Chapter3-5 始動(3)

 現場は膠着こうちゃくしていた。オレの予想した通り、護衛に回した騎士たちはカロンを囲う風に守護していた。カロンもシオンも騎士たちも無傷であり、攻撃を仕掛けてきたグレイを睨みつけている。


 対するグレイは、思った通りの展開にならなかったためか、たいそうイラ立たしげに顔をしかめていた。


 ただ、それ以外は、予想と些か異なっていた。


 というのも、オレたちの現在地である会場へ繋がる廊下なんだが、大音声だいおんじょうの爆発が起きたのに、ほとんど崩壊していなかったんだ。グレイの周囲に火が散らばり、壁の隅々にヒビが走っているくらいで、カロン側は一切傷ついていない。


 原因は明らかだった。カロン側は黄金の半透明の幕――光魔法の結界によって守られている。それが先の爆発を受け止めたお陰で、威力を完璧に殺せたんだと推察できた。


 結界を張ったのは、言をまたない。カロンは『もう二度と、誰も傷つけさせない!』と言わんばかりの、覚悟に満ちた表情を浮かべていた。


 カーティスの一件が相当悔しかったんだと思われる。同じ轍は絶対に踏まないと言う決意がハッキリ見て取れた。


 一見すると、カロンが最後方で護衛されているようだが、実際のところは、彼女が全員を守り切っていたわけだ。


 本当に……本当に、カロンは立派に成長したよ。


 オレの胸中に、万感の思いが溢れる。


 かつての失敗から、カロンは仲間が傷つくことに怯えるのではなく、どんな状況でも守れる力を求めた。その結果が、今の光景を作り出している。決然とした表情と、それに見合った魔法で仲間を守る姿は、『陽光の聖女』の名に恥じない素晴らしいものだった。


 しかし、この映画のクライマックスといっても過言ではない一幕に、水を差す者がいた。当然、敵対行動を取ったグレイである。


「なんだ、その反抗的な目は! 俺は王族だぞ。そのような視線を向けてくるなど、お前は何さまのつもりだ」


 声音に多分のイラ立ちを乗せて、彼はわめく。


 あまりにお粗末な言いようだったが、カロン側が言い返す前に、グレイは矢継ぎ早に言葉を続けた。


「俺の最大火力をぶつけたというのに、涼しい顔をしやがってッ。調子に乗るなよ! クソッ、これだから金髪は嫌だったんだ。あの女・・・とは違うなどという戯言を……一発かませば言うことを聞くなんて妄言を聞き入れた結果がこれだ。俺をバカにする目は、何も変わらないではないか。クソッ、クソッ! お前は俺の婚約者なんだ、大人しく従っていればいいんだよ!」


 地団太を踏むグレイのセリフは、もはやカロンたちに向けられたものではなかった。彼の中に存在するあの女・・・とやらへの妬みだった。


 初対面の時の懸念が現実となっていた。グレイはまったくカロンを見ていない。最初から最後まで、己の中の虚像を妬み、怒っていた。


 そんな彼に対し、カロンは憐れみにも似た表情を浮かべる。


わたくしにどなたの影を重ねているか判然といたしませんが、これだけは申し上げます。わたくしはあなたに屈しません。あなたの怒りがわたくしわたくしの大切なモノへ降りかかることは絶対にあり得ません」


「ッ!? 生意気な! その目がッ、その目が俺を狂わせるんだッ! やめろ、憐憫の眼差しを俺へ向けるな。そんな風に見られるほど、俺は劣ってなんていない!!!」


 力を秘めた眼差しを向けられて怯むグレイだったが、すぐに気勢を取り戻す。カロンの瞳が彼の神経を逆なでしたようで、目を血走りさせながら怒声を上げる。それから、再び攻撃をしようというのか、右手に魔力を込め始めた。


 これ以上の静観は悪手だな。


 そろそろ我慢の限界だったオレは、前線へ出ようと決断する。


 しかし、それより前に、渦中へ飛び込む者がいた。


「ご無事ですか、グレイ殿下!?」


 グレイのお目付け役のベッカ伯爵だった。その後を追い、幾人かの騎士も現れる。


 これは厄介な展開に転がりそうだ。


 それを見て、オレは眉根を寄せた。


 案の定、ベッカはとんでもない発言をする。


「カロライン殿。どういう了見ですかな、殿下を攻撃するとは!」


「なっ!?」


 カロンは驚愕の声を上げ、シオンを含む周りの者たちも息を呑んだ。


 かくいうオレも驚いていた。厄介ごとの気配は感じていたが、その手で来るのかと。怒りで拳が震える。


わたくしはグレイさまへ攻撃など仕掛けておりません! むしろ逆です。そちらが攻撃し、わたくしが防いだのです」


「それは異なことを。この場の状況を見る限り、殿下側が激しく損傷しております。どう考えても、そちらが攻撃したようにしかお見受けできませんが?」


「ですから、申し上げているでしょう。わたくしが攻撃を防いだのです、今も展開しているこの結界で!」


「はたして、その魔法が結界かどうかも怪しいですな。見せかけだけの攻撃魔法では?」


 カロンが必死で弁明するものの、ベッカはまったく取り合わなかった。それどころか、一緒に駆けつけた騎士までも彼女を糾弾し始める始末。グレイ陣営は、この一件の責任をカロンになすりつける気でいる。ゆえに、弁明など意味をなさなかった。


 しかも、ベッカの嫌らしいところは、彼の発言が的外れだと断じ切れない部分にあるだろう。現場を一見すると、攻撃を受けた側がグレイのように誤認できる。また、光魔法の知見がなければ、カロンの魔法が結界だと断言もできない。


 真偽が重要ではないんだ。ベッカがどう捉えたかが王宮へ報告されるんだから。


 腹立たしい。こちらが大人しく婚約を受け入れたと勘違いしているからか、いけしゃあしゃあとカロンを非難するこいつらが、心の底からムカついて仕方がない。


 ジリジリと腹の底が焼ける気分。頭の奥の方がギュゥゥと締め上げられ、目をすがめずにはいられない。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ」


 オレは、体内に溜まった熱を逃がすように息を吐く。


 そして、彼らへ向けて一歩を踏み出そ――


「待ちなさい」


 突然、肩が掴まれた。


 オレは驚き、バッと振り返る。そこにはミネルヴァが立っていた。


 こちらの様子を見て、彼女は呆れた風に肩を竦める。


「気を抜きすぎなんじゃないの?」


 反論はできなかった。カロンたちの方に集中しすぎていたせいで、探知を怠っていたのは事実だった。


 肩を掴まれるまで気がつかないなんて、間抜けにも程がある。これが敵だった場合、オレは死んでいただろう。

 

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