Chapter4-1 オープニング(2)

本日は二話投稿しております。一つ前の投稿分がございますので、ご注意ください。


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 以前、学園制度は『台頭してきた帝国に対抗する目的で、実力ある者を重用するため』と語ったと思う。また、生徒側は学園の成績如何いかんで、より良い職に就けるとも話した。これにより、聖王国は帝国と張り合える地力を獲得したんだ。


 だが、ここで一つ疑問が残るだろう。良い職業に就く必要にない者は、何の目的を持って学園に通うのかと。


 前に語った学園の意義は、いわゆる聖女勇者視点のモノでしかない。それのみでは、すでに職の内定している貴族の長男たちにメリットが存在しなかった。


 では、現当主オレを含む次期当主の学園へ通う利点とは何か。


 一つは、他家とのコミュニケーションの場になること。仲の良い貴族家はともかく、派閥が異なる家とは顔も合わさない時もある。新たな人脈開拓などに、学園という場は都合が良かった。


 一つは、若き芽をリクルートできること。聖王国中の子どもが集う関係上、一部には才能を秘めた人材も埋もれている。学園生として過ごしていれば、そういった者の勧誘へ素早く動ける確率が上がるわけだ。


 一つは、家の威を示せること。次期当主が上位の成績を修めていると周りへ喧伝できれば、おのずと自領の将来は明るいと示せる。ひいては、家の威光を高められるだろう。外聞を大事にする貴族家にとって、それは重視すべき点だった。


 一つは、王宮の魔法研究資料の一端を覗けること。今は詳細を割愛するが、学園にはゼミという制度が存在する。おおむね前世でのそれと同様で、所属するところによっては、王宮の魔法研究を引き継げるんだ。研究内容を開示する代わりに、王宮の発展に協力するといった相互関係を結ぶわけである。無論、色々と手続きを踏む必要はあるが、それだけの価値はある取り組みだ。


 細かい部分も存在はするとは思うが、だいたいはこの四点の利益に収束するだろう。


 学園に通う目的は各々で異なるけど、生徒たちは皆、確かな意思を抱いてこの・・地へ足を運んでいた。


「おっきいなぁ」


 オルカが感心の声を漏らす。


 学園の正門前。馬車を降りたオレたちは、その先に広がる壮大な学園の敷地を望んでいた。王都の中にもう一つ街があるような錯覚を覚える。


 もありなん。国内すべての十六から十八の子どもを収容するんだ。それくらいのキャパシティがないと運営なんて不可能だ。確か、一学年十二万を超えるんだったか。学生だけでも三十万強となれば、もはや大都市である。


「下手をすれば、遭難しそうですね」


 オルカと同様、途方もなく広大な敷地に目を丸くしていたカロンは、戦々恐々と言った様子で呟いた。


 冗談みたいな発言だけど、あながち間違ってもいないんだよなぁ。原作ゲームでは『遭難エンド』なんて地雷が存在した。探知機の付随している生徒手帳を持たずに迷うと、シャレにならない。ゆえに、入学直後は、毎日のように生徒手帳の所持を忠告されるんだ。


 まぁ、その辺をオレが語ると不自然すぎるので、説明は卒業生に任せよう。


「年に数人は、遭難被害者が出ますね」


 オレの期待通り、はべっていたシオンが口を開き、滔々とうとうと現実的な遭難の危険性を説く。


 それを聞いたカロン、オルカは頬を引きつらせていた。ニナは顔にこそ出ていないものの、尻尾が若干しおれている。


 オレは苦笑を溢す。


「そんなに怖がらなくたって、生徒手帳を忘れなきゃいいんだよ。それに、もし迷ったとしても、俺たちには『魔電マギクル』があるだろう?」


 『魔電マギクル』とは、改良を重ねた【念話】の魔道具の総称である。実は、この六年で様々な魔法――文書を送信する【伝文メッセージ】やカメラ機能などなど――を搭載しており、もはや前世でのスマホみたいな代物が出来上がっていた。


 結果、カロン、オルカ、ニナ、ミネルヴァの四人は、現代の若者のように『魔電マギクル』を手放さなくなったのである。


 ノマと共に悪乗りしすぎてしまった。反省はしているが、後悔はしていない。連絡手段を肌身離さず持っているのは良いことだし、彼女たちも節度を守っている。とやかく物申す必要はないだろう。


 閑話休題。


 つまり、オレたちは迷子なんて無縁なわけだ。追跡用の魔力が込められているので、すぐに迎えに行ける。


 『魔電マギクル』の存在を失念していたらしいカロンたちは、ホッと胸を撫で下ろした。それだけ、校舎の巨大さに圧倒されたということか。


「ほら。こんな場所で立ち往生してても、周りに迷惑をかけるだけだ。さっさと中へ入ろう」


 オレたちと同じように、学園の広大さに圧倒される生徒は多い。ゆえに、正門前には大きな人だかりが形成されていた。


 だが、この人の多さの原因は、それだけではないだろう。十中八九、オレたちの存在も影響していると思う。何故なら、オレたちへ向かって、様々な感情の乗った視線が送られているから。


