幸いか。


「はぁ、分かった。話くらいなら聞く。とりあえず、土下座はやめてくれ。あと、場所を移すぞ」


「ありがとうございますぅ!」


 オレが溜息混じりに応じると、土下座女は今までの悲壮な感じを一転させ、飄々と礼を言ってきやがった。本当に何なんだ、こいつ。


「みんなはどうする?」


「ご一緒します」


 念のため、カロンたちに問うたら、即答された。他の面々も同意だと頷く。


「六名さま、ごあんなーい」


「はぁ」


「す、すみません~」


 意気揚々と先導する土下座女に、オレは再度溜息を吐く。


 アワアワとユリィカは謝罪しているが、付き合う相手は選んだ方が良いと思うぞ。








 案内されたのは、正門より程近いテナントだった。いや、これは小屋と言った方が良いかもしれないな。ボロボロの掘っ立て小屋。


 おそらく、土下座女の所属するクラブの部室なんだろうけど、あまりにも酷すぎる。弱小すぎて、ロクに予算を与えられていないらしい。


 パイプ製のイスとテーブルしか置かれていない室内に入り、各々が自由に座り込む。ギィィと悲鳴を上げるイスは、何とも哀愁を誘った。


「で、貴族相手にあれだけのことをしたんだ。よっぽどの事情があるんだろうな?」


 再犯を起こされては面倒すぎるので、かなり強めに威圧しておく。いくら友人とはいえ、そこに甘えられては困る。二度目はない。


「「ひぃ」」


 二人は短い悲鳴を上げ、その場で腰を抜かした。失禁は……大丈夫そうだな、良かった。


 その後、ユリィカが「すみません」を壊れたレコードの如く繰り返す機械に成り果ててしまったが、何とかカロンたちになだめて・・・・もらい、話を先へと進めた。


「う、ウチの名前はローレル・ラウルス・ロリエ言います。一応、魔駒マギピースクラブの部長を務めてます、よろしゅうお願いします」


 土下座女もといローレルは、どことなく関西弁チックな口調で自己紹介を行った。緑のショートヘアと茶色の瞳を見るに、風と土の適性持ちか。


 というより、ここって魔駒マギピースのクラブだったのか。先程までいたトップクラブとは雲泥の差だな。落差が激しすぎて目まいがするよ。


 彼女は頭を下げる。


「さっきは本当にすみませんでしたッ。今回のことはウチがユリィカはんを無理やり従わせただけなんで、彼女のことは許してやってください!」


「ローレル部長!?」


 ふむ。責任を負う覚悟はあったのか。


 でも、


「それほどの覚悟があるなら、最初からあんな手段は取るな。弁明する前に両者ともに斬り捨てられる可能性だってあったんだ。先程の行動は、あまりにも軽率すぎる」


「うぐっ、すみません」


「すみませんでした……」


 そろって頭を下げる二人。


 説教はこの辺にしておくか。ここまで言っても同じ過ちを繰り返すなら、薄情かもしれないが、本当に切り捨てれば良い。今は話を進めるのが先決だ。


「もういいよ。今は事情を話してくれ」


「はい。それでは、話させていただきます」


 オレが軽く手を振ると、ローレルは語り始めた。


 かなり大袈裟に語られたけど、簡潔に表すと『廃部の危機だから助けて』ということらしい。


 見た目通り、このクラブは全然活躍できていないらしく、今年度の部員はとうとうローレル一人。このまま体験入部期間が過ぎれば、廃部は確定なんだとか。


 必死こいてユリィカを勧誘したは良いものの、それ以上は梨のツブテ。どうしたものかと途方に暮れていたところ、オレたちの存在を思い出したという。


「何でオレたち?」


 オレが首を傾ぐと、ユリィカがおずおずと口を開く。


「困った時は頼っていいと仰っていたので……す、すみませんッ!」


 再び怒られるのかと考えたのか、首を縮こまらせて謝罪する彼女。


 対し、オレは額に手を当てて天を仰いだ。


 言ったな、確かに。ユリィカ勧誘の布石として言った。


 ちょっと安請け合いしすぎたかもしれない。とはいえ、今さら撤回するのも心証を悪くする。カロンたちにも顔向けできない。


 仕方ないか。


「分かった。オレはこのクラブに入ろう」


「「本当ですか!?」」


 ローレルとユリィカが身を乗り出した。


 オレは肩を竦める。


「二言はないよ。交わした約束は絶対に守る」


「ありがとうございますぅ!」


 心底嬉しかったようで、ローレルはこちらの両手を握り締めてブンブンと振り回した。


 オレはそれを苦笑いで振りほどいた後、カロンたちに目を向ける。


「カロンたちはどうする?」


「お兄さまが参加するなら、わたくしもご一緒します」


「右に同じ」


「弱小クラブの成り上がり。楽しそうだね!」


「フン。どうせ時間はあるんだし、少しくらいは付き合ってあげるわ」


「戦力にはならないだろうけど、お手伝いはしますよ~」


 愚問だったらしい。五人は、二つ返事で入部を決意していた。


 それを受けて、ローレルとユリィカは手を繋いで小躍りを始めてしまう。


 確か、クラブを存続するための人数は五人以上だったはず。これで、廃部の危機は一旦免れただろう。残る問題は――


「ゼクスさま」


「分かってるよ。でも、今は水を差したくない。喜ばせておこう」


 シオンの囁きに頷いた上で、その先を制止する。


 しばらくはクラブ活動で忙しくなりそうだな。クラブ結成で盛り上がる面々を眺めながら、そう静かに思考を回すのだった。

 

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