Chapte3-4 暗躍と対策(1)
主不在のプテプ伯爵の私室。その内部には、オレと部下である諜報員一名がいた。
実は、プテプ伯爵領の近場に、偶然にも諜報員数名が控えていたんだ。そのため、彼のフォラナーダ入りの報を受けて、屋敷に侵入させていたのである。
オレ監修の特訓や特注の魔道具によって、フォラナーダの諜報部隊は聖王国最強といっても過言ではないレベルまで成長を遂げている。一介の伯爵邸の警備など、物の数ではなかった。ニナとの話し合いは一時間程度しか経過していなかったが、すでに大方の捜索は終了しているとのこと。
帯同する諜報員が状況を伝えてくる。
「今のところ、ニナ嬢にまつわる情報は発見できておりません。万が一を考えて
「さすがの手際だ。キミたちの主人としても、指導の一端を担った身としても、鼻が高いよ」
「身にあまるお言葉ッ」
「で、ここで何が見つかった?」
わざわざオレが出向いてきたのは、諜報部隊では扱いに困る品が発見されたからだった。普段は主人に頼るまいと律している彼らが匙を投げるなんて、相当に厄介な代物を掘り当てたのだと分かる。
というか、この部屋からしてヤバイ。室内全体にドス黒い魔力が渦巻いていた。しつこい油汚れにも似た、淀みに淀みまくった粘着質な魔力だ。立っているだけでも正気がガリガリと削れそうである。
「残念ながら、黒幕に繋がる確かな証拠は処理されておりましたが、一点ほど気になるものを発見いたしました」
そう言って、諜報員は執務机の引き出しを開いた。
中に置かれていたのは一冊の本だった。サイズは文庫本ほど。表紙は真っ黒でタイトルの記載はナシ。かなり使い込まれているらしく、すべてのページの端が大きくよれていた。
オレはそれを見た瞬間、盛大に顔をしかめる。
「誰も触ってないだろうな?」
思わず厳しい声で問うてしまう。並の相手なら、今の一声で腰を抜かしていたかもしれない。
そんな反応を示してしまうほど、目前の本は危険極まりなかった。部屋の淀みなんて目ではない。視界に入れただけで吐き気を催すくらい、これがまとう魔力は酷かった。何の対策も講じずに触れば、必ず精神に異常をきたす。
諜報員は神妙に頷く。
「はい。ゼクスさまの開発した『魔力視メガネ』のお陰で、この本の危険性は瞬時に把握しました。発見した時点より厳重に隔離しましたので、誰も触れるどころか直視さえしておりません。その辺りは徹底させました」
魔力視メガネとは、読んで字の如く【魔力視】を付与したメガネ型の魔道具である。ノマに領地開発の手伝いをさせると決定した翌日、彼女と共同開発したんだ。ノマが仕事をする際、監督役が彼女を認識できないと作業が滞ってしまうからな。
諜報部が所持しているのは、ついでに複数作成したためだった。今回は、その“ついで”が功を奏した。
諜報員のセリフにオレは安堵しつつ、再度汚染された本を見る。
精神を守護する魔法をオレたち二人に付与したので、今や正気を狂わされる心配はいらない。だが、混沌とした魔力は見ているだけで不快だった。これは忌避すべきモノだと本能が訴えてくる。
できれば触りたくないけど、調べないわけにはいかない。オレは意を決して、本を手に取った。
うわっ、魔力に物理的感触が存在している!? ヌメヌメして気持ち悪ッ。
本来なら魔力が半実体化している点を驚くべきなんだが、それ以上に不快感が勝っていた。今すぐにでも放り投げたい気持ちが湧いてくる。
我慢に我慢を重ね、オレは何とか本のページを開く。一ページずつ順繰りに、パラパラと読み通していく。
丁寧に読むつもりはない。速読できるからというのもあるが、一刻も早く本を手放したかった。
数分後。本を読破したオレは、それを即座に結界で何重にも覆って封印した。それから、【
