Chapter4-4 犯人の行方(2)

 一学年一学期の魔法実技の授業は、それほど本格的ではない。というのも、学園に慣れさせるため、クラス単位でカリキュラムが組まれているためだ。


 魔法実技は、属性はもちろん担当する役職や戦闘スタイルによって、教わるべき知識は変わってくる。それらが分けられていないクラスでの授業になると、教えられることも少なくなるんだ。


 そんなわけで、初の魔法実技の授業は、とても緩い空気で行われている。用意された的へ魔法を撃ち込むだけ。しかも、その撃ち込みさえノルマは存在しないから、たいていの生徒はグダグダ駄弁っていた。


 本気で授業をこなしているのは――


「うおおおおおおお!!!!!」


「「「「きゃー、勇者さま!!!!」」」」


 真面目を絵に描いたようなユーダイか、


「彼女と放課後を過ごすのは俺だ!」


「いいや、違うね。私だ!」


 聖女を取り合って勝負をしている攻略対象たち王子と本の虫くらいだろう。


 そう。聖女は本の虫――ジグラルドとすでに仲を深めている。報告を受けた際は驚いたものだ。ゲームでは一ヵ月ほど図書室に通い詰めないと仲良くなれなかったのに、入学一週間でかなり進展しているんだから。


 雑談していただけらしいけど、どんな手品を使ったのやら。


 そういえば、グレイ第二王子とも初日から仲良くなっていたな……。何となく違和感を覚えるけど、上げられる報告に不審点はない。ゲームと現実は違うってことか?


 まぁ、今は置いておこう。要観察だとは思うが、何よりも優先すべきことではない。


 現時点での重要事項は、やはりニナ関連の問題か。最近になって、彼女の周りが色々と騒がしい。これらが死の運命の布石ではないと良いんだが、楽観視はできないだろう。気を引き締めていこう。


「考えごと?」


 ふと、ニナが声を掛けてきた。授業風景をボーっと眺めていたオレの横に立ち、一緒に訓練場を見渡す。


「そんなところだ。そっちは、もういいのか?」


「うん。ユリィカの紹介は終わった。今は、みんなと仲良く話してる」


 ほぼ自習と変わらない時間を有効活用しようと、ニナはユリィカをカロンたちに紹介していた。


 気の弱いユリィカが倒れないか心配だったんだけど、ニナの様子を見るに、杞憂に終わったようだ。


 チラリとカロンたちの方を覗けば、ユリィカはあわあわ慌てているものの、和やかな雰囲気で会話ができている。


「一つ訊きたい」


「何だ?」


「例の誘拐犯がリナを狙ったのは、アタシのせい?」


 彼女には珍しい揺れる瞳が、オレに向けられた。


 獣人の学園生を誘拐し続ける犯人は、どういうわけかニナへの執着を見せている。ゆえに、顔立ちの似ているリナが標的になったのは、自分の代替品のつもりだったのではないかと推測したんだろう。


