Chapter4-2 姉として(1)
入学式の翌朝。今日も馬車を利用して学園へ向かう。
車内には
ただの平民が貴族と同乗するのは褒められた行為ではないけど、彼女を匿った理由を考慮すると仕方がない。……こういった行動が周囲への誤解を広めるわけだが、これも諦めるしかないだろう。命には替えられないんだ。
昨晩より懸念していた“カロンたちとマリナの仲”に関しては、杞憂に終わった。
というのも、
「マリナさん、この
「それなら、簡単にできるコツがあるよ。あとで教えてあげるね~」
「ありがとうございます!」
とか、
「マリナちゃん、マリナちゃん。今朝の話の続きなんだけど――」
「あれは面白かったよねぇ。実は、こんな噂があって――」
「ええっ、それって本当なの!?」
とか、
「マリナ、お菓子残ってる?」
「あるよ~。はい、どうぞ」
「ありがとう。……美味しい」
とか、
「マリナ、○○産の茶葉なんだけど、どう淹れたら良いと思うかしら?」
「ん~、実物を知らないからなぁ」
「だったら、放課後にでも用意させましょう」
とか。
カロンも、オルカも、ニナも――果てやミネルヴァまでもが、マリナと仲良くなっていた。たった一晩で、である。先程から、マリナは引っ張りだこだった。
車内の光景にシオンが一言。
「末恐ろしいですね……」
「同感だ」
オレも同意する。
正直、マリナのコミュニケーション能力をナメていた。オルカはともかく、まさかカロンやミネルヴァとも打ち解けてしまうとは。
確かに、原作ゲームでもマリナは友だちが多かった。他のヒロインとも上手く交流していたので、そういった処世術に長けているのは理解していた。
しかし、この結果は予想以上である。嫉妬しいのカロンやツンデレのミネルヴァとも容易く仲良くなるのは、驚愕する他にない。
美人でコミュ力が高くて家事も万能。まさに良妻賢母の塊だよなぁ。唯一の欠点だった戦力も、精霊魔法で補うという算段がついているんだから、もはや穴がない。
まぁ、欠点がないわけでもないか。オレと会話する時は、優秀なコミュ力が吹き飛ぶもの。あれだ、推しを目の前にしたオタクみたいな感じ。途端に残念美人の誕生だった。本当にオレを惚れさせる気はあるのか謎だ。
とはいえ、揉めごとは起こらないに越したことはない。ここはマリナのコミュ力の高さに感謝しておくべきだろう。
「むぅ、強力なライバルですね」
シオンが難しい顔をして唸っていた。
昨晩のアプローチ宣言を聞いたからか、立ち位置的に似ているせいか。彼女はマリナを強く意識しているよう。
そんなシオンを可愛らしく思ってしまうオレは、少し意地が悪いかもしれないな。
ちょうど良く隣に座っていたので、意地悪ついでに、そっとシオンの手を握る。
「気張りすぎるなよ」
「ぜ、ゼクスさま」
すると、見る見る顔を赤くする彼女。
割と初心な部分は、この六年でも変わってない。多少は耐性もついたみたいだけど、まだまだ先は長そうだった。
ガヤガヤとにぎやかな馬車は、程なくして学園へ到着する。
正門前で降車すると、同乗していたマリナを目聡く見つけた者たちが騒ついた。こればかりは仕方ないので、まるっと無視しておく。
先行していた使用人たち――ガルナ、テリア、マロンと合流し、オレたちは校舎へ足を向けた。
学園内では一人につき一人まで、使用人の同行が許されている。シオンはオレかカロンに固定されるが、他は今日の三人を含めて交代制である。
「ガルナ。オレの供回りはいらないから、今日はマリナに付いててくれ」
「承知いたしました」
道中にてオレがそう指示を出すと、ガルナは慇懃に礼をした。
ガルナは部下たちの間では軽い口調のくせに、オレやカロンたちの前では礼儀正しく振舞うんだよなぁ。公でシッカリ引き締めてくれるのなら文句はないけどさ。
「放課後になったら迎えに行く。学園では自由に過ごしてもらって構わないけど、ガルナの傍から離れすぎないよう、気をつけてくれ」
「は、はいッ。分かりましたッ!」
マリナはDクラスで校舎が異なるため、途中より別行動だ。別れる前に注意点を述べたところ、気合の入りまくった返事がされた。相変わらず、オレに対してだけは舞い上がってしまうらしい。
苦笑を溢しつつ、オレたちはA1の教室へと向かう。
教室は、大学の講義室のような部屋だった。五十人が入っても余裕あるほど広く、段状に席が設置されている。
特に席のこだわりはないので、出入り口より近い最後列へ腰を落ち着かせた。
生徒ではないシオンたち使用人は、オレの背後に控えている。立ちっぱなしは申しわけないけど、学園の規則により使用人は座れないと決まっている。
すでに教室にいた生徒たちの視線が、コチラへ集まる。色なしなのに現当主のオレ、『陽光の聖女』として名を馳せているカロン、二つ名持ちのランクA冒険者のニナ、魔法の才児として有名な公爵令嬢のミネルヴァ。こうして列挙すると、そうそうたる面子だな。
