Chapter2-5 サウェードとクロミス(3)

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 城下町南西部にある噴水広場にて、オレは噴水の傍に腰かけていた。街一番の大通りと合流する場所なだけあって、多くの人々が行き交っている。


 そんな人混みをボーっと眺めて何をしているかといえば、デートの待ち合わせだった。


 昨日、オレはシオンとデートの約束を取りつけた。それならば本格的に執り行おうと考え、こうして外での待ち合わせを計画したわけだ。立案者はカロンである。


 ちなみに、お互いに姿を【偽装】する手はずになっている。オレは髪と瞳の色を茶にし、体格を大人のものへ変更した。シオンは顔立ちのみの調整と聞いている。


 さてはて。我が最愛の妹が、気合を入れてシオンの仕度を手伝っているらしいけど、一体どうなることやら。


 頭を空っぽにして待ちぼうけすること幾分か。広場にどよめきが広まった。「うわ、すっごい美人」やら「女神だ」やら「きれい……」みたいなセリフが聞こえてくるので、おそらくシオンが到着したんだろう。カロンの監修は上手くいったようだった。


 期待を胸に、人垣を割って歩いてくる彼女を待つ。そうして、とうとうシオンが目前に姿を現した。


「ほーぅ」


 思わず声が漏れる。


 民衆の評価は正しかった。確かに、オシャレをしたシオンは美しかった。


 普段はシニョンにまとめている髪型は、編み込みで結わえたポニーテールに変えていた。髪の結び方を変えただけなのに、少し華やかな印象を受ける。


 次に注目すべき点は服装だろうか。アイボリーのワンピースに淡いパステルグリーンのパンツ、白いシャツワンピースを組み合わせている。全体的に優しいテイストで仕上がっており、泉のほとりに立つ女神を彷彿とさせた。


 【偽装】で地味めの顔立ちに変更しているものの、渾身のオシャレの前には膝を屈している。周囲の注目が集まるのも無理はなかった。


 居心地悪そうに歩いていたシオンは、オレの姿を認めるとパタパタと小走りで近寄ってくる。オレの方も彼女へと歩み寄った。


「お、お待たせして申しわけございません。思ったより仕度に手間取ってしまって」


「気にしないでいいよ。これだけキレイなシオンをお目にかかれたのなら、待った甲斐があったさ」


 慌てた様子で謝罪を口にするシオンに対し、オレはキザったらしいセリフを吐く。


 普段のオレなら絶対に言わないだろう甘ったるい言葉だが、デートと銘打っている以上は妥協しない。褒める時は、とことん褒める。


 少しわざとらしかったかなとも思ったけど、そんな心配は無用みたいだった。シオンは顔を真っ赤に染め、恥ずかしげにギュッとワンピースの裾を握り締めている。


 えぇ、何、この可愛い生物。


 いつものクールな面持ちは何処へ消えたのか。今のシオンは、可愛さ全振りのヒロインに変貌していた。シスコンからメイドスキーへ鞍替えしてしまいそうになるほどの衝撃である。危ない危ない。


「それじゃあ、行こうか」


「はい」


 気を取り直して声をかけると、シオンははにかみ・・・・ながら頷いた。


 オレたちは連れ添って街中へと歩み出す。








 まず向かったのは、最寄りの商店街だ。城下町一番の大通りに沿って展開しているため、規模も種類も豊富。地元で生活しているオレたちでも、十二分に楽しめる場所だろう。


 先の噴水広場よりも人通りが多い。この中を歩き進むのは体力が必要そうだ。オレたちは鍛えているので問題ないけど、今日のシオンはオシャレをしている。ヒールこそ履いていないものの、揉み合いになるのは避けたいと思われた。だから――


「ぜ、ゼクスさま!?」


 シオンの肩を抱き寄せ、オレが防波堤になるように歩く。【偽装】はあくまで見た目を装っているだけなので、身長が足りずにやや不格好――腕を抱く感じ――になってしまうが、人波から彼女を守る程度なら心配いらない。シオンの頭から湯気が立ち上っているけど、大事の前の小事というやつだ。