 オレたちの方が大事なのは変わらないが、妹への情が消えたわけではない。自分のせいでリナに危機が迫るのは、姉として許せない事態に違いなかった。


 確かに、そういう推理もできるが、オレは異なる推論を立てていた。


「あの男は、ニナを求めてるんじゃなくて、排除したいんだと思う。だから、リナが狙われたのは、一連の獣人誘拐の延長にすぎないんじゃないかな」


「根拠は?」


「昔、黒幕がプテプ伯爵を利用して仕掛けてきたことがあっただろう。彼に施されていた呪いは『ニナを襲え』だった。キミを手に入れたいのなら、『誘拐しろ』が適切だ」


「つまり、アタシが平穏に生きていることが、誘拐犯にとって不都合?」


「オレはそう考えてる」


 ただ、過去を一通り洗っても、ニナの生存を厭う者の影は見つけられなかったんだよな。彼女は軟禁されていたから、外部との接触も最低限だったみたいだし。


 でも、実際に命を狙われている以上は、勘違いでも何でもない。


 もしかしたら、原作ゲームで彼女が死んだのも、あの男が絡んでいた結果なのかもしれない。そう考えると、内乱の際に一枚噛んでいた可能性も考え得る。


 原作では思惑を達成されてしまったが、この現実では絶対に阻止してやる。


 オレの意見に納得したニナは、静かに胸を撫で下ろした。それから、今度は揺るぎない瞳でこちらを見る。


「今日から、放課後に街を見回ろうと思う」


「犯人探しか?」


「うん。向こうがアタシを狙ってるのなら、釣れる可能性は高い」


「それはそうだけど……」


 効率を重視するなら最適解だろう。だが、それはニナを囮にするということ。彼女を大切に想うオレとしては、あまり気が進まない手段だった。


「お願い」


 オレが渋っているのを察したようで、ニナは嘆願してきた。


 ぐぅ、上目遣いで切なそうに頼み込むのは、卑怯ではないかな。破壊力が凄まじすぎる。


 というか、こんな手法、誰から教わったんだ。何人か候補は浮かぶけど……あとでお説教しよう。


「はぁ、分かったよ」


 オレは溜息交じりに頷く。


「見回るのは許可するけど、オレも一緒だ」


 呪い対策の魔道具は、この数年でいくつも開発した。だが、昨晩の敵の装備や判断力を考慮すると、彼女を一人にするのは不安が残る。最大戦力のオレが傍につくのが得策だ。


 すると、ニナは些かためらう表情を浮かべた。


「それは……」


 彼女の躊躇ちゅうちょする気持ちは分かる。オレが一緒の場合、敵が現れる確率は大幅に下がる。向こうもオレが強いことは理解しているんだから。


 それでも、


「これだけは譲れないぞ」


 メリットとリスク軽減のどちらかを取るなら、オレは迷わず後者を選ぶ。大切な家族の安全に変えられるものはない。


 それに、オレの同行がまったく無意味なわけでもなかった。


 オレたちが見回るということは、その間はあの男も活動ができなくなる。十年も誘拐を続け、ここ最近では調子にも乗り始めていた輩が、長期間行動を制限される状況に堪えられるとは思えない。高い確率で、痺れを切らすと睨んでいた。


「……分かった。一緒に見回ろう」


 オレの翻意は望めないと理解したニナは、最終的に首肯してくれた。


 こうして、オレとニナの日課に、王都巡りが加わることになるのだった。









○●○●○●○●








 オレとニナの王都巡回が始まって、二週間ほど経過した。定番化しつつある行動に、今のところ成果は見られない。スリや女性に無理強いをする輩などを撃退する機会はいくつかあったが、肝心の誘拐犯はまったく姿を現さなかった。