「ボクの場違い感がすごい」
同様の感想を抱いたのか、左隣に座ったオルカが苦笑いを浮かべる。
オレは、そんな彼の頭を乱暴に撫でた。
「うわっ。何するの、ゼクス
「オルカがすごいってことは、オレたちがよく知ってるよ。何せ、一桁の歳の時点で内政に携わってたベテランだからな。内務が主だったから目立ってないだけで、場違いなんかじゃないぞ」
「お兄さまの言う通りです。オルカは胸を張ってください」
「そうよ。その辺の貴族当主よりも優秀なんだから、シャンとしなさい」
「オルカは立派」
オレに乗じて、カロンたちも似た言葉を投げかける。シオンたち従者面々は立場を考慮して黙っているが、同感であると表情が物語っていた。
それを認めたオルカは、少し瞳を潤ませる。
「みんな、ありがとう」
そういえば、原作ゲームでもオルカが自信喪失する展開があったな。今と状況は異なるけど、足手まといの自分を嘆き、聖女に慰めてもらうんだったか。
ゲームとは全然違う雰囲気に育っていたから忘れていたけど、オルカは慎重な性格ゆえに自身を過小評価しがちだ。普段から、もう少し褒めてあげた方が良いかもしれない。
身内の空気全開だったせいか、周りのクラスメイトたちは注目することはあれど、近寄ってくる気配はまったくなかった。妙な輩に絡まれないのは良いんだが、カロンたちに新しい友人ができる機会も減ってしまいそう。まぁ、まだ学園生活も出だし。心配しすぎか。
程なくして、A1の担任教師だろう女性が入室してきた。メガネを掛けた神経質そうな人間。年齢は三十前後と、
担任が来てから幾分。ホームルーム開始の時間が迫る中、何人か顔を見せていない者がいた。その辺の有象無象なら気にも留めないんだけど、その面々が聖女と勇者、
監視者より報告は受けている。
聖女とグレイは共に行動していて、そろそろ教室に到着するらしい。昨日の放課後を経て、意気投合したのだとか。あの聞かん坊の心をもう掴んだとは、さすがは主人公。
一方の勇者は、つい先程までDクラスの校舎に顔を出していた。
まぁ、諦めるしかない。この展開は想定の範囲内だ。向こうの不手際が原因なんだと説けば、ある程度は落ち着くと信じたい。
それから、時間ギリギリになって
「勇者が睨んでる」
「誰のせいで、マリナさんが迷惑をこうむったと思っているのでしょう」
「無視よ、無視」
ニナやカロン、ミネルヴァが反応を示した。彼女らの言うように、ユーダイがコチラへ敵意を向けているんだ。
今すぐ突っかかってくるほど興奮はしていないようだけど、マリナたちの説得の効果は薄かった模様。後でキチンと相手はするが、ミネルヴァの言う通り、今は無視だな。
「全員そろいましたね。では、最初のホームルームを開始いたします」
担任教師――メルラ先生と呼ぶよう言った――の語る内容に特別なものはない。学園の方針や今後の日程、あとは
最後、オレを睨んだのは“色なし風情”とでも考えているのかね。彼女はオレの詳細を知らないらしい。もしくは、自分の目で見ないと認められない性質か。どちらにしても面倒な輩が担任になったものだ。
次々と降りかかる難事に内心で溜息を吐きつつ、カロンたちを
学園の詳細はゲーム知識で既知だった。改めて確認するほどのものはない。
一通りの説明を終え、メルラ先生は最後の通達を行う。
「本日の放課後は、新入生歓迎会が予定されています。
「質問させてもらって宜しいでしょうか?」
すると、一人の生徒が軽く挙手した。メガネをかけた細身の男で、顔立ちはとても整っている。
「どうぞ」
「新入生歓迎会は、参加が強制されるものなのでしょうか?」
「いいえ、強制ではありません。ただ、生徒会主催ですので、参加した方が覚えは良いでしょう」
「そうですか。ありがとうございます」
あの様子だと、彼は不参加だな。原作ゲーム通りである。
実は、あの男子生徒は聖女の
原作ゲームだと入学試験の座学二位だったんだけど、トップ6のうち五枠はオレたちが掻っ攫ってしまったので、彼は七位だったかな。そのせいかは知らないけど、ずっと不機嫌そうな感情を漏らしている。
その後に質問はなく、ホームルームは終了した。メルラ先生が教室から出ていき、弛緩した空気が流れる。
ところが、それは長く続かない。何故なら――
「あんたに訊きたいことがある!」
ユーダイが、オレに向かって怒りに満ちたセリフを投げかけてきたからだった。
勇者や聖女は特権を与えられる。ゆえに、貴族相手でもタメ口程度は無礼に当たらないが、地元の領主に対してこの態度とは……さすがというか、何というか。
呆れながらも、オレは努めて冷静に返す。
「話をするのはいいが、一旦場所を変えよう」
「分かった」
はてさて。次の授業が始まるまでに、彼は納得してくれるかな。そんな呑気なこと考えながら、オレとユーダイは教室を後にした。
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