第12話 悪源太義平登場!
「ふあ……おはよー、兄さん」
天気の良い日曜日。大きい欠伸をしながら居間に続く扉を開けた義経は、ダイニングテーブル上で組んだ手に額を付けて項垂れている頼朝の姿を見て足を止めた。尋常じゃなく、居間の空気が重苦しい。
「ど、どうしたの。兄さん」
普段なら「おはよう! 一晩ぶり!」と熱烈な歓迎で出迎えてくれる兄が、起きてきた義経に反応しないなんて異常事態だ。声も届いていないようで、顔を伏せたまま何やらぶつぶつ呟いている。
あまり近寄りたくなくて居間に入るのを躊躇っていると、タイミング良く範頼が階段を降りてきた。
「あ、範兄ちゃん。頼朝兄さんが変だ」
「あ? そんなのいつもだろ」
ごもっともな意見に思わず頷きたくなるが、本日の頼朝はいつもとは違う意味で変だ。居間を覗いた範頼も、その姿を見て眉をひそめた。
「兄さん? どうしたの」
範頼が傍に寄って尋ねると、頼朝は伏せていた顔をわずかに持ち上げた。その顔は蒼白だ。形のいい眉を歪ませて、頼朝は据わった目で空を睨んで譫言のように呟いた。
「嫌な……予感がする……何か恐ろしいものが近づいてくるような……いや、それ以上に、全身の血が沸き立つようなこの感覚は……まさか……」
電波っぽい台詞を呟く頼朝に、義経と範頼は思わず顔を見合わせた。
その時、突然立ち上がった頼朝が範頼を突き飛ばした。
え? と思う間もなく……
ズガアアアアンッゴゴグォッツギャリギャリギャリバンッ
轟音と共に居間の壁が突き破られて、巨大なトラックがダイニングテーブルを薙ぎ倒して台所の壁にめり込んで止まった。
あまりの出来事に呆気にとられる義経と範頼。間一髪でテーブル近くに立っていた範頼を突き飛ばして自身も横に避けた頼朝は、揃ってトラックを見つめる。
三人の目の前で、運転席のドアがガチャリと開いた。
「くぁーっ。やっと着いたぜ!」
中から現れたのは、体格のいい三十代ぐらいの男だった。着古した感のある作業着っぽいズボンに、薄汚れたランニングシャツという出で立ちで、まるでどこかの工事現場から抜け出してきたかのようだ。
「誰だ、てめぇっ! 人ん家の壁を派手にぶっ壊しやがって!!」
「兄さん! 警察呼ぼう!!」
我に帰った範頼と義経は口々にそう言って、呆然と立ち尽くす頼朝を揺さぶる。
何故か堂々と胸を張って立つ不法侵入者は、頼朝の姿を見ると喜色を満面に浮かべて笑み崩れた。
「いよぉー、鬼武者! 大きくなったなあ!」
がっはっはっと豪快に笑うその男に、頼朝はやっとのことで声を絞り出した。
「…………兄上」
頼朝の力ない言葉に、弟二人は「へ?」と同時に素っ頓狂な声をあげた。
「源
壁をぶち破って危うく兄を轢き殺しかけた侵入者が、名前しか聞いたことのない長男だと説明されて、義経は目を丸くした。
「え? 頼朝兄さんに兄さんなんていたの?」
あんまりな疑問を口にする末弟に、範頼がこめかみを押さえて説明する。
「あのなぁ……学校の国語の便覧とかに載ってるだろ。俺らは九人兄弟で、頼朝兄さんの上に二人の兄がいるんだよ」
とはいえ、説明する範頼自身も実はあまりピンと来ていない。なにせ、長男とは前世で顔を合わせたことはなく、今生でもこれが初対面のようなものなのだ。
頼朝は三男だと頭では理解していても、自分達にとっての長兄は頼朝だという気がしてならない。
「おう。これが俺が旅に出る時にまだ小さかった六男と九男か。大きくなったなあ!」
がははははと笑うその姿は、頼朝とはまったく似ていない。突然の長兄の登場に戸惑う六男と九男を他所に、義平は先程から沈黙したままの頼朝に向かって腕を広げた。
「どうした鬼武者? 久しぶりに兄ちゃんの胸に飛び込んでこいよ」
それに対し、頼朝は小さく震えた声で「……十一年」と呟いた。
「あ?」
「十一年間……なんだって一言も連絡してこないんだアンタは!? これだけ通信手段が発達した現代で、どうして音信不通になるんだよ!?」
堪えきれないように激昂して義平に掴みかかる頼朝。だが、義平はそんな頼朝の怒りなど何処吹く風といった態度で、笑いながら弟の背中を叩く。
「まあまあ、細けぇことは気にすんなよ。せっかく兄弟が再会したんだ。飲もうぜ! 飲めるようになったんだろ?」
「細かいことじゃないだろーっ!!」
頼朝の絶叫が響いた。
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