第69話 ヒーラー、出動する

 クラリスに連れて来られたのはこの建物の中央に位置する上位の騎士団達が待機しているいつもの事務室だった。そこにはアイギスと屈強でスキンヘッドの男、そして武具をそろえた屈強な騎士達が待機しており、部屋の一番奥の中央にウォルターが座っていた。

 クラリスはずんずんと進んでいき、俺たちをウォルターの目の前に立たせる。スキンヘッド男は俺の顔をその厳つい顔でじっと睨みつけ、俺の姿を目で追っている。しかし、それでも俺はおどおどなどせず、胸を張って歩いた。そして、ウォルターの方へと向き直ると胸に手を当て、騎士団の敬礼をする。


「ウォルター隊長! フール一行を連れて参りました!」


 クラリスの言葉に頷くことはなく、ウォルターは目だけで全員の集合を確認すると左手を挙げる。ウォルターの腕に合わせて全員が騎士団の敬礼を取り、休めの体勢をとった。急な行動にセシリアたちは驚き、きょろきょろと周りを見ている様子だった。


「全員、揃っているようだな……よし、ならば始めよう。先ほどフェルメルの使い達がここウッサゴから東の方角にあるビフロンス湿地にあるビフロンス墓所へと向かったと巡回兵からの報告があった。この情報が少ない現在、フェルメル達がこのような動きをしているのは珍しい事である。フェルメル達の動きはよくわからない。しかし、フェルメルは私たちに何も告げずこのような行動を起こしたのは不可解だ。そこで、私達もフェルメルの動きに合わせて墓所へと向かおうと考えている」


 ビフロンス湿地……それはこの世界の真東にある湿地帯だ。そこに人は住んでおらず、下位から上位種のアンデット系の魔物が出没するとても危険な場所で一般人はおろか、冒険者でもダンジョン攻略以外は決して自ら踏み入ることなど無い場所である。そこにあるビフロンス墓所は大昔からある墓所で、そこをうろつく魔物はやけに危険度が高いことから誰も使われることがなくなった場所である。それほど危険な場所にどうして赴く必要があるのだろう……確かに不自然である。


「ビ……ビフロンス湿地……」


 俺の隣でルミナがブルブルと顔を青くして震えていた。いつもの毛並みの良い黄色の尻尾と耳がペタンとしおれている。


「あれあれ~~ルミナもしかして……怖がってる~~?」


 セシリアがルミナに向けてにやついた笑顔を向ける。


「そ……そんなことないもん!」


「ルミナは昔から怖がりでゴーストとかアンデットとか嫌いだったわよね~~」


「セ、セシリーー! そんな恥ずかしいこと言わないでよぉ!」


 セシリアとルミナが俺を挟んでそんな会話をしていると後ろから怒号がなった。


「私語は慎め! ウォルター様がお話の途中だろう!!」


 そう叫んだのは大柄のスキンヘッド男だった。その声に驚いた2人はすぐに口を閉じると姿勢を正し、前を向き直る。ウォルターは少し鼻で笑うと改めて話を戻した。


「そして今回、協力者として君たちの目の前に居る冒険者も同行させる。フール率いる冒険者パーティだ。このパーティはあの四神の一柱、朱雀を倒した実力者達だ。分かっていると思うが、このパーティは訳ありだ。君たちは引き続き私の指示通り、フールを匿うように」


「「「「「はっ!」」」」」


 ウォルターの言葉に兵士たちは大きな発声と共に敬礼をする。なるほど、ウォルターは最初から自分の部隊には俺たちを匿うよう指示してくれていたのか。ならば、そこまで構えていることはないだろう。


「では、こちらからは以上だ! 早急に墓所へと向かう支度を始めろ!」


 騎士達は一斉に走り出し、この執務室から出ていってしまった。俺たちも支度をしようと思い、外へ出ようとした時だった。


「待て!」


 扉の前で声をかけてきたのはセシリアたちの私語を叱ったあのスキンヘッドの男だった。口をへの字に曲げて俺の事をじろじろと睨みつけてくる。


「てめぇかフールってのは?」


「ああ、そうだが?」


「……思っていたよりも見るからに強そうって感じじゃねぇな。てめぇが本当に朱雀を討伐してこんな大騒ぎを起こしてるやつだとは思わねぇが?」


 この男、かなり鼻が付くような言い方をしてくる。しかし、こちらは匿ってもらっているので苛立つ気持ちをぐっとこらえ、俺は引きつった笑顔で答えた。


「あはは、屈強な戦士かと思いましたか?」


「ううん? まぁ俺よりも屈強とは思ってねぇが意外だったんだよ。おっと、名前を言うのを忘れていたぜ。俺の名前はパウロ、ウォルター率いるウッサゴ支部隊重騎士であり、騎士教官を務めている。ところでお前、冒険者ランクはいくつだ? まぁお前たちならS級通り越しても可笑しくはねぇ実力だと思うがな。だが、俺たちと動こうっていうなら一応聞いておこうと思ってなはっはっは‼」


「F級だ」


「はっはっは‼ はあっ⁉」


 パウロはまるで目が飛び出そうなほど驚いた顔を見せており、俺の胸ぐらをつかむ。パウロの力によって軽々と体を引き寄せられ、顔を近づけてくる。


「てめぇ……それが面白い冗談だとでも思っているのか⁉ F級だと⁉ ふざけるのも大概にしろ⁉ 俺は隊長からの命令があったからこそお前を好きにさせてやっているだけだ! それがなかったらお前はとっくに豚箱行きだ!」


