第13話 ロッソ家の私兵の男の記憶

ここは大陸北部草原の上空。トリの背に乗る男は、硝煙の匂いのする小銃を降ろし、一息ついた。彼はロッソ家という貴族の私兵であり、彼が所属する隊はある密命を受けていた。


その密命は『とある貴婦人の殺害』だった。彼は一介の兵卒であり、その貴婦人の名はおろか顔も知らされていない。殺害命令なのに、その対象の人物の情報を与えられていないということは、「お前らのような下っ端が知っていい話じゃない」という意味と「それっぽい人物は見境なく処分して構わない。目撃者も同様に」というの意味の両方が含まれていた。


彼は正直今回の仕事に気乗りしていなかった。話によるとその貴婦人はまだ未婚の娘であり、彼にも同じ年頃の娘がいたからだ。しかし、自分の娘の存在が彼をこの命令に従わせているのも事実だった。


貴婦人は数十騎に護衛され、とある会社の敷地に逃げ込んだと情報が入っていた。その会社は大陸中で知らぬ者はいない『アッセロ運送会社』だった。砂漠、海上、山脈、氷の大地、草原、離島・・・大陸中のどこへでも、トリで運べるものなら何でも運ぶことで有名だった。


その貴婦人を匿っているとされるアッセロ運送会社の基地に、朝方、彼の所属している隊は突入する予定だった。しかし、鳥乗で運送会社の基地に向かっていた彼らが基地を目視できる距離に入ると、完全装備の近衛騎士10騎が我々に立ちはだかった。


そして、その中の1騎が1音1音はっきりゆっくりと自らの所属と名前、挙句の果てには父の名と先祖の武勇伝まで語ったのち、いかなる理由でかの基地に武装したまま侵入してはならないのかを、長々と説き始めた。


初めは騎士の話を聞き流していた隊長も、そのあからさまな時間稼ぎに痺れを切らし、目の前の近衛騎士を無視して基地に突入する命令を出した。


基地へ進行し始めた我々を見て、近衛騎士たちは口上による時間稼ぎがこれ以上できないと悟ると、こちらに攻撃を仕掛けてきた。近衛騎士10騎に対して、こちらは150騎。しかも装備にそれほど差がないとくれば、勝負は明白だった。


途中、基地から6騎ほど、素人装備のアッセロの運び屋と思われる者が近衛騎士に加勢したが、結局は時間の問題だった。


今まさに彼が放った弾丸によって、敵勢最後の1騎が撃ち落された。



彼は小銃を下ろし、息を吐いた。例の貴婦人を護衛している騎士は40騎もいない上に、半数が負傷しているらしい。恐らく今出てきた10騎と運び屋6人が最後の抵抗なのだろうと彼は考えていた。彼らの残った仕事は基地にいる人間を速やかに処分することだ。


隊長は負傷者の手当に5騎残し、無傷の120騎で基地に向かうように命じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る