Chapter4-1 オープニング(3)

 入学式と聞いて何を連想するだろうか。多くの人はお偉方の長話だと思う。


 学園の式も数多の例に漏れず、幾人もの出資者たる貴族のご高説が続いた。ゲームだと数クリックで終わるんだけど、現実はそうもいかないらしい。


 とはいえ、オレたち貴族は楽なものだ。上階の個室でくつろいでいられるため、まったく話を聞いていなくても問題ない。何なら、お喋りしていても構わない。向こうには見られないからな。


 ツライのは一階席の平民諸君だった。眠気を誘うつまらない話なのは無論、相手は貴族ゆえに、上の空だとバレたら非常にマズイ事態へ発展する。この程度の無礼で命は取られないと思うが、否定し切れない怖さを持つのが貴族という存在だ。


 友人が理不尽な目に遭っては困るので、ダンとミリアには精神魔法で援護射撃しておく。あの二人、こういうのに弱そうだからなぁ。


 つつがなく入学式は進行していき、お偉方の演説もすべて終了した。脱落者も皆無のようで何より。


 そうして、式は最後の項目へと進む。原作ゲームの始まり、『選定の儀』へと。


 改めて確認しよう。聖王国は百年に一度、東と西に眠る魔王の封印を施し直す儀礼を執り行う。その中核を担うのが勇者および聖女だ。彼または彼女を中心として若者らがパーティーを組み、魔王を再封印するのである。


 主人公でお馴染みの勇者や聖女だが、実は神託によって選ばれる。その神託が降りるのが、入学式最後の『選定の儀』だった。


 この国の崇める神は実在しないが――神の使徒アカツキの言――、おそらく、実在する神が介入しているんだろう。西の魔王の危険性を考慮すれば当然の対応だ。


 いよいよ主人公の物語が始まると思うと、いくらか緊張してきた。画面越しに経験した壮大な演出を生で見られる期待、カロンの死の運命への第一歩が踏み込まれる恐れ。それらの感情がい交ぜになって、妙な高揚感を生んでいた。


「お兄さま?」


 オレの異変に気付いたのか、すぐ隣に座っていたカロンが声を掛けてくる。他の三人も訝しげにコチラを見ていた。


 憂慮を覗かせる彼女たちを認めたオレは、小さく息を吐く。


 何を固くなる必要がある。やれることはやってきたんだ、ここで怖がっても仕方がない。泰然たいぜんと構えていよう。


 そう自身に諭し、気持ちを改める。


「ごめん。少し考えごとをしてた」


「そうでしたか。お加減でも悪いのかと心配いたしました」


「すまないな」


「いえ。お兄さまがお元気であるのなら、問題ございません」


 カロンはニッコリと笑う。麗らかな陽射しの如き表情は、オレの心を明るく照らしてくれるようだった。最愛の妹の笑顔は、どんな薬よりも効果がある。


 そんなこんなで時間が経過していき、ついに『選定の儀』が始まった。シンと静まり返った会場に、どこからともなく一筋の光が差す。屋内にも関わらず、薄明光線にも似たモノが降り注ぐ。


 はじめにその光を受けたのはユーダイ勇者だった。光に照らされた彼は最初こそ戸惑っていたけど、次第に勇者に任命されたことを理解したようで、誇らしげに胸を張った。


 たぶん、選ばれたヒーローとでも呑気に考えているんだろう。周囲の貴族より睨まれているとも知らずに。今後の苦難をまったく想定していない、能天気さが窺えた。まぁ、こうも鈍くなければ、あの物語は成り立たないか。


 オレ個人としては嫌いだけど、彼に救われるヒロインもいるんだし、余計な介入をするつもりはない。彼と彼の攻略対象ヒロインへの対応は、これまでと変わらず『監視しつつ放置』が基本である。


 ユーダイは壇上にいた学園長ロリババアに呼ばれ、彼女の横に立つ。自信満々な顔がムカつく。


 騒めく場内が多少の落ち着きを取り戻した頃、聖女の選定が始まった。


 ところが、ここで予想外の出来事が起こった。何故か、選定の光が会場内をさ迷い始めたんだ。原作ゲームでは、勇者の時のように一発で照らされたはずだが、どうしたんだ?


 先程以上の騒めきが城内に広がる。右往左往する光を見て、この場にいる全員が困惑の声を漏らしていた。


「いったい、どうしたのでしょう」


「不具合か何かかな?」


「……神託が迷ってる?」


 カロンたちも戸惑った様子。ニナは些か不信心を問われそうな発言だが、この場に純粋な信者はいないので、誰も気に留めない。


 すると、シオンがオレの耳元で囁く。


「何かされたのですか?」


「あのさ、シオン。何かが起こる度にオレのせいにするの、止めない?」


 彼女のオレへの認識を、今一度問い質した方が良い気がする。オレは、トラブルメーカーではないぞ。


 若干の憤りを感じつつ、改めて揺れ動く光を見る。未だに定まらないそれを観察する。


 ……気のせいだと良いんだが、光は主人公聖女とオレたちの間を揺れていないか? フラフラしていて断言は難しいけど、一度認識すると、そうとしか考えられなくなってしまう。


 まさか、主人公とカロンのどちらを聖女にするかで悩んでいる?


