Chapter2-2 勇者(3)
オレは【偽装】で村人に扮して、勇者に近づくことにした。全身を魔力で覆い、顔も体格も服装も、すべて村人として違和感のないものに偽る。
あと、変に他者から声をかけられないよう、【認識阻害】の精神魔法も施した。文字通り、周囲からの認識を妨げる魔法で、
家屋以外に何もない村なので、特に寄り道もせず歩いていく。
探知術によって、すでに勇者の居場所は特定済みだった。オレの魔力探知は、現在では魔力適正も調査できるので、光以外の全適正がある勇者は見つけやすい。どうやら、村外れの山麓付近で、他の子どもたちと一緒に遊んでいる模様。
程なくして、勇者たちの姿が見えてきた。彼を含めて三人おり、一塊になって何やら相談し合っていた。
もう夕方だし、明日の予定でも話しているのかとも考えられるが、些か妙な雰囲気を感じる。これ以上近づくと、
念のため物陰に身を隠し、オレは耳を澄ます。
子どもたちは、男二人に女一人という組み合わせらしい。そういえば、ヒロインの一人が幼馴染みだったような……。懐かしいなぁ、あの子のシナリオは結構好きだった。あとで前に書き留めておいたメモを確認しよう。
ゲームの内容を懐古しつつ、勇者たちの会話を傾聴する。
初めに聞こえてきたのは少女――推定ヒロインの声だった。
「えぇぇ、本当に行くの?」
「当然だろう。俺が一緒にいれば大丈夫だって!」
「そうそう。ユーダイはもう魔法を使えるんだから。何が来てもやっつけてくれるさ」
ヒロインの困惑の言葉に対し、少年二人が説得にかかる。
内容的に、前者が勇者で後者が親友――確か名前はロート――だろう。
平民は、貴族と違って魔法師を雇えない。よって、彼らが魔法を覚えるのは、
初等学舎とは、平民たちが基礎を学ぶ目的で創設されたもので、街一つ一つに存在する。この村のように人口が少ない場所は、近隣の村の子どもたちを、まとめて面倒みるんだったか。
とにかく、読み書きや計算、基礎的な魔法の扱い方などは、初等学舎に通うまで平民の子どもは教わらない。現時点で勇者が魔法を行使できるのは、かなり特異なことだった。
とはいえ、ゲーム知識を持つオレは驚かない。
さてはて。話を聞く限り、あの三人は、危険な場所へ向かう計画を立てているらしい。しかし、ヒロインの方が乗り気ではないため、勇者ユーダイたちが説得していると。
良識ある者なら止めに入るんだろうけど、どうしたものかな。
下手に介入したくないのが本音だ。カロンの未来の行く末に関わるのなら別だが、そうでない場合は、極力関係を持ちたくない。何せ、勇者サイドの話と
オレが様子見しに来たのは、『ここは現実であり、何かの拍子に関わりが生まれる可能性を考慮したため』であって、勇者の物語に手を出すつもりは毛頭なかった。カロンの障害とならないのなら好きにしてくれ、といった感じだ。
オレが悩んでいる間も、三人は会話を続ける。
「で、でも、山には魔獣もいるって言うし」
「ユーダイの魔法があるから大丈夫だって。なぁ?」
「ああ、俺が絶対にマリナとロートを守る! だから、安心してついてきてくれ」
「……ほ、本当に、守ってくれる?」
「もちろんだよ!」
「俺だって、いざって時は体を張るさッ」
「分かったよ、一緒に行く。でも、危なそうだったら、すぐに帰ろうね?」
「「分かってるって」」
話はまとまったらしい。どうやら、あの山へ向かう計画だったようだ。
というか、ユーダイのあの自信は、どこから湧き上がってくるんだか。ヒロイン――マリナの言うように、山には無数の魔獣が
「……思い出した」
そういえば、ゲーム内の過去語りに、似たようなものが存在した。
確かこの後の展開は――
――山の散策中、フロックベアの群れに遭遇して襲われてしまう。ユーダイの魔法でフロックベア自体は追い払ったものの、戦闘の余波でヒロインのマリナが崖下に落下してしまい、救助しようにもユーダイは魔力切れで途方に暮れる。
結果的には、たまたま通りがかった狩人に助けてもらえるが、マリナは謎の昏睡状態に陥ってしまう。
幸い一週間で目を覚ますが、今回の一件を悔いたユーダイは、慢心を捨てて真面目に鍛錬へ臨むようになる――
――こんな流れだったか。
まぁ、気持ちは理解できなくもない。現代日本から剣と魔法のファンタジー世界に転生して、周囲の子どもよりも早く魔法が使えるようになって、
「今回はスルー決定」
オレは不介入を決めた。
この一件は、ユーダイの精神的成長を促す重要なもの。下手に介入して、彼が増長したままでいられるのは困る。昏睡状態になるマリナには悪いが、これも『必要な犠牲でした』ということで勘弁してほしい。
後に彼女が困った時は手を貸そう、と心の
村長宅に帰る道すがら、オレは思案する。
ユーダイに関しては、とりあえず関わらないのが正解かな。多少会話を盗み聞きした程度だけど、ゲームの性格と大差ないように思う。つまり、オレの嫌いな勇者さまのままなわけだ。絶対に、カロンは近づかせないぞ。
一応、監視はつけておこう。オレの知らない間に、とんでもない事態を引き起こしそうなんだよな、彼は。内乱の二の舞はごめん被る。
ドッと疲労感が増した錯覚を覚えたオレは、それを振り払うように駆けた。
「あー、嫌だ嫌だ。もう勇者のことは忘れよう、そうしよう! オレはカロンたちと幸せな生活を送るんだ!」
余計な心労なんて抱えたくないので、ユーダイのことは一旦棚に上げることにした。今は問題も起こっていないし、放置して良いはず。
明日には領城に戻って、カロンやオルカと遊ぶんだ。そう計画を立てながら、オレはその日を大人しく過ごした。
そんな計画が水泡に帰すと知るのは、翌日のお昼のことである。
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