第68話 3人の安否

 俺たちは急いで3人の元へと向かう。クラリスが案内してくれたのは怪我をした騎士団達の治療を施す為にあった救急室だった。そこは簡易的ではあるが清潔な白いベッドが3つ程並べられており、奥のベッドの近くで椅子に座っている見慣れた後ろ姿があった。


「カリンさん! アル!」


「この声は……フールさん?」


「フール……」


 俺の声に気がつき振り向く、カリンとアル。やはり、俺たちの想像通りだった。


「一体何が……2人とも怪我は!?」


 セシリアがしゃがんで2人の手を優しく握り、視線を合わせる。


「ええ、私とアルちゃんは大丈夫です。ただ……イルちゃんが……」


 カリンの目線に合わせて俺たちがベッドの方を見るとそこにはうなされながら横たわっているイルの姿があった。

 腕にはかすり傷程度の細かい傷に対して包帯が巻かれている位で大怪我を負った訳ではなかった事には安心する。しかし、どうしてこのような事になってしまった……そう考えていると、俺はカリンの頬に青い痣が出来ているのが見えた。


「カリンさん、頬に痣が出来てますよ」


「ああ……これは」


「ちょっと待ってくださいね、話を聞く前に直ぐに直しますから」


 俺はカリンの頬に優しく手を当てて呪文を唱えた。


「癒やしの風よ、傷に犯されたこの美しき頬を癒やしたまえ……”治癒(ヒール)”!!」


 呪文が詠唱されると俺の手から淡い緑色の光が生まれ、その光に照らされたカリンの頬の痣は消えて綺麗な頬へと変わる。


「回復魔法……ありがとう」


「カリンさん、先ほどの傷について教えてくれませんか?」


「……分かりました」


 それからカリンは俺たちのいない宿で起こった出来事を詳しく話してくれた。フェルメルに雇われた盗賊達がカリンに行った残酷なこと、そしてイルが自身が大切に持っているぬいぐるみを暴走させたことを教えてくれた。


「イルがぬいぐるみを?」


「ええ、私が盗賊に襲われているとき……イルちゃんの近くにあったぬいぐるみに宿の壊れた瓦礫が纏わりついて盗賊達を殺してしまったの」


「これが……イルちゃんの力……」


 セシリアが憂いを含めたようにイルに目線を向けながらそう一言呟く。

 そして、静かに話を聞いていたアルが口を開いた。


「初めて見たとき……最初は”ぬいぐるみを自由に操れる”だけと思ってたけど、こんなに凄い力だったなんてわたしも知らなかった……こんなことになるなんて」


 アルはスカートの裾を強く握り、目線を下に向けていた。そして、急に立ち上がると俺たち全員に向けて深々と頭を下げる。


「うちの妹がご迷惑をおかけして……すいません!」


 その下げられた顔の下から鼻を啜る音が聞こえてくる。

 床を見るとぽたぽたとアルの涙が滴っていた。そんな泣きながら頭を下げているアルの姿を見て、カリンは優しくアルを抱擁する。


「良いのよ……貴女達が無事で良かったなら私はそれで良いの」


 そう言いながらあるの背中を優しく摩るカリン。優しい言葉をかけられ、アルはそのままカリンの胸の中で静かに泣いていた。


「本当に許せないわねフェルメルって人……盗賊なんて雇わなければこんな事にはならなかったのに」


 隣でセシリアが静かに怒りの表情を見せていた。


「一刻も早く、話に蹴りをつけなくてはな」


 そう俺が言ったその時、後ろからさらに救急室へと入ってくる者達がいた。


「お母さん!!」


「おいおいっ! 大丈夫かなんだぞ⁉︎」


 入ってきたのは買い物に出かけていたカリンの娘のサラとそれに付き合っていたパトラだった。

 手には食材などの品が入った手提げ籠を持っており、買い物途中で宿の事を知らされて急いでやって来たのだろう。


「お母さん大丈夫だった!?」


「ええ、私は大丈夫よ。ただ、イルちゃんが……」


「むむぅ? これは何があったんだぞ?」


 状況をいまいち掴めていないパトラが俺達の間に入り込み、キョロキョロと見ていた。


「パトラ、実はな……」


 それから俺はパトラに今まで怒った事を端的に説明した。

 そしてパトラは考えに考えた末……


「んん〜〜つまり、オイラ達が居ない間に盗賊が襲って来て、イルが暴れて宿屋が壊れちゃったってことか?」


「そう言う事だ」


「ふぇ!? それって結構大問題なんじゃないか!?」


 恐らく、パトラの言葉に全員が「そうだよ」と思った。


「マスター、少しよろしいですか?」


 突然、今まで静かにしていたシルフが俺の頭に直接語りかけてくる。


「どうしたシルフ?」


「私の"賢者"の能力でイルの持つ能力に似合う特殊能力を探してみたのだけど……1つ、可能性の高い能力を発見しました」


「本当か? 一体なんだ?」


「恐らく、物体を操る力、瓦礫を物体に纏わせる力……その能力から生み出されるものは"守護人形ゴーレム"……守護人形とは生み出した主人を守る為に動き、時には主人の意のままに動く魔物です。それを生み出し、操れる力は"人形操作コンジャラー"の能力に近しいのです」


「人形操作というのは初めて聞いた能力だが、ここまで使用者に負荷をかけてしまう能力なのか?」


「いえ、特殊能力のほとんどが使用者に負荷をかけたりするものはありません。もしかすると、あの子の精神的問題なのではないかしら」


 精神的問題と聞くと家族についてだろうか。俺の憶測ではあるがイルはカリンが襲われているのを目の当たりにした時、カリンを母親に見立てたことによって引き起こされたのだと思う。大好きな母親を失っているイルはカリンを守るために……


「マスター、あの子は少し体を休ませれば大丈夫だと思われます」


「わかった、ありがとうシルフさん」


 シルフの反応が消えると救急室にまた誰かが入って来た。


「あの、フールさんのパーティの皆様! 隊長から招集命令がありました! 今すぐ準備を!」


 入って来たのはクラリスだった。ウォルターの招集と言うのならばきっと何かこの事件に進展があったのだろう。

 俺たちは今すぐにウォルターのいる場所へと向かうことにした。

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