 基本的には色なしオレへの侮蔑、または四人の美女への熱い想い。ただ、一部の情報通たちが瞳に浮かべるのは畏怖だった。


 耳を澄ませば聞こえてくる。


「あれが伯爵家当主」


「今、ノリに乗ってる領地の当主か」


「剣聖を下したとか。信じられん」


「バカ、それは口にしちゃダメって話だろ」


 そういった内容だ。


 おそらく、親などに厳命されているんだろう。フォラナーダ伯爵とは関わるな、もしくは媚びを売っておけと。


 フォラナーダがどこよりも栄えているのは周知の事実だし、剣聖の件は緘口令かんこうれいを敷いても完全に口止めはできない。確かな情報源を持つ貴族家が、オレへおそれを抱くのは当然のことだった。


 下手な行動を起こさないのであれば、わざわざ突っかかろうとは思わない。遠巻きに眺めるくらいは許そう。


 とはいえ、いつまでも無遠慮な視線にさらされるのは、気が落ち着かない。早々に立ち去りたかった。


 カロンたちも周囲の注目には些か疲れていたようで、オレの提案には二つ返事で頷いてくれた。元生徒であるシオンの案内により、学園敷地へ入っていく。


 学園内には専用の馬車便が運行している。敷地の広さを考慮すれば当然だろう。バスや電車のような乗り合いもあるが、オレたち貴族が利用するのは貸し切りの方だ。


 オレたちが向かう先は大講堂である。オペラの歌劇場がイメージに近いか。全生徒を収容できるほどの広さを持ち、そこで入学式が行われるんだ。


 地位のある者は上階の個室で待機し、平民は一階に並ぶ席に座る。こういう部分が、封建社会を如実に表しているよな。


 フォラナーダに宛がわれた個室へ到着したオレたちは、シオンの淹れたお茶を楽しみつつ、未だ幕の下りたステージを見下ろす。一階席の方も必然的に目に入り、ぞろぞろと人がうごめいているのが分かった。


「そういえば」


 ふと、思い出す。


「ダンとミリアも入学だったな」


 フォラナーダの領都に住む平民の子どもたち。幼少より懇意こんいにしていた彼らも、今年から学園生だったはず。


 表舞台に立って以降は顔を合わせる機会がめっきり減っていたため、すっかり存在を忘れていた。カロンやオルカは度々遊びに行っていたし、彼らの近況も知っているだろう。


 案の定、二人はダンたちの情報を持っていた。


「一ヶ月前くらいに出立していましたよね」


「正確には三週間前だね。一週間は王都観光に当てるって言ってたよ」


「なるほどね」


 考えてみれば、当然の帰結か。交通インフラの整っていない世界だ。商人や物好きでもない限り、平民が居住地より出る機会はそうそうない。フォラナーダは飛躍的な発展を遂げているけど、それでも王都ならではの代物もあるだろう。大はしゃぎする二人の姿が脳裏に浮かぶ。


「はしゃぎすぎて、入学式に遅刻しないといいけど」


「そのような失態はない……とは言い切れませんね」


「ターラちゃんが一緒ならともかく、あの二人だけだと不安だよねぇ」


 オレの言葉に、カロンとオルカは苦笑いを浮かべて同意する。


 ダンとミリアは明快で気持ちの良い性格だが、その反面、能天気で大雑把という欠点を持つ。いつもなら、ターラがそこら辺の手綱を握って制御するんだけど、一つ年下の彼女は不在。その点がとても不安をあおっていた。


「一つ、探知しておきますか」


 このままでは心配で落ち着けないので、探知術で彼らを探すことにする。術自体は常時展開しているんだけど、個人を特定する場合は少し集中力が必要だ。十万以上も人が集まる場所なら尚更。


 元々、主人公勇者の現状確認をするつもりだったので、ついでに済ませてしまおう。


 僅かに探知へ意識を傾け、ダン、ミリア、ユーダイ勇者を捜す。


 彼らの反応は、すぐに補足できた。


 ダンとミリアは会場の外にいた。寝坊でもしたのか、慌てた様子で走っている。まぁ、そう遠くないし、入学式の開始には間に合うだろう。


 一方のユーダイは、ステージ目前の席に座っていた。隣には親友のロートとヒロインのマリナもいるな。


 定期報告は聞いていたけど、しっかり成長している。良い塩梅の魔力だ。この調子なら、この後のチュートリアル程度は問題ないと思われる。安心した。


 ただ、気になる部分が一つ。マリナの魔力が妙なんだよな。総量自体は平凡だけど……密度が濃いのか、これは?


 慌てて調査するほどの案件ではないが、気に留めておいた方が良いかもしれない。あとで探りを入れておこう。


「おっと」


 三人を捜し終えた直後、最後の最後で興味深い人物がヒットした。ちょうど目視できる範囲にいたため、そちらでも確認する。


 階下の人混みに一人、平凡な少女がいた。愛嬌はあるけど、カロンたちほど派手ではない凡庸な顔立ち。うぐいす色の瞳、茶のストレートセミロング。瞳色がやや珍しいくらいで、これといった特徴は見られない。


 しかし、彼女は決して平凡な人間なんかではない。会場内――否、この世界で一番希少な存在と言えよう。


 何故なら、あの少女こそ、『東西の勇聖記』の主人公にして悪役令嬢カロンの宿敵たる聖女なんだから。


 役者は学園という名の舞台に揃った。ゲームのオープニングは、じきに始まる。

 

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