第099話 ドワーフの里
「あの辺りに降りてください」
『うむ。承知した』
次の日、俺とシルヴィアはソフィの背中の上に乗って空を飛んでいた。その理由はシルヴィアにドワーフを紹介してもらうためだ。
ソフィのスピードは速く、瞬く間にエルフの森を越えた。
その先には険しい山が聳えたっており、どうやらそこにドワーフの住んでいるとのこと。シルヴィアの指示に従い、山に程近い開けた土地にソフィは着陸した。
「それではご案内します」
地上に降りてソフィが人間の姿になると、シルヴィアの先導で疎らな林の中を進んでいく。山の麓だけあって傾斜があり、登山しているような感じだ。
「あそこです」
「すげぇ大きな穴だな」
十分程歩き、林を抜けた先には巨大な洞窟が口を開けていた。しかし、自然に出来た穴というよりは、形が綺麗に整っていて、きちんと人の手が入っているのを感じさせる。
そして、その穴の付近には何人かの人影が立っていた。
「止まれ!!何者か!!」
その全員が武器を構えて臨戦態勢になり、その人影の一人が俺達に向かって声を張り上げる。
彼らは俺達人間よりも低い身長に、樽のような体躯を持っていて、その顔には髭がモジャモジャと生えている。それはドワーフの特徴そのものだった。
「アールヴ氏族の族長の孫シルヴィアです」
「森人族か!!承知した!!後ろの二人は何者だ!!」
俺達は一旦歩くのを止め、シルヴィアが俺達の前に歩み出て名乗りを上げると、ドワーフたちの警戒度が下がったらしく、武器を下ろして尋ねる。
「こちらの方はあなた方に用があるという人達です。私はこの方々をあなた達に紹介するためについてきました」
「そうか。その用事とは?」
「あなたがたにハサミを作っていただきたいのです」
「ハサミだぁ!?そんな物人間でも作れるであろう」
用件を聞いたドワーフは自分たちにはあまりに簡単すぎる依頼に、不満そうな声を上げた。
それはそうだろう。人間でも作れるような道具を作って欲しいなどと言われたのだから。モノづくりを得意とする種族としては侮辱にも等しい。
「それが人間が作ることができるハサミでは切れなかったのです」
「ほう?」
しかし、次のシルヴィアの言葉で興味を持つような声を出した。
「ヒーツジの毛なのですが、人の手で育てられた種ではないらしく、手触りの柔らかさや滑らかさとは裏腹に、ハサミを通さない強靭さを持っているんです」
「まさかヒーツジの毛がハサミで刈れないとは……信じられん」
ドワーフの感情を感じ取ったシルヴィアが事情を説明するが、納得できないという表情に変化する。
ヒーツジと言えば、図鑑とエルヴィスさんから聞いたところによれば、人間が飼いならし、普通のハサミで毛が刈れるという動物だ。
ドワーフもそれを分かっているからか、ヒーツジの毛にハサミが通らないなどありえないことだったのだろう。
「そこで今日は一頭ヒーツジを連れてきました。人の作ったハサミを持ってきています。実際に見てみてください」
そう。彼らに実際にその様子を見てもらうため、ヒーツジも一頭連れてきていた。ヒーツジの中の代表であるケダマだ。
シルヴィアが俺達に目配せをした。
その合図に従って背嚢からハサミを出し、ケダマにシルヴィアに従うように指示を出した。
「こちらを」
「う、うむ」
シルヴィアがケダマを連れてドワーフに近づき、ハサミを手渡すと、ドワーフは少し困惑した様子でそのハサミを受け取った。
「ハサミは……まぁ当然ワシらには劣るが、ただ、物を切るものとしては一般的なものだな」
「ワシにも見せてみろ」
「ワシにもだ」
穴の入り口に立っていたドワーフたちが次々と集まってきてそのハサミを各々が検分する。
「確かに普通に切る分には問題なさそうだ」
何人ものドワーフの手を経て別におかしなことがないと証明されたハサミ。
「はい。それではそのハサミでこのヒーツジの毛を切ってみてください」
「うむ」
そのハサミで実際にケダマの毛を切ってもらう。
―バキッ
「なに!?」
しかし、毛に刃が通ることはなく、ハサミが壊れてしまった。その様子を見て集まったドワーフたちが目を見開いて驚く。
「なんだこの毛は……」
「凄いでしょう?だから、あなた達にはこの毛を切ることが出来るハサミを作って欲しいのです」
呆然とするドワーフにシルヴィアが少し自慢げに語る。
「なるほどな。これは普通のハサミでは駄目みたいだな。どうやらこの毛は防御力が優れているようだ。確かにこれほどの防御力があるならワシ達の作った武器のような特別なハサミが必要になるだろう」
「お分かりいただけて良かったです。それで、ハサミを作っていただくことは可能でしょうか?」
「うーむ」
「どうかされましたか?」
ドワーフは自分たちのハサミの必要性を理解したが、何故か渋るような反応をするため、シルヴィアが不思議そうに首を傾げた。
「作ること自体は可能だが、対価は用意できるのか?」
「金銭でよろしいので?」
「ああ。どう見てもそっちのあんちゃんと嬢ちゃんはそれほど金を持っているようには見えないが……」
ドワーフが返事をした後で、訝し気な視線で俺とソフィを見つめる。
どうやら俺達が金を持っていないと思ったらしい。
服も普通の街の人が着ている服だからな。貴族や王族が着ているような服ではないし、高ランク探索者が着るような武具を身に着けているわけでもない。
見た目だけなら一般人だからそう思われても仕方がない。
しかし、俺はこれでも牧場主。しかも滅茶苦茶稼いでいる。
「金ならあるぞ?」
「あると言っても金貨が百枚や二百枚じゃ足りないぞ?今回の仕事は。それだけの大仕事になる」
俺が自慢げに語ったら、ドワーフは心配そうな視線を向けてきた。
「ああ。金貨一万枚くらいなら出そう」
昔は五年間でたった金貨十数枚しか稼げなかったが、今では毎回商品を卸すたびに数万枚の金貨を稼ぐ男。
ドワーフの武具は高いって聞いていたし、そのくらいなら全然出してもいいと思う。
「一……万……枚!?」
「不服か?」
なんだか変な顔をしているが不満なのだろうか。
もしかしてこれでも足りないのか?
現状お金なんて仕送り以外にあまり使い道がないくらいだから、もっとかかってもいいけどな。
「い、いや、いいだろう!!その仕事ワシ達ドワーフが引き受けてやらぁ!!」
「いいのか?あんたたちはここの門番なんだろ?勝手に仕事受けて」
意気揚々と引き受けてくれるドワーフ。俺としては嬉しい限りだが、少し気になったので問いかける。
「ワシ達ドワーフは殆どが鍛冶師だ。別に勝手に仕事を受けようがワシ達の自由だ。それに後で長には話を通しておくから問題ない」
「そうか。それなら最高のハサミを頼む」
問題ないなら否やはない。
「任せておけ。このワシ、ブリギルはこの里でも腕利きだ。最高の毛刈りハサミを作ってやるよ」
「分かった。俺はアイギスという。よろしくな」
「こっちはソフィだ」
「ああ。よろしく」
こうして俺達はドワーフに話を付けることが出来た。
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