Chapter1-5 内乱(1)

 三人での魔獣狩り以来、定期的にカロンとオルカを討伐依頼に同行させた。そうでもしないと後で駄々をこねられるのもあるけど、やはり実戦に勝る経験値稼ぎは存在しないためだ。


 実戦をこなすのは早いという本音は変わっていない。だが、本人たちのやる気を削いでまで強要するほどでもない。同行させるのは、不測の事態が発生しても対処できるものを選んでいるから。


 そんなわけで、オレたち三人は着実に成長していった。まだ狩りを始めてから一ヶ月――回数にして五回程度ではあるが、オレのレベルは40、カロンは30、オルカは27となっている。全員、レベル2から3くらいの上昇量か。魔獣狩りさまさまの成果だった。訓練だけでは、この短期間で1も上がらないもの。


 今日も狩りを終え、オレたちは領城へ帰還した。レベルこそ上がらなかったものの、カロンとオルカの経験値はしっかり蓄えられている。


「ん?」


 城の門を前にして、何やら違和感を覚えた。城の中が騒がしいのか?


 足を止めて訝しんでいると、カロンが心配そうに尋ねてくる。


「どうかしましたか、お兄さま?」


「いや……何でもないよ」


 彼女は気づいていないらしい。気のせいかとも考えたけど、確かに騒動の予感があった。


 それに、チラリとオルカを見れば、緊張した様子で黙り込んでいる。感知能力の高い彼は、中の異常を捉えているようだった。


 厄介な事態が発生したみたいだな。


 陰鬱になりそうな気分を抑え、オレは歩くのを再開する。そのまま門番に声をかけ、緊張した面持ちで城へと帰った。


 領城の内部に入って間を置かず、険しい表情のシオンが駆けてきた。途中に転んでシリアスをぶち壊すのは止めてほしいが、とても慌てた様子で傍に寄る。


「ゼクスさま。今、そちらに伝令を送るところでした!」


 いよいよ、悪い情報が舞い込んできたのだと確信する。


 ドジっのシオンだが、外面だけはクールな美女を装うのが上手い。そんな彼女が冷徹の仮面を壊すのは、切羽詰まった事態に陥った時のみ。


 オレは彼女に事情を尋ねようと口を開きかけ、ふと背後の二人の存在を思い出す。可愛い弟妹たちに、不穏な情報を教える必要はないだろう。


「二人とも、自室に戻っていてほしい」


「ゼクスさま、今回はお二方もお聞きになった方が宜しいかと……」


 オレがカロンたちに指示を出すと、それとは反対の意見をシオンが促してきた。しかも、ほぼ間髪入れずのタイミングだった。できるメイドを努める彼女にとって珍しい行動だ。


 怪訝に、シオンの表情を窺う。


 そして、理解した。彼女の視線は、チラチラと一人へ向かっている。その情報だけで、どんな事件が発生したのか予想できてしまった。


 オレの推測が正しいのなら、シオンの提案は納得できるものだ。しかし、本当に話しても良いものか。彼にとっては、かなり衝撃的な内容なんだが。


 二人にも伝えるべきか否かで悩んでいると、服の袖が引っ張られたのを感じる。


 見れば、オルカが傍に立っていた。


「ゼクスにぃ、ボクは大丈夫だから」


 消え入りそうな声だった。まるで、何が起きているのか把握しているような――


「もしかして……」


 ハッと感づき、彼の頭頂部に目を向けた。そこには、赤茶の狐耳がピコピコと揺れていた。


 オレは額に片手を当てた。


 すっかり忘れていたが、獣人族は人間よりも五感が鋭い。それこそ、魔法を使わずとも斥候が務まるくらいに。


 たぶん、領城の誰かが話していた事件の内容を、自前の聴覚で聞いてしまったんだろう。さっきから黙りこくっていたのも、それが原因か。


 どうしようもない失態だ。獣人族のスペックは事前に知っていたはずなのに、その辺の注意を使用人たちに促すのを怠っていた。


