第101話 漢の戦い

《《》》 俺とブリギルは舞台上に上がり、向かい合う。


 競技場は土で固められた台形の形をしていて、試合の有効範囲が円形に太いなわのような物で囲まれていた。


「これより、同士ブリギルと人族アイギスのスーモウの勝負を執り行う」

『うぉおおおおおおおおおおおおお!!』


 何故か俺とブリギルの試合の勝敗を決める審判をする役にこの里長がやってきて、さらに里中のドワーフが集まってきていて、開けた空間にドワーフがひしめきあって非常に熱気のある空間が出来上がっている。


「暑苦しいのう」


 ソフィはそう言って羽だけ出して横になって空に浮かんでいた。


 ソフィは町娘みたいな恰好で、下がスカートなので見上げると見えそうなのだが、ドワーフは同族以外を好きにならないので、人間らしき見た目のソフィに欲情することはなく、そうなると当然スカートの中にも興味がないので、誰も彼女のことを見上げる者はいない。


 俺は少し気になってついついチラ見してしまう。これは男としての本能ゆえどうしようもない。


 しかし、今はそれよりも目の前の勝負の方が大切だ。


「二人とも準備は良いか?」


 ひと際ひげもじゃでしわくちゃな里長が俺たちの顔を交互に見て確認を取る。


「うむ。ワシは問題ないぞ」

「俺もいつでもいいぞ」

「そうか。それでは位置につくように。アイギスよ、やり方は分かるな?」

「さっき何度やっているところを見せてもらったから問題ない」


 俺とブリギルはお互いに頷き、里長からの質問に返事をして、土俵の中に一メリル弱程離れて平行に並ぶ線の前に立つ。


「見合って見合ってぇ!!」


 俺とブリギルはお互いの呼吸を合わせて里長の線の後ろに腰を落とし、土俵に手をついて立ち上がった。


「ハッキョイ」


 その瞬間、里長が掛け声を上げる。


―ドンッ


 お互いが体当たりをしてぶつかり合った。


「ぬわぁああああああああ!!」


 勝負は一瞬だった。


 その瞬間ブリギルが土俵の外に吹っ飛んで行ってしまったのだ。あれではソフィにのように空でも飛べない限りは戻ってくることなどできない。


―ズドンッ


 予想通りブリギルは飛んで行って、ドワーフたちが避けた先の地面に頭から突き刺さった。


「勝者、アイギス!!」

『うぉおおおおおおおおおお!!』


 土俵外の地面に着地したことで俺の名前が告げられ、観客のドワーフたちが怒号を上げる。


「まさか信じられん。ブリギルが歯も立たんとはな……」

「まぁ俺は元々もっと凄い攻撃を毎日受けていたしな。このくらいはなんてことない」


 呆然とした表情で俺の方を向く里長に俺は肩を竦めて答えた。


 正直あれならソフィの攻撃やチャチャの体当たりの方が何十倍も重いしな。あれに比べれば、ドワーフの体当たりはそよ風みたいなもんだ。


 そのソフィたちも俺を動かすことが出来ないのに、それより弱いドワーフが俺を動かすことが出来ないは当たり前だった。


「ブリギルはあれでもBランク探索者並の力はあるはずなんだかなぁ。いや、お主は強いのは紛れもない事実だ。ワシらはお主が求めるハサミを全力で作ると約束しよう」

「分かった。よろしく頼む」


 ひげを弄びながらまじまじと俺の体のあちこちを観察する里長だったが、失礼だと思ったのか、すぐに態度を正して元々の約束を果たすことを了承してくれた。


「当然の結果であったな」

「ソ、ソフィ……。そ、そうだな」


 空から降りてきたソフィが俺に声を掛けてくるが、その際スカートの中身がチラリと見えてしまって思わず目を逸らしてしまう。


 今日はピンクだったな……。


 いやぁいかんいかん。


 俺はぶるぶると首を振って雑念を吹き飛ばす。


「どうかしたのか?」

「い、いや、なんでもない。これでハサミが手に入るな」


 俺の様子を訝しむソフィだが、無理やり話を逸らした。


「うむ。あの毛で作った服や布団はさぞかし肌触りもよく、保温性に優れていることだろう」


 確かにあのふわっふわですべすべと触り心地のいいヒーツジの毛が布団になった時は、さぞかし素晴らしく快適な睡眠をとることができるはずだ。


「くぅ~!!楽しみだな!!」

「そうだな!!」


 それを考えると楽しみすぎて思わず叫んでいて、ソフィも俺の意見に同意した。


「おい兄ちゃん!!」


 そこに観客の一人が土俵に上がってきて俺に話しかける。


「ん?なんだ?」

「俺ともスーモウしてくれ!!」

「え、いや、別に俺はスーモウをしたいわけじゃ……」

「頼む!!」


 俺はソフィと里長と顔を見合わせた。


「どうか相手をしてやってはくれぬか。どうせハサミが出来るまで時間がかかる」

「はぁ……分かった分かった。相手をしてやるよ」


 里長は苦笑いを浮かべながら俺たちに軽く頭を下げる。どうせハサミを作ってもらっている間はやることもないので、相手をしてやることにした。


「よっしゃ!!野郎ども!!相手してくれるってよ!!」


 了承を得た途端、頭を下げてきたドワーフは観客たちに向かってそう言い放つ。


『うぉおおおおおおおおおおおおっ!!』

「え?」


 そしたら観客が声を揃えて大声で叫んだ。それとは裏腹に俺は呆けた声を漏らす。


「そんじゃあまずは俺からだ!!」


 俺の頭を下げたドワーフが俺の対戦相手の位置に勝手に移動した。


「そんな話は聞いてねぇええええええええ!!」


 いきなり始まるドワーフたちとのスーモウ対決に、俺の声は虚しく半球の空間に反響するのであった。

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