「ちょちょちょっと‼ あんたフールに何してるのよ‼ 離れなさいよ‼」


 横からセシリアがパウロの腕を俺から離そうと引っ張るがびくともしない。


「パウロ、よせ」


 その時、後ろから静かにそして冷静にパウロの行動を指摘してきたものがいた。


「ウォ……ウォルター隊長」


「言っておいただろう? 彼は特別なのだ。彼に手出しをするな、護衛しろと」


「……くそっ、運よく四神災害を倒したからって調子に乗ってると承知しねぇからな」


 パウロはウォルターに言われると、俺の胸から手を乱雑に離して部屋から出て行ってしまった。俺はつかまれて皴になった襟首を整えると、ウォルターに顔を向けた。


「あ、ありがとうございます」


「構わない。彼は君たちのことを知らないんだ、許してやってくれ。それよりも君たちも準備したまえ。準備ができ次第、外へ出るのだ」


 俺達全員縦にうなずき、ウォルターの執務室を後にした。そして部屋へと戻って身支度を整えた後、改めて救急室へと足を運んだ。


「フール! イルが起きたの!」


 部屋に入って早々にアルが表情を明るくして近づいてきた。


「本当か!」


「うん! こっちこっち!」


 アルは俺の手を掴み、イルのいるベッドの方へと引っ張り連れて行く。さっきまで悲しそうにしていたアルの顔がここまで明るくなっていることに俺たちもひとまず安心する。

 イルのベッドに到着するとサラとカリンとパトラがベッドの傍で座っており、そしてベッドには上半身を起こして佇むイルの姿があった。手にはいつものぬいぐるみを抱いている。


「フール……」


「イル、体調はどうだ?」


「大丈夫……あの、ごめん……なさい。私、みんなに迷惑かけちゃった。お店も私のせいで……」


 イルは下唇を噛みしめて、目に涙が溜まってきている。今にも涙が落ちてきそうな時、カリンはアルにしたように優しく抱きしめた。


「だから、大丈夫だから……ね?」


「……う、うん」


 イルはカリンの優しさを受け止め、一粒だけ涙を流して笑顔になった。俺はイルのその顔を見ることができただけで良かった。

 俺はイルの頭を静かに撫でてやる。

 そして、少し落ち着いたところで俺はみんなにビフロンス湿地へ向かうことを告げた。


「ビフロンス湿地……あんな危険なところへ向かうだなんて……皆さん、どうかお気を付けて」


「カリンさんらはどうなされるんですか?」


「どうやら、私たちが住める家が見つかるまで協会の方々が保護してくださるようなので、ひとまず私たちはここでお待ちしております。この子たちの事もしっかり私が見てますから」


「分かりました、では2人の事をお願いします。アル、イル、少しの間だが待っていてくれ」


 俺はアルとイルに目線を合わせて2人の頭を撫でてやる。しかし、2人は何か俺に言いたそうな目で俺の事を見ている。その時、アルが口を開いた。


「フール! 私もその場所に連れて行って!!」


「わ、わたしも!」


 何を言い出すかと思えば、2人は俺たちと一緒にビフロンス湿地へ連れて行けと言い出したのだ。俺含め、セシリアもルミナもソレーヌも驚いた様子だった。

 流石にセシリアは苦笑いしながら俺の隣に寄り、2人に引きつった笑顔を向けた。


「あはは、2人ともフールに会えなくて寂しくなっちゃうのは分かるけど、私たちが行くのは本当に危ないところなのよ?」


「うん、分かってる。でも私たちは色々迷惑かけたから力になりたくて。あと、もしかしたらお母さんに会える手掛かりが分かるかもしれないって!」


「私も……迷惑かけちゃった。でも……この力で、みんなを守りたい……!」


 今から行く場所は確かに危険だ。遊び半分で来ていいところではない。ましてや、こんな小さい子供たちが来ていい場所ではない。俺はすぐに断ろうと何かを考えていたが、その時後ろからソレーヌが歩み寄ってきて、2人の頭を撫でた。


「連れて行ってあげましょう。見てください? この子たちの目を……この子たちからはお母さんを見つけたい、私たちの役に立ちたいという本気さが伝わってきます。この子たちを庇護するのも確かに大事です。でも、私たちにもこの子たちを守る力はあります。フールさんのおかげで私は何度も一歩前に進めるようになりました。この子たちもまた一歩を踏み出せるように私もしっかり協力します」


「ソレーヌ……」


 確かに、2人の瞳の赤と青の奥でお互い闘志が燃えているようだった。これはどう2人を説得しても話を聞く耳など持たないだろう。俺はセシリアとルミナに顔を向けると2人とも少し不安そうな顔をしていたが、それは一瞬の事ですぐにこちらを見て笑顔で答えた。ならばもう答えは出たものだ。


「わかった、ただし無理はするな? 俺たちから離れるな? このルールは守れるなら連れて行く。いいか?」


「「うん!」」


「よし! じゃあ行くぞ!」


 こうして、俺は2人に”ルールを守る”と言う約束の元で連れて行くことにした。今回はより一層注意しなくてはならない冒険になりそうである。


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