 頭を抱えたい気分だけど、今やるべきことではない。オルカの反応からして、オレの予想は確定された。であれば、急いで行動に移さなくてはいけない。


「話せ」


 手短に、シオンへ命令を下す。


 それを受け、彼女は「ハッ」と応対した。


「聖王国の北東地方において、貴族同士の抗争が勃発しました。仕掛けたのはフワンソール伯爵とその寄子四家。襲撃を受けたのはガルバウダ伯爵とその寄子三家でございます」


「ガルバウダって……」


 シオンの報告を聞いたカロンが、絶句した声を漏らす。彼女の視線は、オルカへと向いていた。


 そう。ガルバウダ伯爵の寄子に、オルカの実家――ビャクダイ男爵家が含まれているんだ。


 今回の内乱は、間違いなく原作ゲームで語られていたものと同じ。聖王国内の種族間に、大きな亀裂を生む事件だった。


 経緯は単純。一神派のフワンソール家は、前々から隣領であるガルバウダ家が気に食わなかった。それこそ、いつか滅ぼしてやろうと憎念を抱くほどに。それが今、実行へ移されたにすぎない。


 ゲームでは、フワンソール側の大勝で幕を下ろす。ガルバウダ側の貴族は全員、殺されるか奴隷に流されるかされ、領民のほとんども惨殺される。血も涙もない戦いとなるんだ。


 この戦いが、オルカ以外の幾人かのキャラにも影響を与えるんだが、それは置いておこう。


 問題は、オレが内乱に関わるべきか否か。


 念のために、情報を得られるよう諜報員を潜ませていたが、直接介入するかは未だ悩んでいる。


 正直、オレの目標――カロンの死を回避することに、内乱の結末はあまり関係ない。様々な憎悪が貴族に向かうことにはなるが、カロン単独が恨まれるわけではないんだ。


 加えて、今回の件に介入すると、一神派の連中に目をつけられる。オルカ末子を養子に入れるくらいなら見逃してくれたが、直接の助力は完全に多神派だと認識されるだろう。


 それは美味しくない展開だった。光属性持ちのカロンは、ただでさえ狙う輩が多い。だのに、二大派閥の片割れである一神派にも狙われては、もはや周囲は敵だらけだ。どっちつかずの現状が一番やりやすい。


 実利を考えれば、何も悩むことはない。フォラナーダは聖王国南西にあり、まさに対岸の火事なのだから。


 それでも、こうして悩み抜いているのは、オルカの存在が大きかった。この一年で大切な家族となった彼の心情を慮れば、彼の実の家族を救う手助けをしたく思う。


 実利と感情で揺れる。どちらもオレの中では大切で、即断できるものではなかった。


「ゼクスにぃ、気にしないでいいよ。フォラナーダがビャクダイに、何らか援助する必要はないから」


 オレの葛藤を悟ってか、オルカがそう言葉を溢した。


 そんな彼に食ってかかったのは、他でもないカロンだった。


「良いわけありませんよ! あなたの家族が死ぬかもしれないのですよ。何で、援助はいらないと申してしまうんですか!」


「いいんだよ。こうなることは、お父さまやお兄さまと事前に話し合ってたから……覚悟してた」


 寂しさを含んだ笑顔を見せるオルカに、その場の全員が息を吞んだ。


 やっぱり、覚悟の上での養子だったか。


 何となく予想はしていた。そんな気配は感じられた。でも、本人の口から直接聞くのは、衝撃が大きかった。


 ここまで言われてしまったら、オレの行動は決まってくる。


「シオン。諜報の者には、引き続き情報収集に徹しろと言え。必要以上の干渉は厳禁だ」


「……宜しいのですか?」


「嗚呼」


「承知いたしました」


 オレの命令を受け、シオンは静々と去っていく。


 残されたオレたち兄妹の空気は、とても重かった。

 

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