Chapter1-4 冒険者(2)

※2021/12/15

訂正:冒険者カードの色を黒→白

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 はてさて。やって参りました、フォラナーダ城下町の冒険者ギルド! 五階建ての建造物で、入り口は古き良きウェスタンドア。一階に受付と酒場がある。テンプレ通りの仕上がりだ。


 この世界の冒険者ギルドは国営だったりする。封建国家下で、武力集団を野放しにするはずがなかった。


 入り口を潜り、真っすぐ受付へ向かう。お昼すぎという時間帯のせいもあってか、内部の人はまばらだった。受付もほとんど空いている。


 とはいっても、ゼロではない。酒場で飲んだくれている連中が数名。ジロジロとこちら――シオンを見つめていた。彼女は美人だから、注目を集めるのも仕方ないか。当の本人は気にしていないようだし、オレも無視で良いだろう。


 不躾な視線をシャットアウトし、オレたちは空いている受付へ辿り着く。二十代後半くらいの人間の女性だ。


 そして、シオンへ合図を送ってから声をかけた。


「冒険者登録をしたい」


 聞こえてきたのは、成人男性に相応しい低い声。決して、声変わり前の少年のそれではなかった。


 せっかく【偽装】しているのに、声でバレるような失態は犯さない。シオンに風魔法を施してもらったんだ。彼女の同行中は風魔法で誤魔化す。オレ単独になった時は、それまでに蓄えた資金で変声器の魔法具――魔法を込めた道具――を買い、それで何とかするつもりだ。


「ようこそ、いらっしゃいました。まずは、こちらの用紙に必要事項をお書きください」


 受付は怪しんだ様子もなく、手順通りに書類を渡してくる。


 個人のプロフィールを書き込むものだが、すべて嘘を書き込んでも問題ない。妙な行動を取らない限り、冒険者ギルドは放任主義である。


 当然ながら、オレは嘘のプロフィールを記す。名前はシス。本名のゼクスが、ドイツ語だと数字の6という意味を持つから、フランス語に変えてみた。安直である。


 とはいえ、この世界にドイツ語もフランス語も存在しないので、そう簡単にはバレないと思う。


「シスさんですね。この度は冒険者にご登録いただき、ありがとうございます。こちら、シスさんのギルドカードとなります。魔力を込めていただければ、あなた専用のカードとなります。再発行にはお金がかかりますので、紛失にはご注意ください」


 そう言って受付嬢が渡してきたのは、手のひらサイズのカード。オレの名前とこのギルド支部の名称が記されていた。魔力を通すと一瞬だけ光り、白色へと変色する。


 この色によって、持ち主のギルドランクを判断するんだっけ。


 受付嬢は続ける。


「冒険者ギルドの規則を簡単に説明いたしますが、いかがしますか?」


 どうしようかな。一応、ルールは把握している。ゲームでもバイト感覚で登録できたし、転生してからもシオンに聞いた。


 難しい内容はない。ケンカは厳禁、やるなら決闘形式で。一度受けた依頼は果たさないと違約金発生。ギルドへの貢献度に応じてF~Aのランクづけがされる。受けられる依頼は同ランクまたはそれ以下などなど。


 この辺はテンプレ通りの冒険者ギルドだな。改めて思い出し直してみたけど、聞き直すほどでもないか。


「いや、説明はいらない。早速、依頼を受けたいんだが」


「分かりました。依頼は、掲示板から剥がして持ってきてください。持ち寄る際、依頼のランク制限にはお気をつけください」


「了解した」


 オレは背後で待機していたシオンを伴い、依頼の張られた掲示板へと向かう。


 すると、掲示板に到着する前に、その進路はふさがれた。


 立ちふさがったのは、如何いかにも重戦士だという風体の大男二人。それぞれ、大剣と槍を背負っている。悪酔いしているのか、頬はかなり赤く染まっており、目も据わっていた。


 うわぁ、あからさまなのが来たなぁ。


 異世界ファンタジー定番の、先輩冒険者のやっかみだろうか。最近は、実は良い人みたいな展開も増えているらしいけど、この二人には当てはまらなさそうである。


 ただ、いきなりケンカ腰も良くないので、様子を窺うことにする。


「何か用か?」


 敬語は使わない。シオン曰く、なめられるらしい。落ちこぼれか訳ありしか就かないんだから、当然の話か。


「ああん? 調子乗ってんじゃねぇぞ!」


「どうせ、その黒髪も染めたんだろうぜ。とんだ自信過剰野郎だな!」


 普通に話しかけただけなのに、因縁をつけられた。少し呂律が怪しいし、完全に酔っ払いだな、これは。


 やっぱり、前世の容姿黒髪黒目は目立つらしい。自分の実力を隠すため、冒険者には髪を染める者も多いと聞いていたけど、黒までいくと誇大すぎるみたいだ。


 ちなみに、貴族は髪の染色を忌避する傾向にある。魔力は先祖から引き継いできたもので、それを表す髪や瞳の色を偽るのは、先祖を侮辱する行為に等しいとのこと。


 実戦をなめている考えだが、貴族が平民に混じって前線に立つことなんてあり得ないし、問題にはならないんだろう。


 閑話休題。


 大男二人に進路をふさがれてしまい、オレたちは掲示板まで辿り着けないわけだが、どうしたものか。


 確認したところ、大剣使いのレベルは27で大槍使いは25。中堅冒険者ランクCでも上の方って感じかな。


 落ちこぼれが集まる職だけあって、冒険者の平均レベルはそんなに高くない。ランクBで、ようやく戦闘職の平均レベル35の輩が現れてくるくらいだ。下手な冒険者より、衛兵の方がよっぽど強い。