 そんなバカな、と一蹴できない自分がいた。そも、勇者や聖女の選定基準なんて知らないんだ。黒髪の男と金髪の女という最低条件は知っているけど、どうやって絞り込むかは前世でも不明だった。将来的に到達し得る実力とかだったら、カロンが聖女に選ばれてしまう可能性が出てきてしまうぞ。オレの介入によって、カロンの光魔法師の腕は上限知らずだし。


 これは想定外だ。主人公が聖女に選ばれないという前提条件が崩れる展開、誰が予想できようか。


 ――いや、違う。ゲーム通りに進むと妄信していたオレが悪いな。運命の回避を目論んでいるくせに、何たる矛盾した思考回路だ。クソッ、こんなところで凡人を発揮しなくても良いのに。


 内心で悪態を吐いている間に、とうとう光は目標を決めたらしい。ウロウロした動きを止め、一直線でとある場所へ向かう。


 はたして、その先にいるのは――


「あの女性が、聖女に決まったようですね」


 カロンがそう溢す。


 聖女に選ばれたのは、原作ゲーム通りの人物だった。茶髪にうぐいす色の瞳をした平凡な女性。


 オルカが首を傾ぐ。


「でも、あの女の子、光の適性持ちじゃない気がするよ」


「たぶん土?」


 ニナも不思議そうに声を漏らした。


 彼女たちだけではない。会場にいるオレ以外のメンバーも怪訝そうにしていた。


 無理のない反応だ。聖女とは光魔法師が選ばれるもの。金髪か金眼を有する者が選定されるべきなんだ。土魔法師であろう彼女は、聖女としては不適格に見える。


 だが、オレは知っている、この後の展開を。そろそろ起きても良いはず……うん、来たな。


 皆の注目が主人公に集まる中、唐突にそれは始まった。彼女の髪と瞳が輝き始めたんだ。一帯を満たすほどではないけど、近くの者は目をくらまされる程度の光量。


 数秒後に光は収まる。主人公に劇的な変化を残して。


「き、金髪に変わっています!?」


 カロンの言葉がすべてだった。


 主人公の髪が金色に――紛うことなき光魔法師の色へと変化したんだ。


「うわっ、すごい!」


「おどろき」


「これは……」


 オルカやニナはもちろん、立場を考えて黙っていたシオンまでも驚嘆の声を上げる。それほどの強い印象が、この変身には込められていた。


 そりゃそうだ。神託を受けた者が光魔法師に変わったら、神の力を託された風に見える。宗教国家たる聖王国民への衝撃はヒトシオだろう。むしろ、この場の面々の反応は薄い方である。


 ほら、他の人々の態度はもっとスゴイ。会場を揺るがすほどの聖女コールが起こっているもの。うるさいので、結界で防音しておく。


 ゲーム知識で知っていたとはいえ、実際に目の当たりにすると凄まじいな。まさに『聖女降臨!』といった演出だ。これのお陰で主人公聖女は各方面より一目置かれるんだ。


 もありなん、信者でなくても圧倒されるね。


「ここに勇者と聖女が誕生した! 皆の者、二人への協力は惜しまんように!」


 混乱する集団より聖女を回収した学園長は、壇上にて宣誓する。二人の手を取り、上へ持ち上げた。それに合わせ、会場中の人々が「おおおおお」と雄叫びを揃える。


「すっごい熱気だね。さすがに付いていけないかも」


「一緒に盛り上げられても困りますよ」


「だねぇ」


 オルカとカロンが、どこか気後れした感じで言葉を交わした。


 この室内だけ、取り残されたように落ち着いている。カロンとオルカは転生者たるオレの影響、ニナは軟禁生活により割り切っている、シオンはスパイ教育の一環で信仰に薄い。このように、信心深さとは無縁の面子ゆえの現状だった。


 ふと、オルカが問う。


「カロンちゃんは、聖女に選ばれなくて残念じゃないの?」


「どうして?」


「ほら、『陽光の聖女』とか呼ばれてるし、少しくらいは惜しい気持ちもあるのかなって」


「まったくありませんね」


 きっぱり否定するカロン。浮かぶ表情から、未練は一切感じられなかった。


 彼女は説く。


わたくしの道はお兄さまの隣と決まっております。聖女などの肩書はこだわりません。そもそも、『陽光の聖女』という通り名は、あまり好きではありませんでしたから」


 ブラコンここに極まれり。カロンは昔から全然ブレていなかった。オレが言える立場ではないけど、意思が強すぎません?


「えー、カッコイイと思うけどな、二つ名! ボクも欲しいよ。ねぇ、ニナちゃん?」


「……何でアタシに振る?」


「同じ二つ名持ちだから?」


「アタシも自分の二つ名は好きじゃない」


「そうなの? ぜいたくだなぁ」


 勇者や聖女とは関係ない話題で盛り上がる三人。


 カロンだけではなく、ここにいる全員がブレていないかもしれない。


 三人のじゃれ合いを頬笑ましく眺めていると、不意にシオンが言った。


「ゼクスさまの二つ名は――」


「やめなさい」


 オレは彼女の口をふさいだ。


 ――よし、三人は気づいてないな。


 実は王宮派の間で、密かにオレの二つ名が囁かれているんだよ。もちろん非公式。


 その名も『白き天魔ホワイト・サタン』。剣聖との決闘に行使した最後の魔法が、『外見は天使のようだけど、やったことは悪魔だ』と印象づいた結果だった。誰だ、小恥ずかしい名づけをしたのは。見つけ次第、叩きのめしてやる。




 周囲が聖女降臨に盛り上がる中、こんな感じでオレたちは普段通りに過ごすのだった。


 この調子なら、学園生活も楽しくやっていけるだろう。


 根拠はまったくないが、自然とそう確信できた。

 

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