 傍から見たらバカップルに映るだろう状態で、商店街を散策していく。ある程度したらシオンも慣れたようで、普通に楽しむ余裕が生まれていた。


「あ……」


 露店の立ち並ぶ一画を通り過ぎようとしていたところ、不意にシオンが声を漏らした。思いがけぬモノを発見した、というような声音だった。


 ありきたりな展開だけど、何となくの察しはつく。興味のそそられるアクセサリーか何かを、露店の商品の中に見つけたのかもしれない。


 オレは【先読み】を応用して、彼女の“好感”の向く先を見極める。どうやら、予想は当たっていたみたいだ。


「あの露店に寄ってみよう」


「えっ、はい」


 早速、シオンを伴って通り過ぎかけた露店へ足を向ける。手作りのアクセサリーを販売している店のようで、素人のオレでも腕の良さが理解できる品々が並んでいた。指輪やピアス、ブレスレット、ネックレスなどなど、質だけではなく種類も豊富である。


「いらっしゃい。カノジョへのプレゼントかい?」


「か、かかかかのかのかの」


「そうだよ」


 売り子をしているオッチャンが、ニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。


 シオンは壊れたレコードになってしまう一方、オレは軽く返事をした。


 彼女が再起動する前に、目当ての商品を見つけてしまうか。


 発動した魔法に沿って視線を動かす。はたして、シオンが気に入ったアクセサリーは如何いかに。


「――なるほどね」


 得心した。これならば、シオンが一目で注意を奪われるのも当然だろう。


 それはブローチだった。鳥の片翼を模した意匠。ところどころに銀のラインが引いてあり、翼の根元にあたる部分には、翡翠色の半円状の宝石が装填されていた。


 また、興味深いのはデザインだけではない。ブローチは二つで一対らしく、半円の宝石を組み合わせると、真円になる仕組みが施されていた。


 たぶん、比翼連理になぞらえて製作したのかな?


 製作者のセンスの良さに感心しつつ、オレはブローチを指さす。


「オッチャン、このブローチのセットをちょうだい」


「おっと、お目が高いね。でも、懐は大丈夫かい? これ、本物の翡翠使ってるから、他の商品と違って割高だぞ?」


「高いって言っても、十万以上はしないだろう?」


「さすがに、そこまで高くはねぇな」


「じゃあ、問題ないよ」


「へぇ、結構お坊ちゃんなんだな、兄ちゃんは」


 そんなやり取りを交えながら、商品とお金を交換した。


 ブローチを受け取った辺りで、シオンはやっと復活する。


「ゼクスさま、それをお買いになったのですか?」


 自分の欲しがっていたモノを購入したためか、些か大きめの声を上げるシオン。


 オレはニッコリ頬笑んで、彼女の胸元に買ったばかりのブローチを刺した。陽の光を浴びた翡翠が、鮮やかな翠を輝かせる。


「プレゼントだ。二人でお揃いだし、今日の記念になる」


「えっ!? いえ、受け取れませんよ。あなたさまからの贈りものなど、私の身には余ります」


「そうかしこまらないでくれ。今日はデートなんだから、素直に受け取ってくれた方が嬉しい」



「しかし……」


 シオンの語調が弱まる。気になっていた品だけに、断り切れない様子だった。


 であれば、話は早い。強引に、オレは話題を転換することにする。


「それじゃあ、次の店に行くぞ!」


「ぜ、ゼクスさま!?」


 シオンの腕を取り、オレは歩みを進める。彼女も、やや慌てながらも隣を歩き始めた。


 その後も贈りものを固辞するシオンだったが、オレがのらりくらりと取り合わないでいると、最終的には何も言わなくなった。勝利である。


 そうして、オレとシオンは、陽が暮れるまで目いっぱいデートを楽しむのだった。

 

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