 それは、新たな被害者も出ていない事実にも繋がるんだけど、ニナには何の慰めにもならないだろう。


 ニナは明確に焦っていた。常に落ち着き払っている彼女には珍しい状態だった。それだけ、今回の件に熱を入れているということか。


 放課後。今日も今日とて巡回を行う。学園から別邸へは帰らず、そのまま街へ出るのが恒例となっていた。


 正門前。ここまでは同行したカロンたちと軽く言葉を交わす。


「それじゃあ、オレたちは街に行ってくるよ」


「いってくる」


「お気をつけくださいね。お兄さまも、ニナも」


「いってらっしゃい!」


「フン。外で無様を晒さないように!」


「い、いってらっしゃいませ!!」


「いってらっしゃいませ、ゼクスさま」


 五人の声を受けながら、オレとニナは揃って歩き出す。


 見送る必要はないと何回も断っているんだけど、絶対にやると言って聞かなかったんだ。とても嬉しいけど、無理そうな時は遠慮しないでほしいとは思う。


 いつも通り、正門を超えて大通り方面へ進もうとしたところ。今日に限って進路に障害物が立っていた。


「ニナ殿、俺も同行させてほしい!」


 大声を張ってそう・・申し出てきたのは、エリックだった。片手剣をき、胸と手足に金属鎧を装着している姿より、荒事に対応できるよう準備してきたことが窺える。


「はぁ」


 ニナが小さく溜息を溢した。


 感情を読むまでもなく分かる。彼女の心情は「またか」だろう。


 先日の『惚れさせてみせる』という発言は本気だったようで、エリックはあれから毎日ニナの元へ押しかけてきていた。その度に食事や外出デートに誘うんだけど、結果は言をまたない。毎回バッサリ切り捨てられるのに、よく諦めないものだと感心してしまうよ。


 そんな執拗なエリックを一応フォローしておこう。


 彼は無理に迫るマネは絶対にしてこないし、ニナがフォラナーダを大切に想っていることを知ってか、あの日以降はオレたちへ敵意も向けてこなくなった。


 まぁ、オレは内心を読めるので、彼が未だにコチラへ怒りを抱えているのは分かっているんだが、想い人の”大切”を尊重できる度量は有しているらしい。


 総評として、エリックという男は真に好青年だった。猪突猛進だし、やや頭の足りない部分はあるけど、おおむね善良な人間だ。コミュ力も高いので、周囲に敬遠されているグレイと仲良くしていても友人は多い。


 チラッとマリナに聞いた話では、平民にも柔らかい対応をするので、平民人気も高いそうだ。ゆえに、彼の恋路を応援する外野は多いんだとか。


 オレ? オレは応援してないよ。だって、肝心のニナに応える気がないんだもの。いくら性格の良い男でも、その気のない相手を推しはしない。


 ニナには伸び伸びと自由に生きてほしい。生家ではかごの中の鳥みたいな生活を強要され、その後は奴隷という牢獄に落とされ、今は『死の運命』に縛られている。そんな拘束の多い人生を歩んできた彼女を、オレは押さえつけたくなかった。


 だから、ニナの意思を何よりも尊重する。彼女がいとうのであれば、それを肯定するわけがない。


 オレはサッと一歩前に出て、エリックへ返す。


「同行させるつもりはない。足手まといだ」


「俺はあんたに訊いてないですよ。ニナ殿に尋ねてるんですッ」


「あのなぁ」


 その当人が嫌がっているのが、目に入らないのか。……見えてないんだろうなぁ。


 ちなみに、彼が敬語を使っているのは、オレの方が目上のためだ。初対面の時はタメ口を使っていたが、その事実を当主に知られてボコボコにされたよう。それ以来、言葉遣いは最低限正している。


 閑話休題。


 どうしたもんかね、これ。エリックはジッとオレの背後にいるニナを見つめており、もはやオレは眼中にない様子。こちらが何を言っても、聞き入れはしないだろう。


 すると、背中より小さな溜息が聞こえた。それから言葉が続く。


「ダメ。ついてこないで」


 簡潔かつ端的に、ニナは自身の意見を述べた。その声音にはハッキリと拒絶の感情が込められており、オレでなくとも察するのは容易だった。


 当然、思慮不足のきらいがあるエリックでも、彼女の意思は感じ取れた。渋い顔を浮かべ、僅かに後退りしている。


「ニ、ニナ殿ッ!」


 それでも諦めきれないエリックは、さらに言葉を募ろうとする。


 しかし、それは無駄な足掻きに他ならなかった。


「ゼクス、行こう」


 彼をまるっと無視して、ニナはオレに声をかける。


 彼女は走り出す体勢を取っていた。エリックを置き去りにするつもりらしい。【身体強化】に物を言わせて走れば、彼が追いつける術はないからな。


 かなり強引だとは思うが、オレに否はない。もう断りは入れているんだから、あとはエリックの問題だ。


「ま、待ってくれ!」


 エリックの制止を無視して、オレとニナは駆け出す。


 彼が追いつけるはずもなく、ようやく事態は落ち着くのだった。

 

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