本当は破棄したかったんだけど、汚染が酷すぎるため、今のオレでは手に負えなかった。たぶん、現時点のカロンでも難しいと思う。
この本の処理は将来の課題だな。最悪の場合は
「大丈夫ですか、ゼクスさま」
「嗚呼、問題ないよ」
ふぅと一息ついたタイミングで、諜報員が声をかけてくる。
オレは無駄に心配をかけさせないよう、軽く手を振って答えた。
「本の内容は
満を持してといった様子で、彼は尋ねてくる。
諜報部隊との情報共有は大事なので、オレは素直に口を開いた。
「内容自体は普通の日記……いや、アレを普通と言って良いとは思えないけど、特別な何かが記されていたわけじゃなかった」
遥か昔に生きていた貴族の男の日記だった。その貴族は幼女趣味のサイコパスで、自らの地位を利用して数多くの少女をいたぶった。内容の大半はプレイのレビューみたいなものである。気色悪いったらない。
とはいえ、そこに汚染魔力の要因はなかった。内容はクソだったが、ただの日記には変わりない。
では、どうして精神汚染を引き起こしかねない呪物に成り果てているのか。
この本の正体に、オレは心当たりがあった。
「おそらく、これは『魔女の呪い』を受けてる」
「『魔女の呪い』ですか!?」
さすがは諜報員。かなりマイナーなのに、しっかり知識にあるらしい。
『魔女の呪い』とは名称通りの代物だ。効果は多岐に及ぶけど、共通する特徴は“所有者の意志を操る”ということ。十中八九、プテプ伯爵はこの本に操られ、ニナの誘拐を画策したと思われる。何せ、日記を読んでいる最中、ニナの情報や彼女を襲えという囁き声がビシバシ聞こえたからな。精神防御していなければ危なかったかもしれない。
まぁ、『魔女の呪い』は良いんだ。今も世界のどこかに魔女は存在するため、こういった呪物は稀に出土する。だから、問題はそこではない。
重要なのは、ニナをピンポイントに狙った呪いだったこと。もはやニナを標的にした策略なのは間違いなく、しかも魔女を味方にしていることまで確定してしまった。
魔女とは、禁忌に手を染めた魔法師がいただく俗称である。後ろ指を差される連中のため、まともな人間なら手を組もうとは思わない。要するに、ニナを付け狙う輩が正常ではない証左だった。
「オレの正体を知られたのは、むしろ都合が良かったかもしれない」
世間では対処不能の呪いだけど、こうして実物を目の当たりにして何となく察しがついた。これはカーティスの開発した催眠同様、精神魔法の下位互換だ。上位の魔法を身につけているオレに、呪いは通用しない。だから、魔女程度は今さら怖がる必要はない。
しかし、どこに魔女が潜んでいるのか不透明の現状は、不意打ちされる可能性が大いにあった。オレはともかく、未だ修行の身であるニナが、呪いを堪え切れるかどうかは判然としない。万が一に備えて、より身近に匿うのが最善だろう。
正体を明かした今なら、臆することなく傍に置ける。怪我の功名とは、まさにこのことだった。
「時間か」
一通りの説明を終えたところで、窓外の景色が赤みを帯びてきているのを察する。
そろそろ戻らなければ、ミネルヴァが
色々と謎は残っているが、今は部下に任せるしかない。
「あとの捜索は任せる。背後に魔女の陰がチラつく以上、今後の捜索では『魔力視メガネ』の使用を徹底すること。不用意に周囲のモノには触るなよ」
「承知いたしました。当面の目標は、プテプ伯爵の背後関係の洗い出しでよろしいでしょうか?」
「嗚呼。十分に気をつけてくれ」
改めて念を押してから、オレは【
予想していたよりも、ニナは厄介ごとに巻き込まれていたらしい。彼女に関してはゲーム知識の通用しない部分も多いし、より慎重に動かないといけない。気を引き締めていこう。
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