 現時点でのオレのレベルは36なので、普通に戦っても圧倒する自信があった。


 しかし、武力行使は宜しくなかった。何せ、ギルドは私闘の類を禁じている。それを許すと無法地帯と化してしまうし、新人が入らなくなってしまう。


 ならば、ギルドにこの二人の迷惑行為を咎めてもらうとも考えたが、それも難しそうだった。だって、今のイザコザを目撃しているのに、受付などのギルド職員はまったく動こうとしていない。期待するだけ無駄だろう。


 こんな調子でギルドの運営は大丈夫なのかと心配になるが、領城に上がってくる報告書を見る限りは問題ないようだ。何とも不思議なものである。


 現状を打開する手段は二つ。武力以外の手段で彼らを退かせるか、決闘を申し込むか。


 十中八九、大男たちは後者を望んでいるんだろう。オレが負けた場合の対価として、シオンの身柄を要求したいと。鼻の下を伸ばしているので、実に分かりやすかった。


 新人程度なら叩きのめせると考えているんだろうけど、甘いよなぁ。新人イコール自分たちより弱いなんて、決まっているわけでもないのに。まぁ、阿呆だからこそ、昼間から飲んだくれてるんだよな。


 納得しながら、二人をどう対処するか思考を回す。


 決闘しても構わない。どうせ勝てるんだから。でも、こんなバカどもの思惑通りに動くのは癪だった。


 というわけで、武力以外の方法で大男らを排除することにする。


 オレは体内の魔力を昂らせ、にっこりと彼らへ笑いかける。向こうは眉根を釣り上げていたけど、構いやしなかった。


 次の瞬間、高揚させた魔力を一気に解き放った。オレより前方、大男らをさらうように。


 当然、膨大な魔力の波に、大男どもは飲み込まれた。無色透明なそれは、気づかれずに二人の全身を覆い尽くす。


「「あっ――」」


 魔力を一身に受けた大男たちは、小さな呻きとともにその場でくずおれた。口から泡を吹き、盛大に失禁している。


 オレが行ったのは【威圧】という無属性魔法。本来の【威圧】は、自分より弱い相手を一瞬だけ怯ませる程度の代物だ。


 ところが、実際の結果は異なっている。


 原因は、研究で【威圧】の効果量の向上に成功したため。精神魔法と組み合わせることで、“自分より弱者”という範囲は撤廃できなかったものの、気絶させられるようになったんだ。


「やりすぎでは?」


 背後に侍っていたシオンが、若干の困惑を含ませて苦言を呈してきた。


 大男が突如として悲惨な状態に陥ったせいで、ギルド内は騒然としていた。職員たちは悲鳴を上げ、他の冒険者たちはピリピリした空気を発している。


 オレは肩を竦め、苦笑を溢した。


「ここまで効果があるとは思わなかった。この二人、強さの割に魔力が少なかったみたいだ」


 オレとしては、普通に気絶させる程度を想定していた。それくらいの手加減はしていて、失禁なんてさせるつもりはなかったんだ。


 先に言った通り、原因は相手の魔力不足。オレは圧倒的な魔力量を誇っているため、二人との差が大きく開きすぎていた模様。そのせいで、想定以上の効果を発揮してしまったんだと思われる。


 現時点で周囲は、オレが二人を倒したとは考えていない模様。冒険者たちの警戒は周りに向いており、こちらには届いていない。


 当然っちゃ当然。【魔力視】は現代科学を知るオレや、その知識を伝授されたカロンだから使えるのであって、この世界の人間が発動できるとは考えられない。ゲーム上でも現れなかった。魔力操作に長けるエルフならワンチャンあるかな? 程度だろう。


 だからこそ、シオンの一族は【偽装】を常用しているんだ。誰もまとう魔力を見破れないゆえに。


 さて、このまま放っておいたら怪しまれてしまうので、一芝居打つことにしよう。


「お、おい。大丈夫か?」


 あたかも、大男らが気絶したのを驚いている風に装い、二人の肩を揺すってみせる。これほど盛大に落ちたら最低三十分は起きないんだけど、とりあえずポーズだけは取っておいた。目で合図を送って、シオンにも同じことをさせる。


 突然の演技だったため、大根になっていないか心配だったが、それは杞憂だった。


 程なくして職員たちが事情聴取に来たが、オレたちが原因だと疑っている様子はなかった。むしろ、傍らにいて何か影響はなかったかと心配されたくらいである。


 その後、聴取より解放されたオレたちは、掲示板の依頼を受注した。


 多少時間を食ってしまったけど、まだ日が落ちるまでの余裕は残っている。さっさと依頼をこなすとしよう。

  

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